神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(神戸大学高等学術研究院卓越教授兼任)らの研究グループは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の Petra Svetlikova研究員、Filip Husnik准教授らとの国際共同研究により、森の地面にキノコのように姿を現す、光合成をやめた植物「ツチトリモチ」の遺伝情報を詳細に解析し、この植物がどのような過程を経て現在の姿に進化してきたのかを明らかにしました。

光合成をやめた植物では、葉緑体が急速に退化して小さくなることが知られています。しかし、「いつ、どのような過程で縮小したのか」「なぜ完全には消滅せず残されているのか」といった根本的な疑問は未解明のままでした。今回の研究では、ツチトリモチ属の葉緑体ゲノムが一般的な被子植物の10分の1以下にまで縮小している一方で、細胞の成長や生存に不可欠なアミノ酸やビタミン B₂ などを合成する場として、葉緑体が今も重要な役割を果たしていることが示されました。

さらにツチトリモチ属の中には、「オス株がまったく存在せず、メス株だけが受精なしに種子をつくる」種や集団が複数知られていますが、この「メスだけで増える」繁殖様式が、日本および台湾の分布北限付近に位置する島々で、独立に何度も進化してきたことも明らかになりました。この戦略により、メス株 1 個体が島に到達するだけでも新たな集団を成立させることができ、ツチトリモチ属が孤立した島々でも多様化してきた背景に深く関わっていると考えられます。

本研究成果は 2025 年 11 月 26 日付で国際学術誌「New Phytologist」にオンライン掲載されました。

光合成も性も手放したヤクシマツチトリモチ ©末次健司(CC BY)

ポイント

  • ツチトリモチ属7種12集団を採集し、葉緑体ゲノムを解読するとともに、核ゲノム情報を用いて葉緑体の機能を包括的に推定した。その結果、光合成関連遺伝子はほぼ失われている一方、アミノ酸やビタミンB₂などを合成する経路が保持され、葉緑体が代謝の要として存続していることが判明した。
  • オス株を欠き無性生殖のみで種子をつくる集団が、日本および台湾の分布北限に位置する島々で独立に繰り返し進化していることを明らかにした。メス株1個体の漂着でも新たな集団を形成できるため、この戦略がツチトリモチ属の多様化を後押ししたと考えられる。

研究の背景

多くの陸上植物は緑色の葉をもち、太陽光を利用して光合成によって自らエネルギーを生み出しています。しかし一部の植物は、自ら光合成を行うことをやめ、ほかの植物から栄養を奪って生きる「寄生植物」という道を選びました。

ツチトリモチ属はその代表例で、普段は地中で樹木の根に寄生し、花を咲かせる時期だけ、地表から赤色や黄色の花序をのぞかせます。見た目はキノコそっくりですが、実際には小さな花と種子をつける「花を咲かせる植物(被子植物)」の仲間です。

光合成をやめた植物では、葉の中で光合成を担う葉緑体にコードされた遺伝子が次第に失われていくことが知られています。ツチトリモチ属についても、これまでの研究で葉緑体の設計図にあたる葉緑体ゲノムが極端に小さいことが報告されていましたが、詳細に調べられてきた種は限られており、「いつ、どのような過程でここまで縮小したのか」「それほど小さくなっても葉緑体が失われず残り続けるのはなぜか」といった根本的な疑問は未解決のままでした。

さらにツチトリモチ属は繁殖様式も極めて特異で、ツチトリモチ、ヤクシマツチトリモチやミヤマツチトリモチなどでは、メス株しか確認されておらず、オス株からの受精なしに種子をつくることが知られています。このように「メスだけで増える」被子植物は非常にまれであり、その起源や進化的な意義は大きな謎として残されてきました。

研究の内容

そこで研究グループは、ツチトリモチ属の系統関係、葉緑体の進化、そして特殊な繁殖様式の三つを統合的に調べることで、「光合成も性も手放した植物」がどのような過程を経て進化してきたのかを明らかにすることを目指しました。

具体的には、日本本土、屋久島、沖縄諸島、台湾でツチトリモチ属7種を12か所から採集し、各個体について葉緑体ゲノム(葉緑体の設計図)と、どの遺伝子が実際に働いているのかを示すトランスクリプトーム(発現遺伝子の集合)の両方を詳しく解析しました。さらに、葉緑体と核の遺伝子マーカーを組み合わせ、多数の遺伝子情報をもとに系統樹を推定することで、ツチトリモチ属の「親戚関係」を解明しました。あわせて、「どのタンパク質が葉緑体へ運ばれているのか」を調べることで、光合成をやめた後の葉緑体の役割を探りました。

極限まで縮小した葉緑体ゲノムと、それでもなお残り続ける代謝工場としての機能

解析の結果、すべての種・個体群を通じて、葉緑体ゲノムが、一般的な被子植物の10 分の1 以下にまで縮小していることが明らかになりました。また、DNA を構成する4 つの「塩基」(A・T・G・C)のうち、A と T が異常に多くなっていることも判明しました。その影響で、本来ならタンパク質合成の終了を意味する「TAG」という並びが、ツチトリモチ属ではアミノ酸の一種であるトリプトファンを指定する記号として読み替えられていました。つまりツチトリモチ属では、葉緑体ゲノムは縮小しているだけではなく、遺伝情報を読み取る「ルール」自体も書き換えられていることがわかりました。一見すると、こうした葉緑体ゲノムは機能を喪失する寸前のようにも見えます。しかし、核側の遺伝子を詳しく解析すると、ツチトリモチ属では700を超えるタンパク質が葉緑体へ輸送されていると予測されました。これらのタンパク質が関わる代謝経路(化学反応のつながり)を調べたところ、アミノ酸、脂肪酸、ビタミン B₂などの合成経路が葉緑体内に保持されていることが強く示唆されました。つまりツチトリモチ属の葉緑体では、光からエネルギーを作り出す本来の機能は失われたものの、細胞の成長や生存に不可欠な物質を生産する「代謝工場」としての役割は依然としてしっかり維持されていると考えられます。

島々で繰り返し生まれた「メスだけで増える」繁殖様式

研究グループはさらに、推定した系統樹に各集団の繁殖様式と地理的な分布を対応させて解析しました。その結果、メス株だけで受精なしに種子をつくる系統が、日本本土、屋久島、沖縄諸島、台湾など、ツチトリモチ属の分布北限付近に位置する島々で、独立に複数回進化していることが明らかになりました。

この戦略は、とくに島の環境で大きな利点があります。新たな島に到達する個体数はごくわずかであり、オス株とメス株が同時に到着するとは限りません。さらに、ツチトリモチ属が生育する暗く湿った林床という特殊な環境では、花粉を運ぶ昆虫も少ないと考えられます。このため、メス株が1株だけで種子を生産できることは、島に定着するうえで有利となると考えられますが、今回の研究で、メス株だけから成る集団が実際に島で繰り返し生じてきたことが実証できました。一方で、同じ遺伝子型のコピーだけで構成される集団では、遺伝的多様性が極端に低くなり、環境変化や病害への脆弱性が高まる懸念があります。したがって、これらの集団がどのように存続し、どのような進化的運命をたどるのかにも注目が集まります。

図1. 今回の研究対象となったキノコそっくりの光合成をやめた植物 キイレツチトリモチ(左)、ヤクシマツチトリモチ(中央)、ツチトリモチ(右)。キイレツチトリモチには雄花(点状に見える部分)が形成される一方、ヤクシマツチトリモチとツチトリモチは雌花のみをもち、受精を伴わずに種子を形成する。©末次健司(CC BY)

今後の展開

今回の研究により、ツチトリモチ属は、光合成をやめた植物がその後どのような変化を積み重ねて現在の姿に至ったのかを明らかにするうえで、きわめて有用な研究対象であることが示されました。極端に縮小した葉緑体、遺伝情報の読み取り規則の変化、さらに各地の島々でメスのみからなる集団が繰り返し形成されている点など、複数の「極限的な特徴」が同一系統内で同時に観察されるためです。これらの特徴は、植物進化の高い柔軟性を示す一方で、光合成を失っても葉緑体そのものの消失には依然として制約があることを示唆しており、進化上の限界も浮き彫りにしています。

今後は、他の寄生植物や菌従属栄養植物にも研究対象を広げることで、光合成をやめた植物が進化の袋小路的な存在なのか、それとも新たな生存戦略を切り開きつつあるのかについて、より具体的な答えを得たいと考えています。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 さきがけ「植物分子の機能と制御」における研究課題「情報分子が拓く植物による菌根菌への寄生能力獲得と制御」(研究代表者:末次健司)ならびに、創発的研究支援事業「菌従属栄養植物から読み解く菌根共生制御機構」(研究代表者:末次健司)の助成を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

Phylogenomics clarifies Balanophora evolution, metabolic retention in reduced plastids, and the origins of obligate agamospermy

DOI

10.1111/nph.70761

著者

Petra Svetlikova, Huei-Ting Su, Kenji Suetsugu, Filip Husnik

掲載誌

New Phytologist

研究者

SDGs

  • SDGs15