神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)、北海道大学総合博物館の横山 耕氏、石川県立大学生物資源環境学部環境科学科の北村俊平准教授からなる研究グループは、光合成をやめた植物であるギンリョウソウ Monotropastrum humile の種子がワラジムシやハサミムシに食べられることによって運ばれていることを明らかにしました。

ギンリョウソウはこれまでの研究により、カマドウマやゴキブリが種子を運ぶことが知られていましたが、今回の調査によりワラジムシやハサミムシも同様に種子の運び屋として働いていることが明らかとなりました。ワラジムシほど小さな動物の消化管を種子が通過して運ばれるとはこれまで考えられておらず、本発見は、世界最小記録の更新となります。この発見は、これまで見過ごされてきた、生態系内における小さな動物の種子の運び屋としての役割を考える上で重要な成果であると言えます。

本研究成果は、5月9日(火)午前0時(日本時間)に国際誌「Plant, People, Planet」に掲載されました。

ギンリョウソウの果実を食べるワラジムシとエゾハサミムシ

研究のポイント

  • 種子を含んだ果実を食べ、糞として生きた種子を排出することが知られる動物の多くは、鳥や哺乳類である。
  • 光合成をやめた植物「ギンリョウソウ」の種子の運び屋として新たにワラジムシとハサミムシを特定。
  • 生きた種子を糞として排出するタイプの種子の運び屋としては、ワラジムシは世界最小である。

研究の背景

自力で移動できない植物にとって、種子を遠くに運ぶことは自身の分布を拡大する上でとても重要です。このため多くの植物は鳥や哺乳類などの動物に種子を果肉と一緒に食べてもらい、種子が消化されずに排泄(はいせつ)されることで自力では届かない場所まで種子を運んでもらっています。このような働きをする動物は種子散布者と呼ばれますが、前述の通り種子散布者の多くは鳥や哺乳類であり、昆虫などの無脊椎動物が関わることはまれです。

例外的に、アリは種子散布者として有名な無脊椎動物ですが、アリは種子を大顎でつかんで運ぶため、鳥や哺乳類のように種子を果肉と一緒に食べ、種子を(ふん)として排出するわけではありません。そのような中、その幻想的な姿から「ユウレイタケ(幽霊茸)」や「スイショウラン(水晶蘭)」とも呼ばれるギンリョウソウ Monotoropastrum humileは、カマドウマやゴキブリの消化管を種子が通過して運ばれることが知られている珍しい植物です。本種は、果実が熟すと茎ごと倒れ、地上を徘徊(はいかい)する小型の動物でも果実を食べられるようになるという特徴があります(図1)。この特徴を考えると、カマドウマやゴキブリ以外の無脊椎動物も種子散布者として寄与する可能性がありますが、その全貌は明らかになっていませんでした。

図1. ギンリョウソウ (a) 開花期の個体。(b) 結実し、茎ごと倒れた個体。スケールバー: 1 cm。撮影: 横山 耕。

研究の詳しい内容

このような背景のもと、本研究では、ゴキブリが生息していない北海道のギンリョウソウ個体群を用いて種子散布者の調査を行いました。具体的には、結実したギンリョウソウをインターバルカメラで276.75時間撮影し、得られた9291枚の写真から果実に食べにやってきた動物の行動を観察しました。すると、ギンリョウソウの種子散布者として既に知られているカマドウマのほか、ワラジムシやハサミムシ(エゾハサミムシとコブハサミムシ)がそれぞれ100回以上ギンリョウソウの果実を食べにやってきたことが明らかとなりました。

もしこれらの無脊椎動物が種子散布者とすると、ギンリョウソウの種子を食べた後に排出された糞の中にはギンリョウソウの生きた種子が含まれているはずです。そこでギンリョウソウの果実を食べていたカマドウマの仲間のエゾモリズミウマ Diestrammena brunneri、ワラジムシの仲間のワラジムシ Porcellio scaber、ハサミムシの仲間のコブハサミムシ Anechura harmandi、およびギンリョウソウの果実を実験室に持ち帰り、摂食実験を行いました。具体的には、ギンリョウソウの果肉と種子を混合したものを餌としてこれらの無脊椎動物を飼育し、得られた糞を実体顕微鏡下で観察し、種子が存在するかを調べました。さらに、TTC染色※1を行い、糞中の種子が生存しているかを調べました。その結果、これらの無脊椎動物の糞にはギンリョウソウの無傷の種子が含まれており、さらに糞中の種子は生存していることがわかりました。これによりカマドウマだけではなく、ワラジムシやハサミムシもギンリョウソウの種子散布者であることを晴れて証明することができました。

これまで糞として種子を排出する動物のうち、最も小さいものは同じくギンリョウソウの種子散布者として報告された体長11–13 mm、体幅約5 mmのモリチャバネゴキブリでした。今回の研究で明らかとなったギンリョウソウの種子散布者のうち、ワラジムシ(体長8–11 mm、体幅約5 mm)は世界最小記録を更新するものです。またコブハサミムシ(体長11–16 mm、体幅約3 mm)は、モリチャバネゴキブリやワラジムシよりも少し大きいものの、体の幅が狭いことから世界で最も軽い種子散布者である可能性があります。このようにワラジムシやハサミムシはいずれも消化管を種子が通過するタイプの種子散布者としては世界最小級といえます。本発見は、種子散布者がこれまで考えられていたよりはるかに多様であることを示した点、今まで見過ごされがちであった小さな動物の生態系における役割を明らかにした点で、重要な成果といえます。

図2. ギンリョウソウの果実を食べる無脊椎動物 (a) 果実を食べるエゾハサミムシ。(b) 果実を食べるエゾハサミムシとワラジムシ。(c) 果実を食べるワラジムシ。スケールバー: 1cm。撮影: 横山 耕。

用語解説

※1  TTC染色

TTCは代謝活性を測定するために用いられる指示薬でもともと白色であるが、生きた組織内では脱水素酵素によって還元され赤色になる。今回の調査対象のギンリョウソウのような発芽が難しい植物において、種子の生存能力の鑑定に用いられる。

論文情報

タイトル

"Earwigs and woodlice as some of the world's smallest internal seed dispersal agents: insights from the ecology of Monotropastrum humile (Ericaceae) "(= 世界最小級の被食種子散布者としてのハサミムシとワラジムシ:ギンリョウソウの生態から得られた洞察)

DOI

10.1002/ppp3.10519

著者

Kenji Suetsugu(末次 健司), Osamu Kimura-Yokoyama (木村-横山 耕), Shumpei Kitamura(北村 俊平)

掲載誌

Plant, People, Planet

研究者

SDGs

  • SDGs15