不安定な太陽光発電や風力発電で得られる再生可能エネルギーを安定的に活用するため、水を電気分解して水素ガスの形でエネルギーを貯蔵する、いわゆるグリーン水素の技術がCO2排出削減に有効です。そのため、高効率に水の電気分解を起こす電極触媒が広く研究されています。

東北大学大学院 理学研究科の若林 裕助 教授 を中心とした研究グループは、神戸大学大学院 工学研究科の宮崎晃平 教授らと共同で、水の電気分解が生じる電極と電解液の界面の原子配置が、時間とともに変化していく様子を、放射光を用いた界面構造解析で明らかにしました。貴金属を含まない代表的な酸化物電極触媒材料であるペロブスカイト型コバルト酸化物La0.6Sr0.4CoO3薄膜の構造を詳細に調べ、電気化学環境下にしばらく保持する事で、図1左から右の表面構造の変化が生じていることがわかりました。自発的に形成されたこの表面構造は、非常に高効率なコバルト-鉄酸化物電極触媒表面で提案されている構造と類似しています。固液界面での物質移動の様子を捉え、その性質が構造とどう対応しているかをより精細に知ることができるようになりました。

本研究成果は2025年10月3日に米国化学会の学術誌「ACS Applied Materials & Interfaces」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • 水の電気分解において、電極触媒(注1)表面でどのようなプロセスで化学反応が進行するかを知るために必要な表面の原子配置を、放射光を利用して観察しました。
  • 今回研究したコバルト酸化物では、高機能触媒と類似の構造が電気化学環境下で自発的に形成され、それに伴い触媒活性も変化することを発見しました。
  • 再生可能エネルギーの貯蔵を無駄なく行うために必要な触媒の開発に、原子スケールの構造情報が利用できるようになります。

研究の背景

水の電気分解は環境負荷のないエネルギー貯蔵の重要なステップであり、その反応を効率化するために多くの研究が行われています。白金やパラジウムなどの貴金属を使わない、金属酸化物を電極触媒としての材料研究が盛んに行われていますが、実際に水の電気分解が生じるその場所での原子配置がどうなっているか、直接観測するのは簡単ではありません。実際の触媒は使っているうちに効率が向上したり、劣化したりしますが、その原因を原子配置の観点で理解できれば、劣化を抑え、高い活性を保つ方向に形を作ることが可能になります。

今回の取り組み

東北大学大学院 理学研究科の若林裕助 教授を中心とした研究グループは、神戸大学大学院 工学研究科の宮崎晃平 教授らと共同で比較的高い活性を持つ事が知られるLa0.6Sr0.4CoO3の薄膜をチタン酸ストロンチウムSrTiO3基板の上に作製し、(1)真空中、(2)水酸化カリウム水溶液に浸して薄膜の電位を制御した電気化学環境に置いた直後、(3)電位を水の電気分解などの強い化学反応が生じる直前の高さに制御した状態、(4)通常の測定の観点で変化が落ち着いたあとの状態での表面構造を、放射光X線を用いた回折実験と、情報科学に基づくベイズ推定(注2)を組み合わせて計測しました。測定は高エネルギー加速器研究機構 放射光実験施設のBL-3A、4CのX線回折装置を用いて行いました。

図1左は成膜直後の構造です。水の電気分解を起こせる電気化学環境に試料を置き、泡が出ない範囲で強い化学反応が生じる直前の条件になるよう、薄膜の電位(注3)を制御したところ、電位によって構造が変化するだけでなく、時間とともに徐々に表面構造が変化していることがわかりました。1.5日程度の間に時間変化が終わったため、その段階での表面構造を調べる測定を行ったところ、図1右のような表面構造が形成されていることがわかりました。これは非常に高効率なコバルト-鉄酸化物電極触媒の表面で提案されている構造と類似した構造です。酸化物触媒に対する固液界面での表面構造計測は非常に例が少なく、図1左のようなペロブスカイト構造を持つ酸化物に対する測定は今回の計測が世界初です。

形成された辺共有構造は表面付近の電子軌道に影響を及ぼし、触媒活性を変えます。また、酸化物電極側に含まれる酸素と電解液側の酸素が入れ替わる過程が水の電気分解の途中経過で含まれていると考えられており、その際の立体障害(注4)も変わります。こういった変化を通して、新たに形成された表面構造が成膜直後の構造と異なる触媒活性を示す事になると期待されます。実際、この測定中に計測した化学反応の度合いは、構造が変わる前より変わった後の方が大きくなっていました。

今後の展開

表面構造の情報があれば、触媒開発に明確な指針ができて大きな進展が期待できます。従来、触媒の研究では「欲しいけれども手に入らない」のが構造情報でした。 特に意図せずに生じてしまう構造変化は、なぜかわからないが高性能な材料がある、と認識されてしまい、新材料開発の大きな妨げになってきました。本研究はそこを乗り越える道を作るものです。

図1.  (左)真空中での La0.6Sr0.4CoO3薄膜の表面構造。CoO6八面体が頂点共有した構造である。図の下側が電極内部,上側が外部である。(右)電気化学環境下でしばらく保持した後の表面構造。図の上部に辺共有の構造が形成されている。

謝辞

本研究は科学研究費補助金 基盤研究(B)の助成を受けたものです。掲載論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けOpen Accessとなっています。

用語説明

注1.    電極触媒

電気分解では電極が必要であるが、その電極の表面が触媒として働き、電気分解に必要な電位を下げられる場合、そのような材料を電極触媒と呼ぶ。

注2.    ベイズ推定

ベイズの定理と呼ばれる確率に関する数学の定理に基づいて情報科学的にデータ解析を行う手法。単にデータ解析を行うだけでなく、その結果がどの程度信頼に値するかを確率の考え方を用いて評価することができる。

注3.    電位

電極がどれくらい酸化もしくは還元反応を起こしやすい状態にあるかを示す”目盛り”で、基準となる参照電極との差として表される。  

注4.    立体障害

化学反応が起こる際には原子同士が近づく必要があるが、別の原子や分子が電極表面についていると、それが空間的に近づくことを阻害することで反応の効率が変わる場合がある。こういった効果を立体障害と呼ぶ。

論文情報

タイトル

Surface Structure Modulation of La0.6Sr0.4CoO3 Films on SrTiO3 (001) Substrate under Electrochemical Conditions

DOI

10.1021/acsami.5c11807

著者

Atsuro Fujisawa, Xuhui Xu, Yuta Ishii, Hidekazu Shimotani, Yuta Inoue, Yuto Miyahara, Kohei Miyazaki, and Yusuke Wakabayashi*

*責任著者 東北大学大学院理学研究科物理学専攻  教授  若林裕助

掲載誌

ACS Applied Materials & Interfaces

研究者

SDGs

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