神戸大学大学院理学研究科の高野智之氏 (研究当時:博士課程後期課程・学生、現職:東京大学・研究員)、坂山英俊准教授、大学院農学研究科の池田健一准教授、東京大学大学院理学系研究科の野崎久義准教授 (研究当時。現職:特任研究員) らの共同研究グループにより、陸上植物の祖先に近縁な藻類の仲間であるアオミドロ類の新種 (2種) が、国内では約60年ぶりに発見されました。また、これらの新種は世界的にみても珍しい系統であることをDNA塩基配列による解析で明らかにしました。

本研究の成果は、アオミドロ類の種多様性や保全価値を評価する際の重要な基礎資料になるとともに、本研究で確立した培養株は藻類から陸上植物への進化を研究する上での実験材料としての利用が期待されます。この研究成果は、5月26日に、英文雑誌「Phycologia」誌にてオンライン掲載されました。

ポイント

  • 陸上植物の祖先に近縁な藻類の仲間であるアオミドロ類の新種 (2種) が、国内では約60年ぶりに発見されました。
  • これらの新種は世界的にみても珍しい系統であることをDNA塩基配列による解析で明らかにしました。
  • 本研究の成果は、アオミドロ類の種多様性や保全価値を評価する際の重要な基礎資料になるとともに、本研究で確立した培養株は藻類から陸上植物への進化を研究する上での実験材料としての利用が期待されます。

研究の背景

日本では1970年代までに350種類以上の大型淡水藻類注1の存在が報告されています。これらの大型淡水藻類は主に湖、ため池、水田、湧水などといった淡水環境に生育し、生態的に重要な役割を果たしています。しかし、近年の淡水生態系の劣化の結果、急速に大型淡水藻類の衰退が進行しています。環境省版レッドリスト注2には、105種類の大型淡水藻類が絶滅種、絶滅危惧種などとして掲載されています。しかし、大型淡水藻類の分類学的混乱に起因する種同定の難しさが、種の希少性・保全価値の評価や淡水生態系保全に向けた研究や施策の進展の大きな妨げとなっています。本研究において、大型淡水藻類の多様性の現状を解明することを目的として、日本国内の淡水域における野外調査を実施したところ、その中でアオミドロ類注3の新種を2種発見することができました。

今回発見されたアオミドロ類の新種は、わたしたちにとって身近な水田などに生育する藻類です (図1)。アオミドロ類は、現生の淡水藻類の中で陸上植物の祖先に最も近縁な生物であることから、藻類から陸上植物への進化を考える上で鍵となる生物群としても最近注目されています。アオミドロ類は一般に淡水域に広く生育し、世界各地から約570種の存在が報告されており、日本では86種が知られています。本藻類は特徴的な「らせんを描くリボン状の葉緑体」を持つ円筒形の細胞が連なった糸状の形態をしています (図1a, f)。

図1:本研究のアオミドロ類2新種の形態 (a-e) chiA303株, (f-k) wak305株

スケールバーは20μm。

研究の内容

本研究では、千葉県と和歌山県の水田から採集されたアオミドロ類を個体ごとに分離して培養株を確立しました (千葉県産:chiA303株、和歌山県産:wak305株)。それらの糸状体の形態を観察したところ、多くのアオミドロ類は細胞と細胞との間に特別な構造を持ちませんが、chiA303株では「ひだ状」と呼ばれる細胞壁の折り返し構造を持つことがわかりました (図1a)。また、wak305株では細胞壁が一部だけ折り返す「半ひだ状」の構造を持っていました (図1f)。「半ひだ状」の細胞壁をもつアオミドロ類は希少であり、その培養株は本研究で初めて確立することができました。

それに加えて、液体培地中で増殖したアオミドロ類の培養株を寒天培地の上に移して培養することで、有性生殖を誘導してその形態を観察することができました。その結果、chiA303株は2本の糸状体間で有性生殖を行う「はしご状接合」と1本の糸状体の隣り合った細胞同士で有性生殖を行う「側方接合」の2つの様式の有性生殖を行うことがわかりました (図1b, c)。また、wak305株では「はしご状接合」と「側方接合」に加えて「末端接合」と呼ばれる第3の様式の有性生殖を行うことがわかりました (図1g–i)。さらに、接合胞子の形態においても、近縁種と異なる特徴が見られました (図1d, e, j, k)。

図2:本研究の2新種を含むアオミドロ類の系統樹

葉緑体のDNA塩基配列の違いに基づき系統関係を推定した結果、本研究の2つの培養株は特徴的な系統的位置を示しました (図2)。これまで「ひだ状」の細胞壁をもつ種はすべてR1系統に含まれると考えられていましたが、chiA303株はそこに含まれずに「ひだ状」の細胞壁を持つ新たな系統 (R2系統)となりました (図2)。また、「半ひだ状」の細胞壁をもつwak305株は今まで知られていたいずれの系統にも含まれませんでした (図2)。

以上の結果から、本研究で確立されたchiA303株およびwak305株は既知のアオミドロ類と明確に区別されました。よってchiA303株をSpirogyra minuticrassispina (和名:コノコギリアオミドロ注4)、wak305株をSpirogyra tertia (和名:ダイサンハンヒダアオミドロ注5) と命名し、新種として発表しました。

今後の展開

大型淡水藻類には生態系に重要な役割をもつ種が多く含まれており、現在の多様性を保全して未来に残すことは、持続可能な淡水生態系保全を考えて行く上で非常に重要です。一方、大型淡水藻類の多様性の実体は十分に理解されていないため、種が絶滅した場合に見落とされる危険性があり、種多様性を評価、保全するためには分類学的な基礎研究が必要不可欠です。本研究の成果は、アオミドロ類の種多様性や保全価値を評価する際の重要な基礎資料になると考えられます。また、本研究で確立した培養株は藻類から陸上植物への進化を研究する上での実験材料としての利用が期待されます。

用語解説

注1) 大型淡水藻類
ここでは肉眼で確認できる大きさの淡水藻類を合わせて「大型淡水藻類」と呼びます。シャジクモ藻類、緑藻類、紅藻類などの仲間が含まれます。
注2) レッドリスト
絶滅種、絶滅危惧種などを段階分けと掲載基準に基づき紹介したリスト。
注3) アオミドロ類
ここでは、アオミドロ属 (Spirogyra) とその近縁属であるシロゴニウム属 (Sirogonium) とテムノギラ属 (Temnogyra) を合わせて「アオミドロ類」と呼びます。アオミドロ類は陸上植物を含むストレプト植物に属する藻類であり、ホシミドロ藻綱・ホシミドロ科に分類されます。アオミドロ類が含まれるホシミドロ藻綱は、鞭毛をもたない不動配偶子による接合という特徴的な有性生殖を行うことから接合藻類と呼ばれることがあり、2つの細胞が接合管を伸ばして接着し、鞭毛のない配偶子が一方のオス側からもう一方のメス側へ移動し接合胞子を形成します。
注4) コノコギリアオミドロ
名前 (学名と和名) は、近縁種よりも糸状体の大きさが小さいこと、接合胞子の表面に突起がたくさんあり「のこぎりの刃」のように見えること、に由来します。和名はまだ仮称です。
注5) ダイサンハンヒダアオミドロ
名前 (学名と和名) は、世界で3番目に発見された「半ひだ状」の細胞壁をもつ種であること、に由来します。和名はまだ仮称です。

謝辞

本研究は、JPPS科研費16H05764, 18K06382 (坂山英俊)、20H03299 (野崎久義)、20J11534 (高野智之)、第29~31回市村清新技術財団・植物研究助成 (坂山英俊)、旭硝子財団研究助成 (坂山英俊) の助成を受けたものです。

論文情報

タイトル
Morphology, taxonomy and phylogenetic positions of two Spirogyra species (Zygnematophyceae, Streptophyta) with replicate and semi-replicate transverse walls from Japan
DOI
10.1080/00318884.2022.2068299
著者
Tomoyuki Takano, Hisato Ikegaya, Kenichi Ikeda, Hisayoshi Nozaki, and Hidetoshi Sakayama
掲載誌
Phycologia

研究者

SDGs

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