海運を変えるDX、陸運を救うPI

平田燕奈 准教授

世界を行き来する貿易貨物の9割は船による海上輸送で、四方を海に囲まれた日本ではほぼ100%を占める。その海運大手のグローバル企業「A.P.モラー・マースク」(本拠はデンマーク) に長く勤め、数々のプロジェクトに携わってきたのが、神戸大学海洋政策科学部の平田燕奈准教授。現在の研究テーマは実務家としての豊富な経験がベースにある。めざすは物流業界のDX、つまりデジタル技術による改革と進化だ。

「海運業界はまだまだ紙の書類ベースのため非効率な業務も多いんです。そこでブロックチェーン技術を使っているプラットフォーム上で書類や手続きをデジタル化すれば、海外から配送中の貨物が今どこにあるか簡単に追跡できるようになり、輸出入の証明書発行や提出も短時間で済む。マースクに在籍当時はIBMと共同でサプライチェーン (原材料・部品の調達から製造、在庫管理、配送、販売までの一連の流れ) をデジタルで管理するブロックチェーンプラットフォームに参画し、アジアの統括担当をしていました。ただ、それは残念ながら十分に普及しないまま、数年間で事業が中止されてしまった」

世界の物流の最前線で働きながら感じたのは、業界全体のDXに対する認識の不十分さ、そして将来の変革を担う人材の大切さ。ならば自分で課題を見つけ、解決策を提案し、人も育てていこうと研究職に転じた。

今最も注力するのが「フィジカルインターネット (PI)」だ。ひとことで言えば、インターネットの仕組みをリアルな物流現場に応用し、輸送ルートを効率化する構想。特に国内の陸運業界で、さまざまな問題を解決する方策として注目されている。

フィジカルインターネット (PI) インターネットの仕組み (上) をリアルな物流現場に応用し、輸送ルートを効率化する構想 (下) が注目されている。現在平田研究室では、PIノードの設計及び最適化に関する研究を行っている。

 「今、日本国内を走っているトラックの平均貨物積載量は40%しかありません。これはネット通販が普及して個人の配送需要が増えたことが原因と見られています。従来の企業間取引では大ロットの貨物中心ですが、個人購入になれば荷物が小型化し、配送頻度も増える。そうすると十分に荷物を積んでいないトラックが何台も、頻繁に走り回ることになります。コロナ禍で在宅の人が増えた時は、この状況に拍車がかかりました」

これを解決するのがPIだ。荷物の集約拠点 (node=結節点という) を作って共同輸送を行うことで、インターネットのように一対多数のやり取りが可能になる。「荷物の送り手と受け手が一対一でやり取りするのが基本だったこれまでより、トラックの台数も配送頻度も大幅に減らせます」という。さらに、異なるサイズのPIコンテナを標準化することで、輸送効率を向上させるだけでなく、包装物の再利用により環境負荷を軽減することができる。

経済産業省などの政府機関も取り組みを推進し、日本国内のローカルレベルではすでに一部で共同輸送が行われている。この方法を海運など貿易にも広げ、グローバルに展開していくのが今後の目標だという。

多分野からアプローチする「海の脱炭素化」

平田准教授が取り組む物流システムの改革は業界の合理化・効率化だけが目的ではない。その先には、SDGsが掲げる地球規模の問題解決を見据えている。

一つはもちろん、環境負荷の低減だ。トラック輸送を効率化し、配送の台数や頻度を減らせばCO2の排出が抑えられる。輸送量あたりのCO2排出量は自動車が圧倒的に多いから、その効果は決して小さくない。

もう一つは労働環境を改善・向上させ、一人一人の働きがいや生産性を高めること。特に日本の陸運業界では今、「物流の2024年問題」が懸念されている。

「2024年問題とは、同年4月からトラックドライバーの残業時間が年間960時間 (月間80時間) に法律で制限され、必要な輸送力が確保できなくなることです。現在でも人手が足りず、時間外労働に支えられているのが、さらに厳しくなる。これにどう対応するのか、業界の大きな課題になっているんです」

DXやPIはこの問題を解決し、長時間労働や過酷で危険な仕事から人びとを解放する可能性があると平田准教授は言う。

システム改革で多くの効果が見込めるのは海運業界も同じだ。とりわけ期待されるのが、船から海へのCO2排出を減らす「海の脱炭素化」だという。

「船にはAIS (Automatic Identification System=船舶自動識別装置) というビッグデータがあって、発着地や位置情報などがすべてわかるようになっています。これを利用すれば、航行中の船のCO2排出量を計測・予測することができる。さらに、海面に排出したCO2を回収して再利用する『カーボンニュートラル・シップ』という船も開発されています。わたし自身は経営学やデータ解析、AI技術などが専門で、船の開発には直接関わっていませんが、海の脱炭素化というのはこうして多くの学問分野からアプローチでき、お互いに連携して取り組むべき課題なんです」

海洋政策科学部は2024年度から4年生を対象に「海の脱炭素化」を学ぶコースを新設する。平田准教授をはじめ、さまざまな分野の研究者が講義を担当し、実践的な内容になるという。気候変動、代替燃料、海底の炭素回収、海事産業の動向、さらには国際機関や日本政府の取り組み……。

「海洋政策科学部は理系・文系どちらも募集し、入学しても文理融合で学べます。理系の学生が経営や法律の視点を学ぶ、文系の学生が工学や技術の知識を得ることもできる。この学部のメリットを生かしたコースにしたいと思っています」

平田燕奈准教授 略歴

2016年神戸大学経営学研究科博士後期課程修了。経営学博士。丸紅、A. P. Moller‐Maersk Groupを経て、19年神戸大学数理・データサイエンスセンター入職。22年4月より神戸大学大学院海事科学研究科准教授 (現職)。データサイエンス人材の育成に従事しながら、交通分野での経済・経営理論とデータサイエンス手法を融合した研究を行っている。著書としては、『e‐Shipping―外航海運業務の電子化』、『データサイエンス基礎』(共著)、『新国際物流論―基礎からDXまで』(共著)、近年の論文としては、「サプライチェーンマネジメントにおけるブロックチェーン技術の応用:機械学習アルゴリズムを用いる解析」(2022年Emerald Literati Awards受賞)、「COVID-19が海運と物流に与える影響の解明」(2023年Emerald Literati Awards受賞) などがある。

研究者

SDGs

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