落語研究会の会長、鈴木香乃子さん

出演依頼があれば、喜んで引き受ける。人前で高座に上がってこそ、話芸が磨かれる。神戸大学落語研究会(落研=おちけん)の活動は、地域とともにある。

1963年に創設され、60年以上の歴史を誇る落研。現在、その会長を務めるのは、国際人間科学部3年の鈴木香乃子さんだ。高座名は可愛家(かわいや)のれん。女性の屋号は伝統的に「可愛家」と決まっている。名はそれぞれの代でテーマがあり、鈴木さんら59代の女性は「ラーメン関連」という。

大学に入学するまで落語とは無縁だった。中学は合唱部で、高校は英語ディベート部。出身は宮崎県で、関西のようにお笑いが身近にあったわけでもない。興味を持ったのは、大学の新入生歓迎行事で、落研に同じ宮崎県出身の先輩がいたことがきっかけ。「新歓寄席」に足を運び、堂々と落語を披露する先輩たちの姿を見て「自分もやってみたい」と思った。

神戸大学の落研のけいこは、伝統的に先輩と後輩がマンツーマンで行う。鈴木さんは当初、上方落語のイントネーションを身につけるのに苦労した。関西出身の同級生は難なくこなしていたが、「わたしにとっては、英語のリスニングを勉強するような感じでした」と笑う。新入生が最初に高座に上がるのは毎年10月、学内で行われる新人寄席。その舞台を目指して必死にけいこを重ねるうち、落語の楽しさに引き込まれた。

住民のファンも多い年末の『六甲寄席』

現在、落研の会員は1年生から3年生まで21人で、男女ほぼ半々。4年生は一線を退き、サポート役に回る。

学外の活動で最も規模が大きいのは、年末近くに神戸市灘区のホールで開く「六甲寄席」だ。3年生が活動の最後を飾る場で、毎年楽しみにしている地域住民も多い。木戸銭は無料。常連の人に案内を送ったり、駅前でチラシを配ったりして客を集め、毎回400~500人が訪れる。

そのほか、1月の新春寄席も地域での恒例行事。こうした定例の寄席に加え、地域団体、老人会、高齢者施設などから出演の依頼が舞い込む。会場はカフェやお寺、図書館などさまざまだ。

カフェを会場に開かれた催しで落語を披露する鈴木さん。高座名は可愛家のれん(加古川市平岡町)

「落語を楽しんでいただいている様子を見ると、いつも『やってよかった』と思います。わたしたちにとっては、けいこの成果を披露する貴重な場でもあります。食事をごちそうになったり、『また来てね』と言ってもらったりすることもあり、自分も地域の一員なんだと実感します」

会員は高座に上がるだけでなく、寄席運営のさまざまな役割をこなす。お囃子(はやし)の三味線や太鼓演奏、出演者名を書く寄席文字も、すべて会員が担う。出演依頼を受け付ける担当もいる。落研はいわば、寄席を作り上げる集団。六甲寄席のような大規模な舞台に向け、ふだんの活動で得る出演料、卒業生からの支援などで資金も工面する。

やらない後悔より、やる後悔

落研は歴代、会長のほとんどが男性だが、「やらない後悔より、やる後悔」の気持ちで立候補した。高校時代に生徒会を担った経験もある。会長は落語だけに集中することが難しいが、組織のまとめ役という得がたい経験ができると感じている。

当面の最大の目標は、3年生の引退の花道となる六甲寄席を成功させること。「歴史に残るような舞台にしたい」と並々ならぬ意欲を見せる。

落語家を目指しているわけではない。落研出身者には、桂吉弥さんなどプロになった先輩もいるが、その道に進む会員は少ない。ただ、落語で身につけたコミュニケーション力を生かし、社会で活躍する卒業生は多い。

「落語を始めてから人前で臆せず話せるようになり、人と話すことが楽しくなってきました。幅広い年齢層の人と出会えるのも貴重な経験。将来は、いろいろな人とかかわりが持てる仕事がしたいですね」

落語も会長の役割も、まずは恐れず挑戦し、楽しむ。そんな思い切りのよさを信条に日々、落研の新たな伝統を築いている。

略歴

すずき・かのこ 宮崎県宮崎市出身。2022年、国際人間科学部グローバル文化学科入学。落語研究会の59代会長。好きな落語は「宮戸川」で、持ちネタのひとつでもある。神戸の印象は「ほどよく都会で住みやすい」。神戸市在住。

SDGs

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