気候変動の拡大に、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現が急がれる。カギを握るのが究極のエネルギー源とも言われる「水素」。燃焼時に二酸化炭素(CO2)を出さず、さまざまな資源から得られる。神戸大学は2023年11月、「水素・未来エネルギー技術研究センター」を設立。将来を見据えた研究に取り組んでいる。
日本は水素研究で世界をリードしてきた。2017年には世界に先駆けて水素基本戦略を策定。水素を新エネルギーの選択肢として示した。今年5月、水素社会推進法が成立するなど国内における水素活用への期待はますます高まる。だが、水素社会実現に向けて乗り越えるべき学術・技術的、また社会的ハードルはまだ多く残される。これらを打開し、新しい世界を作る挑戦が、神戸大学深江キャンパスで進む。
神戸大学水素・未来エネルギー技術研究センター設立への流れは、1969年に神戸商船大学(現・神戸大学海洋政策科学部)で始まった極低温の液体ヘリウムを作る研究まで遡る。マイナス269℃の液体ヘリウム(さらに低温で超流動になる)や超伝導の応用研究から始まり、超伝導磁石によって発生する磁場で船を動かす超伝導電磁推進船「ヤマト1」の研究開発に結実した。1995年の阪神・淡路大震災後には、電磁推進船とは逆の原理を使った海流MHD(電磁流体力学)発電の実証にも取り組んだ。
水素社会を支える基盤技術
そして2004年、ヘリウムから水素へと研究対象が変わった。「将来、水素エネルギーが必要になる、液体水素が次の研究対象になる、と20年ほど前から考えていました」と武田教授は振り返る。沸点はマイナス253℃。液体状態では体積が気体状態の約800分の1になる水素は輸送に有利で、燃焼しないヘリウムと違い、エネルギー媒体としての高いポテンシャルがあった。
武田教授らは超伝導を応用する立場から水素の研究に着手した。この成果の一つが岩谷瓦斯などと共同研究した「液体水素用超伝導液面計」だ。液面を高精度に測ることができ、将来の水素社会を支える基盤的な技術になる。すでに製品化もされており、輸送や供給販売時、液体水素を積んで走る燃料電池トラックなどの液量管理で使用が見込まれている。
神戸大学の水素研究は発展を続け、2015年、液体水素専用実験棟が完成した。この施設では貯蔵試験や輸送時の振動の影響など、水素社会で求められる多様な実験が進められている。2017年には神戸大学が当時所有していた練習船「深江丸」に液体水素タンクと実験装置を搭載し、航海しながらデータを取得。液体水素の海上輸送実験に世界で初めて成功した。
こうした水素研究に加え、センターにはもう1本の源流がある。洋上風力を中心とした再生可能エネルギーの研究だ。長く気象モデルや衛星観測データによる風況解析などに取り組み、風況予測を実現した。開発した洋上風況マップNeoWinsは、NEDOにより2017年に公開され、洋上風力開発に欠かせないツールとなっている。さらに、神戸大学発ベンチャーのレラテックなどとともに「むつ小川原洋上風況観測試験サイト(青森県六ケ所村)」を整備。企業などが広く利用でき、風況観測機器の精度検証などが可能だ。こうした施設は日本初であり、風力発電の普及に貢献している。
産官学連携で得られるもの
水素・未来エネルギー技術研究センターは企業との連携を重視する。液体水素を使った技術開発に実験室を開放し、多くの企業に使ってもらう。学部の垣根も越え全学の知見を深江キャンパスに集める。「『深江キャンパスオープンラボラトリー』構想をまとめました。来年度中の始動が目標です」と武田教授は意気込む。さらに蒸発する水素を回収して学内に電力供給する「カーボンニュートラルキャンパスモデル」も深江キャンパスで実現を目指すという。
個々の基盤技術が完成した暁には、いかに社会実装していくかが重要になる。技術を確立するだけで水素社会は実現しない。燃料電池車(FCV)普及に向けて動きつつも水素ステーションが少ないなど、技術の進歩に対して社会の動きは遅い。
現在のセンターは再生可能エネルギー技術、水素エネルギー技術、マルチエネルギー技術の三つの研究部門で構成されている。武田教授はこれらに加え、社会システム評価技術研究部門を拡充し、その上にオープンラボ・国際規格化推進部門を設ける考えだ。「まだ社会的な基盤が整っていませんが産学連携によって仕組みができれば、現状を打ち破れます」と力を込める。
この動きを加速させるため、水素・未来エネルギー技術勉強会を立ち上げた。現在、川崎重工業や兵庫県など産官学約80会員が意見交換しながら、どう研究開発し、どう社会実装していくかを議論している。国際規格化に向けて世界にどう提案していくかも重要なテーマの一つだ。これらを通して、産業界のコンソーシアムを構築し、社会に展開する。2030年には川崎重工業の液体水素タンカー大型化の計画もあり、武田教授は「この頃には体制も整っているはずです」と語る。
過去のすべてが未来の礎に
武田教授は神戸商船大の出身。「常に新しいものに挑戦する」、「ないものは自分たちで作る」という神戸商船大の気概が研究とともに神戸大学に連綿と受け継がれている。ヘリウム液化機の開発も当時、調達が困難だった液体ヘリウムを自前で用意するためにスタートした。海流MHD発電など基礎研究段階で止まっているものもあるが、こうした研究を礎に次に進んできた。
「水素をいかに作り、貯蔵し、輸送し、どう使うか。社会システムとしてどのように最適化して管理していくか。グリーン水素(製造時にもCO2を排出しない水素)の研究拠点として、水素をキーワードに総合的な観点でカーボンニュートラルな社会実現につなげていきます」。武田教授の目は未来を見据える。
武田 実 教授 略歴
たけだ・みのる 水素・未来エネルギー技術研究センター 教授
1984年神戸商船大学卒、1993年大阪市立大学大学院理学研究科(博士)取得。2006年神戸大学教授。原子力研究を志し商船大に入学するも低温物理学の面白さに魅入られ、超流動・超伝導の世界に。
広報誌「風」
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