ホスゲンとヴィルスマイヤー試薬は、医薬品原薬や中間体などの合成においてとても重要な試薬です。しかし、両試薬とも空気に触れると分解し、加えて、ホスゲンは極めて高い毒性を持ちます。神戸大学の津田明彦准教授らの研究グループは、同グループで開発したオリジナルのフロー光オン・デマンド有機合成システムをバージョンアップして、それらの試薬を外気に触れることなく、システム内で逐次連続的に合成して、医薬品原薬や中間体の連続フロー合成に用いることに成功しました。①クロロホルムと酸素の光反応でホスゲンを合成し、続いて ②ジメチルホルムアミド (DMF) と反応させてヴィルスマイヤー試薬を合成し、さらに ③それを反応基質との反応に用いることによって、塩化アシル、エステル、カルボン酸無水物、アミド、芳香族アルデヒド、β-クロロアクロレインなどの有用化合物の連続合成に成功しました (図1)。エネルギー生産性や安全性に優れ、廃棄物も少なく抑えることができる画期的なエコ生産システムとして、実用化が期待されています。

図1. 研究成果の概要

本研究成果は2021年2月に特許出願し、2022年1月に国際出願、 2023年3月の国内特許取得 (国外審査中) を経て、2023年9月15日 (米国東部時間) に、関連の学術論文が*Organic Process Research & Development (OPR&D)*にweb掲載されました。

ポイント

  • ホスゲンを用いるヴィルスマイヤー試薬の合成は、コストや環境負荷を抑えることができる一方で、安全上のリスクから、これまでは避けられてきました。本研究では、クロロホルム→ホスゲン→ヴィルスマイヤー試薬→目的化合物の順で、それらをフローシステム内で逐次連続的に変換し、医薬品原薬や中間体の連続フロー合成を達成しました。
  • 出発原料のクロロホルムは比較的安全で保管しやすく、システム内の反応は光制御およびフロー制御できるため、ホスゲンを直接用いる方法や、それを代替する従来の合成方法と比較して高い安全性を持ちます。
  • 合成できる量が試薬の最初の仕込み量に依存する従来のバッチ法と比較して、連続的に試薬を注入して目的物を連続合成できるため、生産効率が大きく向上しました。低LCA(ライフサイクルアセスメント)で、CO2の排出削減に貢献するエコな化学品生産システムです。
  • ヴィルスマイヤー試薬を始めとし、4種の塩化アシル、3種の芳香族アルデヒド、5種類のエステル、4種類のアミド、3種類のβ-クロロアクロレインを合成できました (計20種)。
  • オンデマンドオンサイト (必要な時、必要な量、必要とする場所) での生産が可能です。
  • 小規模多品種の医薬品原薬・中間体などの化学品生産に適しています。

研究の背景

ホスゲン (COCl2) は、医薬品原薬・中間体やポリマー原料として用いられています。世界のホスゲン市場は現在も年数%の規模で増加を続けており、年間800〜900万トン生産されています。しかし、極めて高い毒性を持つため、安全性の理由から、それを代替することができる化合物や化学反応の研究開発が行われてきました。津田研究グループでは、以下のような歴史で安全なホスゲン化反応の開発に取り組み、本研究成果に至りました。

2012年: 津田研究グループは、汎用有機溶媒のクロロホルムに紫外光を照射すると、酸素と反応して、ホスゲンが高効率で生成することを世界で初めて発見しました (特許第5900920号)。そしてそれをさらに安全かつ簡単に用いるために、クロロホルムにホスゲンと反応させるための反応基質や触媒をあらかじめ溶解させておき、光で系中にホスゲンを発生させると、即座にそれらが反応して生成物が得られる手法を発見しました (特許第6057449号)。研究グループはこれを「光オン・デマンド有機合成法」と命名し、これまでに数多くの有用な有機化学薬品やポリマーの合成に成功してきました (特許リスト)。

2021年: 同研究グループは、汎用有機溶媒であるクロロホルムとDMFの混合溶液に紫外光を照射するだけで、ヴィルスマイヤー試薬を合成できることを世界で初めて報告しました (特許登録中)。ヴィルスマイヤ−試薬は空気中の水分と反応して容易に分解してしまいますが、当該合成法はそれをクロロホルム中に生成させて、取り出さずにそのまま次の反応に使って、ワンポットでアルデヒド、ケトン、エステル、およびアミドなどの化学薬品の合成を達成しました (図2)。しかしバッチ式の反応システムのため、合成できる量が反応容器に仕込んだサンプル量に依存し、実験室レベルでの小規模利用に限られていました。

図2. 以前の研究成果バッチ式光オン・デマンド有機合成法によるヴィルスマイヤー試薬の合成と有用有機化合物のワンポット合成

2022年: 同研究グループは、クロロホルムを原料とする新たなフロー光オン・デマンド合成システムの開発に成功しました (特許第7239953号)。このシステムを使って安全に、高変換効率 (96%以上) かつ短時間 (露光1分以内) で、クロロホルムから、ホスゲンを原料とするカーボネート化合物の連続合成に成功しました。

2023年: 今回の研究では、当該フロー光反応システムをバージョンアップして、上記のヴィルスマイヤー試薬を連続的にフロー合成し、それを種々の化学品の連続フロー合成に応用して、新たな生産プロセスの開発に成功しました。

研究の内容

本研究では、当グループで開発したフロー光オン・デマンド合成システムを用いて、汎用有機溶媒のクロロホルムのフロー光酸化反応により生成したホスゲンを、ジメチルホルムアミド (DMF) と反応させて、高効率 (~定量的) かつ短時間 (システム内滞留時間5分以内) で、ヴィルスマイヤー試薬を連続合成することができました。同様に、DMFとカルボン酸の混合物から塩化アシルを合成することにも成功しました。当該フロー光反応システムにさらに試薬注入用のポンプを増設し、アルコール、アミン、もしくは芳香族化合物を注入し、それらの試薬と反応させることによって、エステル、カルボン酸無水物、アミド、芳香族アルデヒド前駆体、β-chloroacroleins前駆体などの連続フロー合成に成功しました。約3時間の運転時間で、~6 g程度の生成物を得ることができ、ヴィルスマイヤー試薬を含めて計20種の化合物の合成に成功しました (図3)。

ホスゲンは極めて高い毒性を持ち、また、ホスゲンとヴィルスマイヤー試薬は両者とも水分を含む空気中では不安定で、分解してしまいます。閉鎖した流動空間での連続化学合成を可能にするこのフロー反応システムは、クロロホルムの光酸化生成物 (ホスゲンを含む) とDMFの安全かつ効率的な反応によるヴィルスマイヤー試薬の生成、それに続くカルボン酸の塩素化、芳香族化合物のホルミル化、アセチル基の塩素化/ホルミル化などに適していることが明らかになりました。

図3. 本研究の成果フロー光オン・デマンド合成システムの写真と、それを用いて合成した化合物 (単離収率) の一覧

今後の展開

コロナ禍や戦争などによる国際社会の不安定化によって、特定の外国に医薬品原薬や中間体の調達を依存するリスクが顕在化し、行政を含めた製薬業界において、医薬品サプライチェーンの見直しが始まっています。加えて、地球温暖化による世界的な気候変動問題が深刻化しており、安全・安価・低環境負荷の革新的な化学品生産方法によるそれら生産の国内回帰が求められています。そのような背景において、研究グループの光オン・デマンド有機合成法は、ホスゲンを原料とする様々な有機合成に新たなイノベーションをもたらすことが期待されており、日本発の化学・技術として、化学品生産における国産エンジンの一つとなることが期待されています。この合成法および合成システムは、従来法よりも安全であり、消費エネルギーが少なく、廃棄物も少なく、多段階の連続フロー合成とスケールアップ合成が可能であり、低LCAの化学品合成を可能にし、カーボンニュートラルの実現に貢献することが期待されています。本システムはホスゲンを用いるほぼすべての有機合成に利用することができます。個々の化学反応に適した装置のカスタマイズを行い、また製造規模に応じたプロセス開発を行うことによって、小規模多品種の生産を必要とする医薬品原薬・中間体などの工業生産での利用が可能です。津田研究グループでは、産学官連携や神戸大学ベンチャーの立ち上げなど、現在、実用化に向けての準備を精力的に行っています。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」 (研究代表:津田 明彦) による支援を受けて実施しました。

特許情報

発明の名称

ハロゲン化炭化水素に光照射して得られる混合物の使用

特許出願

特願2012-048180 [出願日20121年3月5日]

公開

特開2013-181028 [公開日2013年9月12日]

特許登録

日本 [特許第5900920, 登録日:2016年3月18日]

発明者

津田明彦

出願人

神戸大学


発明の名称

ハロゲン化カルボニルの製造方法

特許出願

特願2021-21001 [出願日2021年2月12日]

国際特許出願

PCT/JP2022/2661 [出願日2022年1月25日]

公開

WO2022172744 A1 [公開日2022年8月18日]

特許登録

日本 [特許第7239953, 登録日:2023年3月7日]

発明者

津田明彦,他2

出願人

神戸大学,他2

論文情報

タイトル

Flow Photo-on-Demand Synthesis of Vilsmeier Reagent and Acyl Chlorides from Chloroform and its Applications to Continuous Flow Synthesis of Carbonyl Compounds

DOI

10.1021/acs.oprd.3c00267

著者

劉悦 (Yue Liu), 白井雪菜 (Yukina Shirai), 岡田稜海 (Itsuumi Okada), 大村亮太 (Ryota Ohmura),梁凤英 (Fengying Liang), 津田明彦 (Akihiko Tsuda)*

* Corresponding author
神戸大学大学院理学研究科

掲載誌

Organic Process Research & Development (OPR&D)

研究者

SDGs

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