神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門の小川渉教授らの研究グループは、日本肥満学会との連携によって、電子カルテ情報を活用した全国規模の肥満症データベースを開発しました。
肥満(※1)は様々な病気を引き起こす「万病のもと」であり、適切に肥満を改善することによって多くの疾患の予防が期待できます。しかし、どの程度の肥満がどのような疾患リスクをもたらすのか、どの程度の減量が疾患リスクの軽減に寄与するのかといった点について、十分なエビデンスが蓄積されていませんでした。
小川教授らの研究グループは、医療機関で使用されている電子カルテから肥満症に関する情報を直接、自動的に抽出し、データセンターに送信・蓄積して多様な分析に活用できるシステムを開発しました。このシステムはJ-ORBIT(Japan Obesity Research Bases on electrIc healTh record)と名付けられ、現在、肥満症の専門診療を行う7つの医療機関に導入されており、約3,000人の肥満症患者の診療データがリアルタイムで蓄積されています。今回、このデータの分析により、肥満の程度が進行するにつれて合併する健康障害の数が増加すること、さらに肥満の程度によって発生しやすい疾患の種類が異なることなどが明らかになりました。
研究グループは、今後数年以内に肥満症患者10,000人の登録を目指し、参加施設を拡大しています。近年、肥満症の治療は大きな進展を遂げ、強い減量効果をもつ肥満症治療薬が相次いで開発され、外科的治療も全国的に普及しています。今後は、このシステムを活用して治療効果のデータなどを分析することにより、肥満症のより良い治療法や治療薬の開発にも貢献すると考えられます。
この研究成果は、3月27日に、国際学術誌「Journal of Diabetes Investigation」に掲載されました。
ポイント
- 電子カルテから肥満症診療に関するデータを直接かつ自動的に抽出し、データセンターに送信・蓄積できるシステムJ-ORBITを開発した。
- データ分析により、肥満の程度が進行するにつれて合併する健康障害の数が増加すること、また肥満の程度によって発生しやすい疾患の種類が異なることが明らかとなった。
- 今後、数年以内に肥満症患者10,000人の登録を目指して参加施設の拡大が進んでおり、治療効果のデータなどを分析することで、より効果的な肥満症治療法や新たな治療薬の開発に貢献すると考えられる。
研究の背景
肥満は、糖尿病、高血圧、心臓病に加え、膝や腰の障害などの整形外科的疾患、月経異常や不妊などの婦人科疾患、睡眠時無呼吸症候群、脂肪肝など、多様な疾患も発症基盤になることが知られています。肥満の改善は、個人の健康を守るだけでなく、医療費の削減や社会全体の健康向上という観点からも重要です。
肥満による健康障害を適切に予防するためには、どの程度の肥満がどのような疾患リスクをもたらすのか、また、どの程度の減量が疾患リスクの軽減に寄与するのかといった情報が不可欠です。しかし、こうした情報を明らかにするには、多くの患者を対象とした継続的な情報の収集が必要です。これまで、地域や職場における健康診断データや保険診療でのレセプト情報などの活用が試みられてきましたが、得られる情報は限定的であり、収集されるデータの正確性に懸念が生じる場合も少なくありません。そのため、より包括的で精度の高いデータを継続的に収集できるシステムの開発が求められていました。
研究の内容
小川教授らは、日常診療で使用されている電子カルテから肥満症に関する情報を直接かつ自動的に抽出し、データセンターに送信・蓄積して様々な分析に活用できるシステムを開発しました。
日本では、大規模医療機関の電子カルテ情報は「SS-MIX2」(※2)と呼ばれる医療情報の保管システムに記録されています。このSS-MIX2に保管されたデータは、有用な大規模医療ビッグデータとしてさまざまな活用が期待されています。ただし、SS-MIX2に保管されるのは、血液や尿などの検体検査データ、薬剤処方データなど、コード化された情報のみです。一方で、患者の病歴、血圧や体重を含む身体診察の情報などはコード化されていないため、SS-MIX2には保管されません。また、病名はコード化されていますが、電子カルテに記載される病名は基本的に保険償還のために記載されたものであり、患者の病態を正確に反映しないことがあります。
こうした課題を解決するため、研究グループは肥満症診療専用のテンプレートを医療施設の電子カルテに導入しました(図1)。このテンプレートでは、肥満症に関連する病歴や健康障害の有無をクリック形式で記録できます。また、体重、腹囲、血圧、脈拍などの身体診察情報も数値として入力可能です。テンプレートに記録された情報は、電子カルテ内に文字情報として表示されると同時に、コード化情報としてSS-MIX2に記録されます。
これにより、肥満症診療に関する情報と、通常SS-MIX2に記録される検体検査データや薬剤処方データを一元的に取り出し、匿名化した上でデータセンターに送信することが可能となり、このシステムによって、日々の診療で得られたリアルタイムのデータを活用したデータベースが構築されることとなります(図2)。


小川教授らは約1,200名の肥満症患者の情報を分析しました。肥満症患者は平均して3.5個の肥満関連健康障害(※3)を抱えており、合併する健康障害の数はBMIが増加するにつれて増え、最大で10の健康障害を有する患者も確認されました。高尿酸血症/痛風、睡眠時無呼吸症候群/肺胞低換気、膝や股関節の変形性関節症などの整形外科疾患、肥満関連腎臓病といった疾患は、BMIが増加するにつれて合併率が高まることが明らかになりました(図3)。また、BMIの上昇に伴い、家族に肥満者がいる割合や小児期の肥満歴を有する割合も増加しました。合併頻度が高い健康障害として頻度が高いのは、2型糖尿病を含む耐糖能異常、脂質異常症、高血圧であり、60~80%の患者に合併を認めました。これらに次いで、女性では月経不順や不妊の合併も高く60 %以上の合併率でした。このようなデータは、肥満症で実際に診療を受けている患者の実態を調査したものとして例がなく、今後の治療薬の開発戦略などにおいても重要な示唆をもたらす情報です。

今後の展開
このデータベースシステムは日本肥満学会との連携事業として実施されており、現在全国で肥満症を専門的に診療している7施設が参加し、約3,000名の肥満症患者の臨床データが日々蓄積されています(※4)。今後数年以内に施設数を20程度に拡大して肥満症患者10,000人の登録を目指しています。
また、現在、治療による減量の程度と健康障害の改善度に関する研究が進行中であり、これらのデータを通じて、どのような健康障害を有する患者がどの程度の減量を必要とするかについての知見が明らかになると期待されます。加えて、肥満症治療薬を開発している企業との共同研究も行われています。
近年、肥満症治療は大きな進展を遂げており、昨年には強い減量効果が期待できる新薬が発売されました(※5)。今年もさらに強力な新薬が発売される予定であり、現在開発中の薬剤の中には、20~25%もの減量効果が報告されているものもあります。このように、肥満症治療が大きな変革期を迎える中で、今回のようなデータベースの開発は大きな意義を持つと考えられます。
注釈
(※1) 日本では、「肥満」は「脂肪組織に過剰に脂肪が蓄積した状態であり、BMIが25以上」と定義されている。ただし、肥満があるだけでは必ずしも医療の対象となるわけではない。「肥満症」とは、肥満に伴う健康障害を合併している、または合併するリスクが高い状態を指し、治療が必要な疾患として捉えられている。
(※2) SS-MIX2(Standardized Structured Medical Information Exchange 2)は、厚生労働省などによって整備された医療情報のストレージシステムのこと。200床以上のベッドを有する医療施設の60%以上が、電子カルテ情報をSS-MIX2サーバーに保管している。SS-MIX2サーバーに保存された情報は、災害時の情報バックアップや地域医療連携などに活用されている。
(※3) 日本肥満学会では、肥満に伴いやすく、減量によって改善または予防が期待できる健康障害として次の11項目を挙げている:耐糖能障害(2型糖尿病を含む)、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞、非アルコール性脂肪性肝疾患、月経異常・女性不妊、閉塞性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、運動器疾患(変形性関節症・脊椎症)、肥満関連腎臓病。BMIが25以上で、これらのうち1つ以上の健康障害を合併している場合、肥満症と診断される。
(※4) 現在、このデータベースに参加している医療施設は次の通り:神戸大学医学部附属病院、国立国際医療研究センター病院、東京大学医学部附属病院、岡山大学病院、徳島大学病院、滋賀医科大学医学部附属病院、岐阜大学医学部附属病院。データセンターは、国立国際医療研究センターに設置されている。
(※5) 新しい肥満症治療薬として、GLP-1受容体作動薬と呼ばれる薬剤が開発され、週1回の注射で10数パーセントから20パーセントの体重減少が得られることが報告されており、世界的にその効果に注目が集まっている。
謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構 (AMED)(課題番号:16816396)の支援を受けて行いました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1111/jdi.70021
著者
Seiji Nishikage¹, Yushi Hirota¹, Yasushi Nakagawa¹, Masamichi Ishii2, Mitsuru Ohsugi3, Eiichi Maeda4, Kai Yoshimura¹, Akane Yamamoto¹, Tomofumi Takayoshi¹, Takehiro Kato5, Daisuke Yabe5, Munehide Matsuhisa6, Jun Eguchi7, Jun Wada7, Yukihiro Fujita8, Shinji Kume8, Hiroshi Maegawa8, Kana Miyake9, Nobuhiro Shojima9, Toshimasa Yamauchi9, Koutaro Yokote10, Kohjiro Ueki11, Kengo Miyo2, Wataru Ogawa¹*
1. 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学
2. 国立国際医療研究センター医療情報基盤センター
3. 国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター
4. 神戸大学大学院医学研究科内科系講座医療情報学分野
5. 岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学
6. 徳島大学先端酵素学研究所 糖尿病臨床・研究開発センター
7. 岡山大学 大学院医歯薬学総合研究科 腎・免疫・内分泌代謝内科学
8. 滋賀医科大学 内科学講座 糖尿病内分泌・腎臓内科
9. 東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科
10. 千葉大学
11. 国立国際医療研究センター 糖尿病研究センター
* ; 責任著者
掲載誌
Journal of Diabetes Investigation