神戸大学大学院保健学研究科博士課程前期課程2年の平田悠人、医学研究科の重村克巳教授、同研究科の大谷亨教授、北里大学の岩月正人教授、早稲田大学の中島琢自上級研究員、北里大学の松尾洋孝特任助教 (現国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所主任研究員)、国立研究開発法人物質・材料研究機構の中西淳グループリーダーらの研究グループは、放線菌が生産する新規物質nanaomycin Kが前立腺がんの増殖や転移を抑制することを発見しました。今後はnanaomycin Kの増殖や転移を抑制する作用機序を明らかにし、治療薬として最適な投与法や濃度の検討を行うことで、前立腺がんに対する新規治療薬への実用化が期待されます。
この研究成果は、2023年5月10日に、「Cancers (Basel)」に掲載されました。
ポイント
- Nanaomycin Kは前立腺癌の増殖や転移を抑制する。
- Nanaomycin KはMAPK経路やCaspase経路といった様々な経路を通じて増殖や転移を抑制する。
研究の背景
前立腺がんは現在日本人男性で最も多いがんです。前立腺がんの代表的な治療法としてホルモン除去療法というものがあります。これは前立腺がんが男性ホルモンによって悪化 (癌細胞の増殖や転移) するという特徴を用い、男性ホルモンを抑制することで癌の悪化を防ぐ治療法です。ホルモン除去療法は前立腺がんに対して非常に治療効果が高いですが、数年後には男性ホルモンが少ない状態でも悪化する去勢抵抗性前立腺がん (Castration-Resistant Prostate Cancer :CRPC) に進行することがあります。CRPCは悪化しやすく、現在完治することが困難という問題があるため、CRPCに対する治療薬の開発が求められています。
がんの増悪機構の一つに、上皮系細胞※1が間葉系細胞※2の性質を獲得する上皮間葉転換 (Epithelial-mesenchymal transition :EMT) という転移に関わる機序があります。前立腺がんはEMTによって高い転移能を獲得し、遠隔転移を引き起こすことで治療が困難になります。
近年、nanaomycin Kという放線菌が生産する新規物質がEMTを起こした細胞の増殖を抑制することが発見されました。そこで、本研究ではnanaomycin Kが前立腺がんにおいて増殖および転移抑制効果を示すかどうかを検討しました。
研究の内容
まず3種類の前立腺がん細胞株を用いて、細胞レベルでnanaomycin Kの増殖抑制効果や転移抑制効果を検証しました。
細胞増殖実験では、nanaomycin Kは全ての前立腺がん細胞の増殖を抑制しました。また、EMTを誘導するTGF-βを加えた群、つまり通常よりも悪性度の高い状態でnanaomycin Kはより強く増殖を抑制していました。更に、CRPCであるPC-3の増殖も抑制していました (図1)。
創傷治癒分析という細胞の転移のしやすさを調べる実験では、nanaomycin Kは細胞の転移を抑制しており、特にTRAMP-C2では有意に抑制していました (図2)。以上より、nanaomycin Kは前立腺がんに対する増殖抑制効果と転移抑制効果を持つことが細胞レベルで確認されました。
次に、増殖や転移を抑制する仕組みを調べるためにウェスタンブロッティングを行いました。その結果、EMTが進行している際に増加するN-cadherinとVimentinが減少していました。よって、nanaomycin KはEMTの抑制を介して転移を抑制していることが示されました (図3左)。また、細胞の増殖やEMTに関わるMAPK経路※3の代表的なタンパク質であるp38、SAPK/JNK、Erk1/2の活性化を抑制していました (図3右)。よって、nanaomycin KはMAPK経路の活性化の抑制を通して増殖や転移を抑制していることが示されました。
最後に、前立腺がん細胞をマウスに皮下移植して成長させた腫瘍にnanaomycin Kを投与し、生体内での抗腫瘍効果を検討しました。その結果、nanaomycin Kは投与翌日から有意に腫瘍の成長を抑制していました (図4)。
動物実験終了後、腫瘍を摘出して免疫組織化学染色を行ったところ、細胞死※4に関わるCaspase3というタンパク質が増加していました (図5)。よって、nanaomycin KはCaspase3の増加による細胞死を通して増殖を抑制していることが示されました。
これらの結果より、nanaomycin KはEMTの抑制やMAPK経路の活性化の抑制、Caspase3による細胞死の誘導といった様々な仕組みを通して前立腺がんの増殖や転移を抑制することが示されました。
今後の展開
前立腺がんは男性において最も罹患数の多いがんです。また、ホルモン除去療法といった前立腺がんへの有効な治療法は存在しますが、数年後には耐性を得てしまいます。今回の研究によってnanaomycin Kは通常の前立腺がんだけではなく、既存の治療法に耐性を獲得した前立腺がんに対しても抗がん作用を示されたため、nanaomycin Kが既存治療への耐性の有無に関わらない前立腺がんに対する新たな治療薬の候補となる可能性があります。
今後は、nanaomycin Kがどこをターゲットとして抗がん作用を示すのかより詳しく探索し、治療薬として最適な濃度や投与経路の検討を行っていくことで、新たな治療薬に向けたnanaomycin Kの前臨床データを取得していきます。
用語解説
※1 上皮系細胞
体表や臓器などの表面を覆う細胞。隣り合う細胞同士が互いに強く結合しており、移動がしにくいという特徴を持つ。
※2 間葉系細胞
結合組織、骨、筋、脂肪などの上皮系細胞以外の細胞。細胞同士の結合が弱く、移動がしやすいという特徴を持つ。
※3 MAPK (Mitogen-Activated Protein Kinase) 経路
細胞の増殖、分化、死、ストレス反応など、多くの細胞機能の制御に関わるシステム。外部からの刺激によって上流が活性化されると下流が次々と活性化され、様々な反応が起きる。MAPK経路の代表的なタンパク質としp3dd、JNK、ERKがある。
※4 細胞死
機能不全となった細胞ががん化することを防ぐ為に自発的、または他発的に死ぬこと。がん細胞は細胞死を避ける仕組みを持っているため、増殖し続ける。
論文情報
タイトル
DOI
10.3390/cancers15102684
著者
Yuto Hirata, Katsumi Shigemura, Michika Moriwaki, Masato Iwatsuki, Tooru Ooya, Yuki Kan, Koki Maeda, Youngmin Yang, Takuji Nakashima, Hirotaka Matsuo, Jun Nakanishi, and Masato Fujisawa
掲載誌
Cancers (Basel)