2025年4月、神戸大学に「システム情報学部」が誕生する。AI(人工知能)やデータサイエンス、スーパーコンピューターなどの専門性を土台に、社会課題の解決、新たな価値創造に挑む人材の育成を目指す。教育のキーワードは「総合的な知」。入学直後から専門科目を学び、目的意識をもって教養科目を履修する「反転教養教育」などさまざまな制度を導入する。新学部はどのような未来を見据えているのか。大学院システム情報学研究科長の臼井英之教授に聞いた。
大学入学から博士の学位取得まで最短6年
なぜシステム情報学部を開設するのでしょうか。
臼井教授:
デジタル情報の分野は急速に発展し、政府も企業も専門人材の育成を喫緊の課題としています。単に情報を収集・処理するといったスキルではなく、情報と人間の生活を結びつけ、社会課題の解決にどう生かすかを考える人材が求められています。
そうした高度情報専門人材の育成に向け、文部科学省が公募した「令和5年度大学・高専機能強化支援事業」で、神戸大学は規模と質を兼ね備えた「ハイレベル枠」に選ばれました。全国7大学のうちの1校です。この事業に選定されたことに伴い、学部を改組して入学定員も大幅に拡充します。
現在、本学の大学院には「システム情報学研究科」(2010年開設)が設置されています。しかし、学部レベルでは独立した組織がなく、大学院とストレートにつながっていません。今回、工学部の情報知能工学科を学部として独立させ、学部と大学院を一体運用してパワーアップを図ります。
大学院との一体運用とは、具体的にどのような仕組みですか。
臼井教授:
大学内での教育特区のようなイメージで、学部入学から博士の学位取得までを最短6年で終えることが可能になります。現在のカリキュラムでは、学部が4年、大学院の博士課程前期(修士)が2年、後期(博士)が3年というのが一般的で、合計9年かかります。一方、新たなカリキュラムでは最短の場合、学部と大学院をそれぞれ3年で卒業・修了することができます。
もちろん、早期の学位取得は特に意欲があって優秀な学生に限られます。ただ、こうした仕組みがあることで、大学院への進学意欲を高めたり、高度情報専門人材を早期に社会へ送り出したりできるメリットがあると考えています。
このような早期卒業・修了を可能にするカリキュラムとして取り入れるのが「反転教養教育」で、新学部の特徴のひとつとなっています。
専門科目を入学直後から学べるカリキュラム
カリキュラムの具体的な内容は?
臼井教授:
学部への入学直後から、システム情報学の専門科目を中心に学びます。数学や工学などに加え、AI、データサイエンス、プログラミング、システム科学などの専門知識を習得します。そして、専門知を身につけたうえで、それを社会に役立てるための幅広い知識、つまり教養科目を学んでいきます。
現在の大学では、最初の約2年間、文学、法学、経済学などの幅広い教養科目を学ぶことが一般的です。視野を広げるメリットもありますが、「専門的な勉強をしたい」という強い意欲を持って入学した学生の中には、その熱が冷めてしまうケースも見られます。
新学部のカリキュラムでは、入学時の意欲を最大限生かせます。語学学習についても、まずは専門分野と関連する英語を重視します。専門知識を先に学ぶことで、その知識を社会で生かすために必要な教養とは何か、という点も見えてくるはずです。
専門科目を先に履修すると、大学後半に留学しやすくなる利点もあります。現行のカリキュラムでは、3、4年生で履修しなければならない専門科目が多いため、留学をあきらめる学生もいます。新学部では在学中に1年留学し、計4年で卒業するという選択も可能になります。
近年、「情報」を冠した学部を新設する大学は数多くありますが、「システム情報学部」という名称に込められた思いは何でしょうか。
臼井教授:
「システム」はあらゆるところに存在します。例えば、人間の体も、学校などの組織も、カメラのような機械もシステムといえます。一つひとつの部品を個別に考えるのではなく、組み合わせてうまく動かしたり、制御したり、発展させたりするのがシステムです。
そういう観点から情報を扱うという意味で、この学部名を掲げています。情報は世の中のさまざまなシステムを円滑に動かす一つの要素であると捉え、それをいかに使い、社会課題の解決や価値創造につなげるかを研究していきます。
新学部では、実践の場として、大学院生などと協働して考える「異分野共創C³(シーキューブ=Co-Creation&Collaboration)」という教育プログラムを導入します。大学院ではすでに試行していますが、学部の3年時に組み込み、自分の専門分野を社会でどう生かすかを考えてもらう場にしたいと考えています。専門が異なる大学院生や教員との議論を通し、想像もしなかった価値創造につながるきっかけが生まれることを期待しています。
「総合的な知」を重視 幅広い進路選択
卒業・修了後はどのような進路が考えられますか。
臼井教授:
活躍の場はあらゆる分野にあると思います。IT業界などに限らず、例えばインフラ、交通、金融、医療、宇宙など、幅広い分野で学びを生かせるでしょう。さまざまな製造業で、市場の動向を見据え、商品開発に結び付けるような仕事もできると思います。
現在の情報知能工学科では、約8割が大学院に進学しています。理系の特徴として、大学院の間に企業などで働く基礎力を磨く学生が多いと思います。もちろん、本格的に研究者への道を歩む人もいます。新学部も基本的に理系なので、こうした大学院進学の傾向は続くかもしれません。
新学部に関心を持つ人々へのメッセージを。
臼井教授:
新学部が育成を目指す人材像として「時代と未来をつなぐ人」という表現を使っています。システム情報学という専門知を究めたうえで、未来をデザインする総合的な知とリーダーシップを兼ね備えた人を育てたい、と考えています。
高校生の段階では、「ゲームソフトをつくりたい」「AIについて学びたい」など、特定の分野だけに関心を持つ人も多いかもしれません。それは構わないし、入学後に視野をどんどん広げればよいと思います。新学部は、入学試験の段階で学生の多様性を重視しているのも特徴です。学校推薦型選抜(女子枠)などさまざまな制度を取り入れます。
今の時代、数年先でさえ世界は大きく変化しているでしょう。どんな成長分野が生まれてくるか分かりません。ですから、多様な分野の若手教員を増やしていきたいとも考えています。先が読めない時代だからこそ、チャレンジのしがいもある。フロンティア精神で新たな世界を開拓していきたいと思います。
臼井 英之 教授 略歴
1986年3月 | 京都大学工学部電気工学第二学科 卒業 |
1992年9月 | 京都大学超高層電波研究センター 助手 |
1994年3月 | 京都大学大学院工学研究科電子工学専攻 博士後期課程修了 |
1997年4月 | 米国・カリフォルニア大学バークレー校 文部省長期在外研究員 |
1999年4月 | 京都大学超高層電波研究センター 助教授 (2000年に宙空電波科学研究センター、2004年に生存圏研究所へ改組) |
2009年4月 | 神戸大学大学院工学研究科 教授 |
2010年4月 | 神戸大学大学院システム情報学研究科 教授(専門:計算宇宙科学) |
2024年4月 | 神戸大学大学院システム情報学研究科長 |
システム情報学部
工学部の情報知能工学科を独立させる新学部。2025年4月入学が1期生となる。入学定員は150人(現在の学科は107人)。一般選抜が130人(前期110人、後期20人)、学校推薦型選抜(女子枠)が15人、大学入学共通テストを課さない「志」特別選抜が5人、私費外国人留学生特別選抜が若干名。一般選抜の入試科目と配点は情報知能工学科と同じ。
専門分野を学んだ後に教養科目を履修する「反転教養教育」、早期卒業制度、学部と大学院の一体運用などが主な特徴。高校の「情報」と中学・高校の「数学」の教員免許も取得できる。2026年度には六甲台キャンパスに新しい学舎も竣工する予定。
学部の新設に伴い、既存の大学院システム情報学研究科の入学定員も拡充する。前期課程(修士)を135人(現行80人)、後期課程(博士)を21人(現行12人)まで段階的に引き上げる。
※2025、2026年度に3年次に編入学する場合は、既設の工学部情報知能工学科となる。
※新学部は現在構想中で、内容に変更が生じる場合がある。