葉から維管束へ、細胞が生まれ変わる

近藤侑貴 准教授

料理で切り取った残りの豆苗を水に浸しておくと、再び芽や葉が伸びてくるように、植物には極めて高い環境適応能力が備わっている。神戸大学理学部の近藤侑貴准教授は、なかでも環境適応に必要不可欠な維管束 (いかんそく) という器官に着目をして研究を進めてきた。維管束は、水や栄養分を運ぶ輸送管、植物体の支持、電気シグナル伝搬など多面的な機能を有しているが、元は維管束幹細胞から分化したものである。それら維管束を構成する多様な細胞の運命がどのように決められていくのか、独自に開発した培養技術を用いて明らかにしようとしている。

「維管束は、動物における血管のように根で吸収された水とミネラルを葉や芽に送る道管細胞や、光合成により産生された糖やホルモンを運ぶ篩管細胞、体を支える繊維細胞、輸送管への物質の積み下ろしを担う細胞など、多種多様な細胞から成り立っています。

それらの細胞は維管束幹細胞という多分化能を持つ細胞から運命が枝分かれしていくのですが、そのプロセスは高校生が理系か文系かを選び、学部学科を狭めていくことに似ています。しかし、幹細胞からどのようにして異なる細胞へと分化して機能を発揮するのか、そのしくみはほとんど解明されていません。その謎に挑み、解き明かしたいという思いが研究のモチベーションになっています」

植物内の輸送を担う維管束 (シロイヌナズナの葉脈)

維管束幹細胞がどの細胞に分化するか、その運命を決定づけるポイントを探っていくなかで、近藤准教授はシロイヌナズナの葉の細胞から維管束の篩管細胞や道管細胞をつくり出す方法を開発した。「VISUAL (Vascular cell Induction culture System Using Arabidopsis Leaves)」と名付けたこの方法を使うと、すでに葉としての運命を歩んでいる細胞が篩管 (しかん) 細胞や道管細胞として生まれ変わるのだ。しかも、維管束のなかでもすでに分化誘導ができていた道管に対して、形態的な特徴に乏しく研究が難しいとされていた篩管を世界で初めて分化させることに成功した。

「シャーレ上のシロイヌナズナの子葉 (芽生えの双葉) に、オーキシンとサイトカイニンという植物ホルモン、そしてビキニンという化合物を加えて4日間ほど培養すると、葉を構成する葉肉細胞が大量の篩管細胞と道管細胞へと運命を変化させます。これが私たちが初めて開発したVISUALという方法です。もとは葉なので光合成を担う葉緑体を持っていますが、VISUALで培養をはじめると次第に葉緑体も分解されていきます。

メカニズムについてはまだわかっていないことばかりですが、この方法を使うことで葉の細胞が一度リセット (リプログラミング) されて、さまざまな細胞に分化できるポテンシャルをもつ幹細胞になります。幹細胞になると、そこから先は維管束細胞へと一気に分化が進むようです」

VISUALにより子葉に誘導された大量の維管束細胞 (道管細胞と篩管細胞)

カーボンニュートラルに適応しやすい植物細胞を研究

VISUALによって葉肉細胞が維管束を構成する細胞へと生まれ変わる様子が見えた。さらに、ホルモンや化合物の濃度、材料となる葉の年齢などによってリプログラミングの能力が変わってくることもわかってきたので、最近では培養条件を調整して狙った細胞だけをつくり出すことにも挑んでいる。

「これまでは道管と篩管の細胞しかつくれませんでしたが、VISUALを改変することで、篩管細胞に隣接して篩管細胞の生命維持に関わる篩部伴細胞へと分化誘導することにも成功しました。培養技術を通して維管束の発生過程をシャーレ上で再現することで、植物細胞の運命決定において鍵となる因子が見えてきます」

これまでの研究成果からSDGsにつながる取り組みも始まった。神戸大学工学部との共同研究では、バイオエタノールとして利用可能なセルロースを効率的に取り出せるように、植物の細胞をデザインする研究を進めている。現状、木材からセルロースを取り出すには、多大なエネルギーを使って不要な物質を除去しなければならないが、VISUALと遺伝子改変技術を組み合わせて、エネルギーを消費せずに不要部分を剥がれやすくする細胞をつくり出そうとしているのだ。この研究は、植物由来のエネルギーというカーボンニュートラルの取り組みでもあり、SDGsのエネルギーと気候変動という2つの目標への対策としても大いに期待できる。

また、神戸大学構内のイチョウの木など、さまざまな種類の植物をVISUALで培養する研究を展開中だ。栽培に数年かかる樹木でもVISUALなら数週間で木質細胞を誘導、解析できるようになるため、植物研究の短周期化、効率化に貢献できる。

遡れば、植物ホルモンによる情報伝達から運命決定、細胞の誘導などとさまざまな研究テーマに取り組んできたというが、学部生時代から“維管束一筋”に研究してきた。

「最新の研究では、植物が育っている環境や土壌に含まれるショ糖などの栄養が維管束幹細胞の発生に影響することがわかってきました。研究の目標としているのはまさにそこです。固いアスファルトの割れ目から草が生えていたり、屋久島の縄文杉が数千年も生き続けるなど、植物には厳しい環境でも生き続ける力がある。それがどこから涌いてくるのか。 “植物の生きざま”を理解することを目指して、日々研究に取り組んでいます」

近藤侑貴准教授 略歴

2010年3月東京大学大学院理学系研究科 博士前期課程修了
2010年4月日本学術振興会 特別研究員
2013年3月東京大学大学院理学系研究科 博士後期課程修了
2013年4月東京大学大学院理学系研究科 特別研究員
2014年4月東京大学大学院理学系研究科 助教
2020年3月神戸大学大学院理学研究科 准教授

研究者

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