神戸大学大学院理学研究科の東晃輔 大学院生(研究当時、現:東レリサーチセンター勤務)、分子フォトサイエンス研究センターの岡本翔 助手(研究当時、現:筑波大学助教)および小堀康博 教授、長崎大学大学院総合生産科学研究科(工学系)の作田絵里 教授、新潟大学大学院自然科学研究科の生駒忠昭 教授、名古屋大学大学院情報学研究科の東雅大 教授らの研究グループは、ドイツのザーランド大学との共同研究により、人体に無害な長波長光を高いエネルギーをもつ短波長光に変換するアップコンバージョン過程の中間体が、分子内部の励起子ホッピング運動を1兆分の1秒の単位で繰り返し起こす現象を明らかにしました。このホッピング速度は溶媒の粘性を変えるだけで大きく変化させることが可能で、それにより光の波長変換の効率を制御できることを示しました。

今後は、分子振動を巧みに利用する光エネルギー変換デバイス開発が進展し、人体に害のない近赤外光を利用する光線力学的ながん治療や、その細胞内部のミクロな流体環境センシングへの応用など幅広い分野への展開が期待されます。

この研究成果は、2025年5月19日に、独国科学雑誌「Angewante Chemie International Edition」に掲載されました。

ポイント

  • 持続可能社会の実現に向け、これまで利用されてこなかったエネルギー源を有効活用することが重要。光アップコンバージョンと呼ばれる長波長光を短波長光に変換する現象を活用し、超高効率光エネルギー変換システムの実現が期待される。
  • 光アップコンバージョンの光エネルギー変換効率は改良されてきているが、この反応のメカニズムが十分に理解されておらず、材料開発のボトルネックとなっていた。
  • 今回、アントラセン三つをホウ素で架橋させた分子内において生成する三重項励起子によるアップコンバージョン発光と電子スピンのホッピング運動の両者を観測した。この中間体が分子内部において回転しながらホッピングする時間が溶媒によって大きく変化し、それにより光の波長変換効率を制御できることが明らかとなり分子周囲のミクロな領域で流動性をセンシングするのに適していることが分かった。

研究の背景

持続可能社会の実現に向けて、これまで利用されてこなかったエネルギー資源を有効活用していく取り組みは非常に重要です。例えば太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池の利用はそうした取り組みの一環ですが、赤外線など波長が長い光のエネルギーは低く、太陽光発電には利用困難です。また太陽光のうちの紫外線は短波長のため高エネルギーで有用ですが7%くらいしか地球に届きません。目に見える可視光(43%程度)だけでなくより低エネルギーの赤外線(50%程度)も有効に使い、医療や産業に応用する技術の開発が期待されています。

そこで、光アップコンバージョンと呼ばれる長波長光を短波長光に変換できる現象を活用し、あらゆる波長の光を太陽光発電に利用するという取り組みがあります。光アップコンバージョンの素過程である三重項-三重項消滅(TTA: Triplet-triplet annihilation)と呼ばれる化学反応を利用することで、太陽光などの弱い光であっても波長変換を起こすことが可能となり、太陽電池や有機発光素子をはじめとする光エネルギー変換デバイスの高性能化や医療および環境センシングに大きく貢献することが期待されます。

しかし、TTAによる光アップコンバージョン(TTA-UC)のメカニズムについては十分に理解されておらず、材料開発のボトルネックとなっていました。TTAは、二個の三重項励起子※1,2が出会って一個の一重項励起子※1,2に変換される過程で二つの低エネルギー状態が高いエネルギー状態に融合されていく化学反応です。短波長光源となる一重項励起子の高効率生成条件を明らかにするには、その仕組みを理解することが必要ですが、分子振動による動的効果と立体効果のシナジーに着目する研究は行われておらず、またTTA反応中にある中間体における励起子超高速運動と反応速度との相関を直接調べた例はありませんでした。

研究の内容

本研究では、アントラセンとよばれる発色団を橋渡しする中心原子としてホウ素を用いた三量体分子を用い、励起子の分子運動を活性化させる戦略を考えました。ホウ素原子で連結された嵩高い三量体発色団分子において、ホウ素に繋いだ三つの単結合(図1a)は、炭素原子による四本の単結合とは異なり、安定なオクテット則を満たしません。この中心原子からの低い結合次数による不安定性が、三量体内での三重項励起子(図1b)の分子活性化運動につながると予想しました。そこで分子内で三重項励起子ホッピングを示すことが期待されるトリ(9-アントリル)ボラン(TAB)をTTA-UC材料の発光体とし、光増感剤である白金2,3,7,8,12,13,17,18-オクタエチルポルフィリン(PtOEP)と組み合わせて用いたところ、強いアップコンバージョン発光を示しました。材料内部に生成した反応中間体の磁気的相互作用をマイクロ波により検出する時間分解電子スピン共鳴法※3を用いて、光アップコンバージョンの素過程で生成する励起子を構成する電子スピン(図1b)の運動を観測しました。

図1. a) 本研究で使用した光アップコンバージョンを行う三量体発光体分子:トリ(9-アントリル)ボラン(TAB)の構造式。b) 三重項-三重項消滅(TTA)を行う中間体立体構造と、その励起子が持っている二つの電子スピン密度分布画像。c) オクタエチルポルフィリン(PtOEP)を増感剤として用いたトルエン-流動パラフィン混合溶液において得られたTAB三重項励起子の時間分解電子スピン共鳴スペクトル。図2によるモデル解析によって、分子内において三重項励起子ホッピングが8ピコ秒(1兆分の8秒)の時間で進行することが分かった。

 

その結果、TABに生成した三重項励起子によるマイクロ波の吸収信号がTTAをおこなっている時間領域で直接検出されました(図1c)。この単一ピークに先鋭化されたスペクトルは、三重項励起子が本来もっている二つのスピン双極子間相互作用※4が分子運動によって平均化されたことを示しています。特にTABでは、等価に存在する三通りの励起子配向(A,B,C)の間でランダムにホッピング擬似回転することで平均化が大きく促進されました。図2のモデル解析の結果、この中間体はTAB分子内を8ピコ秒(1兆分の8秒)の間隔でホッピング運動していることが判明しました。

図2. 光アップコンバージョンを起こすTAB分子内の三重項励起子ホッピング運動モデル。khopは、ホッピング時間の逆数であるホッピング速度を表す。

 

図3. a)発光体であるTABおよびDPAについて得られたTTA速度定数に対する溶媒粘度の効果。ホッピング時間は、TAB励起子の分子内ホッピングにかかった時間を示す。b)粘度がより小さいトルエン中でTTA発光が増強されるメカニズム。トルエン-流動パラフィン混合溶液では、励起子ホッピングが1兆分の8秒に抑制されており、励起子の出会いで生成した三重項ペアの反応性が低下しやすいためTTA発光が起きにくい(TTA OFF)。トルエン中の出会いで生成した三重項ペアの場合は、衝突錯体における超高速ホッピング運動により、三重項間の電子軌道の重なりが生じやすく反応性が大幅に向上する(TTA ON)。

 

三重項-三重項消滅によるTTA-UC発光は、三重項TAB分子同士の出会いによる反応で起きることから、この発光の経時変化を解析することでその反応速度定数(TTA速度定数)を決定することができます。そこでこのTTA発光体による励起子ホッピング時間と反応速度定数との相関を直接観測するため、溶媒の粘度※5によるTTA速度定数の効果を二つの発光体TABとジフェニルアントラセン(DPA)に対して調べました(図3a)。その結果、TABでの溶媒粘度低下によるTTA速度の増強効果がDPAによる効果を大きく上回ることがわかりました。これは、従来に用いられている分子よりもTAB分子周囲のミクロ環境を励起子が敏感に捉え発光が増強されたことを示しています。図3bに示すように、トルエン中のホッピング運動は2ピコ秒(1兆分の2秒)よりも高速です。これにより、励起子同士の出会いによる衝突時間(2ピコ秒)内の三重項ペアの電子軌道の重なりが生じやすく、TTA反応性が大幅に向上したためにこのような増強効果が起きたことが明らかになりました。

今後の展開

光アップコンバージョンを起こす材料およびデバイスの研究開発は近年盛んに行われていますが、依然として確かな設計指針は示されておりません。この分野では次々と新しい材料が開発され、光アップコンバージョン効率の改善が報告されていますが、「分子運動でどのように発光効率を制御できるか?」という問いに対し、ミクロで超高速な分子配向変化が反応性に及ぼす効果に着目し答えを追究する研究はありませんでした。本研究は、三重項励起子の運動性が、高効率光アップコンバージョンや細胞などのミクロな領域の流体環境のセンシングにおいても重要であることを示しました。このようなミクロな観点を取り込んだ材料設計戦略により、高効率光アップコンバーター開発が進展し、世界的なエネルギー問題解決に貢献するとともに、人体に害のない近赤外光を光アップコンバージョンさせて利用する、光線力学的ながん治療や量子診断など幅広い分野への展開が期待されます。

用語解説

※1. 励起子

物質が最安定となる電子の配置よりも高いエネルギー状態になった電子配置を持つ分子のこと。不安定なこの中間体分子は、一定時間経過するとエネルギーを放出して元の最安定配置へ戻る。一重項励起子が安定状態へ戻る際に、光としてエネルギーを放出することを蛍光と呼ぶ。光アップコンバージョンでは、材料に入射した光よりも短波長の光を、励起子からの蛍光として取り出す。

※2. 一重項、三重項の電子スピン状態とスピン変換

原子は電子と原子核から成り立っており、電子は電気とスピンの性質を備えている。一つの孤立スピンは電子の自転運動で生じる磁石の性質 (磁性) を示す。分子は原子から構成され、電子スピンの配列の仕方やエネルギー値などによって分子の状態は表現される。一般に、A重項 (Aは1, 2, 3などの数字)とは分子のスピンの状態を示す表現 (スピン多重度と呼ばれる)である。有機分子の一重項の多くは磁性を示さないが、A > 1の場合は磁性を示す。一重項、三重項の各状態は電子スピンの配置の入れ替えで異なる互いの状態に変換することがある(スピン変換)。一重項励起子は高いエネルギーの蛍光を放射しもとの状態に戻ることが多い。一方、三重項励起子はスピン禁制のためにもとの状態に戻る際には、蛍光を発することができない。

※3. 電子スピン共鳴法

電子スピン状態の磁気エネルギーが、電磁石で発生させた外部磁場や中間体分子同士の磁気エネルギーによって影響を受ける様子をマイクロ波の吸収や放出により検出する手法。時間分解電子スピン共鳴法では、ナノ秒 (ナノ秒は10億分の1秒) パルスレーザーの照射直後に生成する不安定な中間体を、100ナノ秒単位の連続撮影のように観測することができる。

※4. スピン双極子間相互作用

三重項や五重項など磁性を示す電子スピンの対において生成する、電子スピン同士の磁気的なエネルギーのやりとり。量子力学におけるスピンは、磁気モーメントを持っている。よってスピンの対は磁気双極子として見なせるため、スピンの間に磁気双極子相互作用が働く。

※5. 粘度・粘性

液体の流れにくさ。流体中の分子拡散係数に反比例する。

謝辞

本研究は以下の研究助成を受けて実施されました。

・科学研究費助成事業基盤研究(A) (Nos. JP25H00903, JP23H00309, JP22H00344)

・科学研究費助成事業学術変革領域研究(A) (Nos. JP20H05832, JP21H05411, JP23H03945)

・科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽) (Nos. JP22K19008, JP23K17901)

・科学研究費助成事業若手研究 (No. JP22K14648)

・戦略的創造研究推進事業JST-CREST(JPMJCR23I6)

参考文献

Tsubasa Okamoto, Seiichiro Izawa, Masahiro Hiramoto, Yasuhiro Kobori, “Efficient Spin Interconversion by Molecular Conformation Dynamics of a Triplet Pair for Photon Up-Conversion in an Amorphous Solid” J. Phys. Chem. Lett. 2024, 15, 2966-2975.

論文情報

タイトル

Vibronic Trimer Design Enhancing Intramolecular Triplet-Exciton Hopping to Accelerate Triplet-Triplet Annihilation for Photon Upconversion

DOI

10.1002/anie.202503846

著者

Kousuke Higashi, Tsubasa Okamoto, Nanami Iwaya, Eri Sakuda, Christopher W. Kay, Tadaaki Ikoma, Masahiro Higashi and Yasuhiro Kobori

掲載誌

Angewante Chemie International Edition

研究者

SDGs

  • SDGs7