神戸大学大学院医学研究科医療創成工学専攻 (工学研究科応用化学専攻兼任) の大谷 亨教授、田中清貴大学院生らの研究グループは、ゴムのような高い弾性を持ちつつ力を加えても完全に形が元通りになるという性質の環動高分子※1材料を水に浸すと分解・溶解する高分子ゲルを創製しました。環動高分子材料は、これまでに「壊れない (強靭な) 高分子材料」として開発され、耐擦り傷性材料や振動吸収材料、研磨材、誘電アクチュエータなど多くの高分子材料に強靭性を与えて実用化されてきましたが、使用後の生分解に関しては未開拓の領域でした。研究グループは環動高分子を「水素結合※2」による弱い結合力を多数集積させてゲル状とすることに成功し、伸縮性のあるゲルとして使用後に水中に浸すと溶解して廃棄可能な状態になることを発見しました。今後、医療機器や再生医療等製品、そして環境保全を考慮した応用展開が期待されます。
この研究成果は、11月14日に「Macromolecular Chemistry and Physics」にオンライン掲載され、1月20日発行 (予定) の表紙に選定されました。
ポイント
- 高分子材料を高強度化したり、しなやかにすることは、生活用品開発や医療用途開発などに向けて重要であるが、使用後に水中にて分解/溶解する特徴を付与した例はなかった。
- 架橋点が動いて優れた伸縮性を示す環動高分子ゲルを、弱い水素結合を多数利用することで調製し、伸縮性を保持したゲルが水中では水和によって溶解する特徴を示した。
- 今後、医療機器や再生医療等製品、そして環境保全を考慮した応用展開が期待される。
研究の背景
高分子材料は、固いプラスチックからゲル状の材料に至るまで、様々な伸縮性・機械的強度や自己修復性を付与する技術革新によって、われわれの生活に必要な食料品用の容器、工業用製品並びに医療用製品に至る幅広い分野で高機能化されています。近年では、海洋マイクロプラスチックなどに代表される環境問題への対策として、最終的には生態系に無害となる成分にまで分解される生分解性の機能の重要性が再認識されるようになってきました。しかしながら、生分解性を付与しようとすると、高分子の強度が弱くなる傾向があり、逆に強度を強くすると生分解しにくくなるトレードオフの関係があることが課題でした。このような状況の中、高分子と高分子との化学結合部位 (架橋点) が自由に動く高分子材料(環動高分子ゲル) が東京大学の伊藤耕三教授らによって開発され、ゴムのような高い弾性を示しつつ、押しつぶしても引っ張っても完全に形が元通りになるという性質を示すことで注目されています (図1)。この特徴を活かし、耐擦り傷性材料や振動吸収材料、研磨材、誘電アクチュエータなど多くの高分子材料に強靭性を与え、例えばiPhoneケースなどに実用化されています。しかしながら、使用後の生分解に関しては未開拓の領域であり、環境問題を考慮した機能付与が課題でした。
研究の内容
今回の研究では、環動高分子ゲルに特徴的な「動く架橋点」を従来の共有結合 (安定な化学結合) を物理的に弱い「水素結合」とすることで、伸縮性・機械的強度及び自己修復性に加えて水中で溶解する機能を付与することに成功しました。さらに、この水素結合の程度を化学的に調節することによって水中での分解/溶解するパターンを任意に変更できることを明らかにし、新しい生分解性/溶解性ゲルの開発指針を示しました。
環動高分子ゲルを作製するためには、環動高分子であるポリロタキサン (PRX)※1の中の環状分子を安定な共有結合によって繋げることが一般的でしたが、この結合では水中で分解/溶解する特性を付与することは困難でした。そこで本研究では、多数の水酸基※3を含む高分岐ポリグリセリン(HPG)を環状分子に導入し、物理的水素結合が架橋点となる分解性PRXを合成しました (図2(a))。この水素結合するための水酸基数を変化させてHPG-PRXをいくつか合成し、架橋点となってゲル状となる最適な水酸基数が存在することを動的粘弾性測定※4から確認しました (図2(b))。得られたゲルは引っ張ったり離したりすると元の形状に戻る特徴を示しました (図2(c))。水素結合の数と分岐度によって水の浸入速度を調整することで、分解や溶解を制御できることから (図2(d))、このHPG-PRXは、新しい生分解性 / 溶解性ゲルの開発における環境適応の指針を示すものとして提唱されました。
今後の展開
今回の研究成果は、伸縮性を有するゲルとしての特徴と、使用後には水中で溶解する特徴を示したことから、乾燥状態で使用後には水中で分解するゲルとして生活用品などへの開発への展開が期待されます。また、使用している素材が生体親和性にも優れていることから医療ロボット用の人肌ゲルや医療機器用の高分子材料としての応用展開も期待されます。伸縮性に優れたゲルとしての使用後には水中に浸すことで水に溶解することから、マイクロプラスチックのようなマイクロレベルでの固体は残存しないものと考えられます。環境保全を考慮する点から、ゲル状からフィルム状となる水素結合様式を検討することによって「伸縮性のある生分解性プラスチック」への展開も期待されます。
用語解説
※1) 環動高分子、ポリロタキサン
いくつかの環状分子に紐状の高分子が貫通し、環状分子が紐から抜け出ることのないように鎖状分子の末端が封鎖された分子を「ポリロタキサン」と称し、この異なるポリロタキサン中の環状分子同士を化学的に結合することで、8の字状の結合点が自由に動く高分子材料のこという。
※2) 水素結合
電気陰性度の強い二つの原子間に水素原子が入ってできる結合。共有結合の1/10程度の結合力である。
※3) 水酸基
-OHで表される一価の基。ヒドロキシ基ともいう。
※4) 動的粘弾性測定
材料を変形させるときの力と変形から材料の持つ粘弾性を解析する測定法である。
謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」(領域略称:水圏機能材料) (グラント番号:JP22H04545)、JST【ムーンショット型研究開発事業】(グラント番号:JPMJMS2031) の支援を受けて実施したものです。
論文情報
タイトル
DOI
10.1002/macp.202300294
著者
田中清貴、大谷 亨
掲載誌
Macromolecular Chemistry and Physics