神戸大学大学院人間発達環境学研究科の青木茂樹教授、高橋覚特命助教、名古屋大学大学院理学研究科の中野敏行准教授、同大未来材料・システム研究所の六條宏紀助教、中村悠哉機関研究員らの研究グループは、従来の40倍を超える高解像度を実現する新奇ガンマ線望遠鏡を確立しました。

本研究成果は、12月22日 (日本時間) に米国科学誌『Astrophysical Journal』に掲載されました。

ポイント

図1:「ほ座」パルサーのガンマ線画像 (ガンマ線エネルギー80MeV以上)従来と今回の像広がりを円で示している。
  • エマルションフィルムに記録されている膨大な飛跡の中から1000億分の1の天体ガンマ線由来の飛跡に絞り込んだ。
  • 100年を超えるエマルションフィルムの歴史の中で成し得なかった新しい分野への展開を可能にした。
  • 天体観測において決定的に重要な性能となる解像度について、従来の40倍を超える高解像度を実現するガンマ線望遠鏡を確立した。

背景

宇宙ガンマ線観測 (※1, 2) は、宇宙線物理学・高エネルギー天体物理学・宇宙論・基礎物理学と多岐にわたる波及効果をもたらします。また近年のニュートリノや重力波も含めたマルチメッセンジャー天文学 (※3) においてガンマ線は決定的に重要なメッセンジャーとなっています。現在、フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡 (※4) をはじめとする最新鋭のガンマ線望遠鏡によって、高エネルギー帯域における宇宙ガンマ線観測は大きく進展しています。その一方で観測の難しさから、他波長での観測に比べ桁違いに解像度が劣るなど、この帯域における観測はまだまだ未開拓な領域が残されています。宇宙高エネルギーガンマ線観測を新たな段階へ進めるためには、観測の質的な改善が重要となっています。

これまでの経緯

優れた空間分解能を持つエマルションフィルム (※5) により、高エネルギーガンマ線の痕跡を極めて緻密に捉えられます。そして超高速自動解析技術 (※6) および時刻情報付与技術 (※7) を導入することによって、「世界最高角度分解能」「世界初偏光有感」「世界最大口径面積」を実現する新奇ガンマ線望遠鏡に成り得ます。我々はエマルションガンマ線望遠鏡を開発し (図2,3,4) 長時間気球飛翔を繰り返すことで、宇宙高エネルギーガンマ線精密観測の実現を目指し、GRAINE計画 (※8) と名づけ推し進めています。

図2:エマルションガンマ線望遠鏡の概念図 エマルションガンマ線望遠鏡は、エマルションフィルムを積層したコンバーター、時刻付与機構多段シフター、姿勢監視スターカメラから構成される。コンバーターでガンマ線電子対生成反応を捉え、時刻付与機構で時刻情報を付与し、姿勢監視情報と併せることで天球に対する到来方向が決定できる。
図3:2018年気球実験エマルションガンマ線望遠鏡 (与圧容器を閉じる前) 与圧容器リング内側 (短手方向1.5m) に多段シフターを搭載し、その上にエマルションフィルムパックを搭載している。エマルションフィルムは1ユニットあたりの大きさが37.8cm×25cm、厚み方向に113枚積んでいる。それらを4ユニット並べ、口径面積3780cm2を実現している。与圧容器リング外側には3方位を向いたスターカメラのレンズ (黒) が見える。
図4:2018年気球実験エマルションガンマ線望遠鏡 (与圧容器を閉じた後) スターカメラの迷光よけフード (銀色の筒) が3方位それぞれ見える。

これまでに地上での様々な研究開発やテスト実験、2011年気球実験 (※9)、2015年気球実験 (※10) を積み重ね、エマルション望遠鏡による気球飛翔での宇宙高エネルギーガンマ線観測の実現可能性を拓いてきました。そして2018年には望遠鏡の大幅な改良を達成し、無事に気球実験を成し遂げました (JAXA豪州大気球実験 (※11)、口径面積3800cm2、総飛翔時間17.4時間) (関連リンク[1])。現像後のエマルションフィルムおよびストレージデータを日本に持ち帰り、1年を超える飛翔データ解析を行ってきました。2018年気球実験では、既知のガンマ線放射天体である「ほ座」パルサー (Vela pulsar / PSR B0833-45) からのガンマ線を捉え、望遠鏡の総合的な性能実証を目指しました。

今回の実験の詳細

超高速自動飛跡読取装置HTSを使い、のべ40m2のエマルションフィルムから精度「1万分の1」mm (サブμm) で合計数兆本 (~1012) の飛跡を読み出しました。読み出された飛跡をフィルム間で再構成して、ガンマ線電子対生成事象1千万本 (~107) を選び出しました。そして時刻情報を付与し、姿勢監視情報と併せることで、「いつ」「どこから」飛来したかを決定でき、「ほ座」パルサーからのガンマ線約40本に絞り込みました (表1)。「ほ座」パルサーからのガンマ線信号を確かに捉えることに成功するとともに、従来のガンマ線望遠鏡に対して40倍を超える高解像度を達成しました (図1)。

表1:各段階における数のまとめ
読み出された飛跡数兆本(~1012)
ガンマ線電子対生成事象1千万本(~107)
「ほ座」パルサーからのガンマ線40本(~101)

研究の意義

エマルションフィルムから読み出された飛跡数兆本 (~1012) の中から、1000億分の1 (10-11) となる「ほ座」パルサーからのガンマ線約40本に絞り込めることを実証するとともに、エマルション望遠鏡による宇宙ガンマ線観測の展望を拓きました。この経験・実績を基に、今後は口径面積・観測時間の拡大を図り、科学観測の開始を目指します。その先駆けとなる気球実験が本成果によって採択され、2023年5月に無事に成し遂げました (JAXA豪州大気球実験、口径面積2.5m2、総飛翔時間27時間) (関連リンク[2])。

またエマルションフィルムの歴史は古く1896年のベクレルの放射能の発見までさかのぼることができます。その優れた空間分解能および様々な工夫や改良によって、放射線・原子核・宇宙線・素粒子分野と多岐にわたり発見的な成果をもたらしてきました。本研究開発では超高速自動解析技術および時刻情報付与技術を導入することによって、100年を超えるエマルションフィルムの歴史の中では成し得なかったエマルションフィルムの飛跡による天体の結像を実現するとともに、エマルションフィルムの新たな分野への展開を可能にしました。

謝辞

エマルションガンマ線望遠鏡2018年豪州気球実験にあたり関係各方面の方々の協力に感謝します。

  • 本実験は宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 (ISAS/JAXA) が提供する大気球飛翔機会を利用して実施しました。
  • 本研究開発は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究 (S)「気球搭載型エマルション望遠鏡による宇宙ガンマ線未解決課題の解明 (代表: 青木茂樹、課題番号: 17H06132)」等の助成のもと行われました。

本科学誌の査読者による熟読および有益なコメントに感謝します。また別科学誌において2年にわたって計6名の査読者に注意深く読み込んでいただき、多くの有益なコメントをいただきました。この場を借りて感謝の意を表します。

補足説明

※1 ガンマ線

極めて高いエネルギーを持つ光子。ここでは特にサブGeV – GeV帯 (GeVは10億電子ボルト) を高エネルギーガンマ線と呼ぶ。高エネルギーガンマ線の波長は原子核サイズ以下となり、可視光やX線のように鏡など光学系での集光や結像が原理的に難しくなる。高エネルギーガンマ線と物質との相互作用は電子対生成反応が支配的となり、電子対を捉えることで親であるガンマ線の情報 (到来時刻、到来方向、エネルギー、偏光) を測定できる。従って電子対を捉える能力がガンマ線観測能力に直結する。

※2 ガンマ線天文学

1952年に早川幸男らによって、宇宙線 (宇宙を飛び交う高エネルギー粒子) が星間ガスと衝突して生成される湯川中間子の崩壊からのガンマ線放射が提唱された。現在は宇宙ガンマ線観測を通して、宇宙線・高エネルギー天体・宇宙論・基礎物理の研究へと発展している。

※3 マルチメッセンジャー天文学

近年、超高エネルギーニュートリノや重力波の観測が実現しており、多波長・多粒子での天文学 (マルチメッセンジャー天文学) は新たな時代の幕明けとなっている。そのような中でガンマ線は決定的に重要なメッセンジャーとなっている。

※4 フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡 (LAT検出器)

2008年にNASAが打ち上げたシリコン飛跡検出器から構成されるガンマ線望遠鏡。12ヶ国、90機関、400人以上の研究者から構成される国際共同研究であり、日本からも多くの大学・研究機関から研究者が参加している。これまでに5000以上ものガンマ線放射源を発見するなどガンマ線天文学の発展に大きく寄与している。

※5 エマルションフィルム (原子核乾板)

荷電粒子の飛跡を記録することに特化させた銀塩写真フィルム。荷電粒子の軌跡を三次元的に「千分の1」mm (1μm) 以下の空間分解能で記録できる。ガンマ線電子対生成反応を極めて緻密に捉えられ、ガンマ線に対して優れた角度分解能およびガンマ線偏光に対して感度を持たせることが実現できる。併せて大面積化も実現可能。

※6 超高速自動解析技術

エマルションフィルムに記録された飛跡を高速に自動で読み出す装置および一連のデータ処理群。これによってエマルションフィルムの大面積解析が実現。現行機をHyper Track Selector (HTS) と呼ぶ。

※7 時刻情報付与技術

エマルションフィルムに記録された飛跡は本来時間情報を持たない。時刻付与機構「多段シフター (複数段のエマルションフィルムをそれぞれ固有の周期で動かし、アナログ時計の時針・分針・秒針のように時刻に応じた飛跡の位置関係を作り出す)」によって、エマルションフィルムの飛跡に秒以下の時刻情報を付与できる。姿勢監視情報と併せることで、ガンマ線が「いつ」「どこから」飛来したか決定できる。

※8 GRAINE計画 (Gamma-Ray Astro-Imager with Nuclear Emulsion)

「世界最高角度分解能 (1GeVで0.1度)」「世界初偏光有感」「世界最大口径面積 (~10m2)」を実現するエマルション望遠鏡 (10MeV – 100GeV) による長時間気球飛翔繰り返しでの宇宙高エネルギーガンマ線精密観測実験計画。愛知教育大学、岡山理科大学、岐阜大学、神戸大学、名古屋大学の研究者から構成される共同研究 (実験代表:青木茂樹 (神戸大学))。

※9 2011年気球実験

北海道大樹町にあるJAXA大樹航空宇宙実験場で実施。口径面積125cm2、総飛翔時間4.3時間 (うち高度34.7km水平浮遊1.6時間)。エマルションガンマ線望遠鏡の初めての気球実験を達成。

※10 2015年気球実験

JAXA豪州気球実験 (※11)。口径面積3780cm2、総飛翔時間14.4時間 (うち高度36.0 – 37.4km水平浮遊11.5時間) 。2015年気球実験はJAXA大気球実験室現体制において初めてとなるオーストラリア気球実験であったが、JAXA大気球実験室の成功およびGRAINEグループも先行実験としての役割を果たした。

※11 JAXA豪州気球実験

JAXAがオーストラリア連邦科学産業研究機構CSIROと取り決めを交わし提供している大気球飛翔機会。ニューサウスウェールズ大学が管理しているアリススプリングス気球放球基地を使用。

関連リンク

論文情報

タイトル

First emulsion g-ray telescope imaging of the Vela pulsar by the GRAINE 2018 balloon-borne experiment

DOI

10.3847/1538-4357/ad0973

著者

Satoru Takahashi1, Shigeki Aoki1, Atsushi Iyono2, Ayaka Karasuno1, Kohichi Kodama3, Ryosuke Komatani4, Masahiro Komatsu4, Masahiro Komiyama4, Kenji Kuretsubo1, Toshitsugu Marushima1, Syota Matsuda1, Kunihiro Morishima4, Misaki Morishita4, Naotaka Naganawa4, Mitsuhiro Nakamura4, Motoya Nakamura1, Takafumi Nakamura1, Yuya Nakamura4, Noboru Nakano4, Toshiyuki Nakano4, Kazuma Nakazawa5, Akira Nishio4, Miyuki Oda1, Hiroki Rokujo4, Osamu Sato4, Kou Sugimura4, Atsumu Suzuki1, Mayu Torii4, Saya Yamamoto2, and Masahiro Yoshimoto5 

1Kobe University, 2Okayama University of Science, 3Aichi University of Education, 4Nagoya University, 5Gifu University 

Corresponding author: Satoru Takahashi

掲載誌

Astrophysical Journal

研究者