村山留美子准教授

暮らしの中にある化学物質のリスクを、人々はどう捉えているのか。そんな研究テーマに取り組んでいるのが、人間発達環境学研究科の村山留美子准教授(環境保健学)。時代とともに変化する意識にも目を向けつつ、リスク認知とコミュニケーションのあり方について幅広い研究を行っている。その内容は、化学物質以外のリスクを理解するうえでも示唆に富む。研究から見えてきた「人間のリスク認知」のありようについて聞いた。

人間は科学的な事実でリスクを判断しない

一般的に、人間はリスクというものをどのように認知するのでしょうか。

村山准教授:

人々は科学的な事実や客観的な数値だけでリスクを判断しているわけではありません。人間には「考え方のくせ」があることを知っておく必要があります。

私たちがリスクを評価するときには、それが恐ろしいものかどうかという視点とともに、新しいものか、身近でないものか、といった視点も持っています。また、自分にとって利益があるもの、自発的に行うことについてはリスクを低く見積もりがちだといわれています。

リスクの最たるものといえば、命を落とすことでしょう。しかし、それが人々の判断基準になっているかといえば、そうではありません。

例えば、自動車のリスクについて考えてみると、日本では交通事故で年間2500人から3000人もの人が亡くなっています。ところが、私たちの研究では、自動車について「安全性がない」と考える人は3割程度しかいません。一方で、食品添加物について「安全性がない」と考える人は、自動車より圧倒的に多く、約6割もいます。食べても危険ではない基準が定められているにもかかわらず、そのような認知が持たれているのです。

死者の多さといったデータではなく、自分の中にある怖さがそのような判断につながっています。人が感じるリスクと、実際のリスクの大きさはイコールではないということです。

確かに、食品添加物を含め、化学物質と聞くとなんとなく怖さを感じてしまいます。

村山准教授:

化学物質に対する恐怖や不信感を表す「ケモフォビア」という言葉もありますからね。化学物質は基本的にとても怖がられたり嫌われたりしていると思います。

ただ、元素や、元素が結び付いた化合物は、基本的にすべて化学物質といえます。自然界に存在するものもたくさんあり、血液に含まれる鉄(Fe)も、塩(NaCl)もそうです。もちろん、私たちが普段使っている洗剤やプラスチック類なども化学物質です。

世界的な化学物質のデータベースでは、2億7900万件を超える登録があり、日本で工学的に使われているだけでも約7万種類といわれています。次々に新しいものも出てきます。

化学物質は、使い方を誤れば人に害をもたらす可能性があります。一方、私たちの周りには化学物質を用いて作られた多くの便利なものがあり、それらと無縁で生活することは困難です。私たちは化学物質のリスクとうまく付き合っていかなければなりません。

化学物質をめぐる議論では、市民を含むさまざまな関係者が行うリスクコミュニケーションの重要性が指摘されますが、「科学的にこうだ」と一方的に説明しても、うまくいきません。先ほど話したように、人は科学的な側面だけでリスクを評価しませんし、化学物質はどちらかといえば嫌われているものだからです。

化学物質の問題が人間の健康や生活の問題であることを考えれば、まず人々が化学物質のリスクをどのように捉えているかを明らかにし、コミュニケーションのあり方を模索していかねばなりません。そして、十分なコミュニケーションを行ったうえで、化学物質の管理について考えていく必要があります。

分断の背景にある構造的問題を考えたい

リスク認知の問題に取り組み始めたきっかけは何だったのですか?

村山准教授:

国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)で勤務していた時に、ベンゼンという物質について大気中の環境基準が設定されたのですが、それに関係する仕事に関わったのがきっかけです。ベンゼンに関して設定された基準が一般の市民の感覚とずれていないか、という問題意識から調査を始め、その後、他の物質にも研究を広げていきました。2011年の福島第一原発事故後は、福島県で放射性物質に対する住民の意識なども調べてきました。

福島県での調査で、「化学物質のリスクの問題は人間と生活の問題だ」と、さらに強く感じるようになりました。インタビュー調査をした自治体は避難指示が出た地域ではなく、自主的に避難した人もいれば、とどまった人もおり、一度避難して戻った人もいました。高齢者と若い人では考え方が異なる場合が多いのですが、同年代でも人によってかなり違います。子育て中の人でも、放射性物質の影響を大変心配する人がいる一方、「考えても仕方がない」という人もいます。

リスク認知のありようが人によって異なるため、「傷つけ合わないように、意見が違う人とは放射性物質に関する話をしない」という状況が生まれていました。そして、その結果、見えないところで地域の中での分断が少しずつ進んでいるように見えました。

最近は、新型コロナウイルスのワクチンに対する考え方などでも、分断が見られましたね。

村山准教授:

SNSの登場で、自分の意見を世界中に表明し、同じ意見の人とつながることが容易になりました。そういうことも分断の背景にあるでしょう。

昔から、例えば原発への賛成・反対といった意見の対立や、食品添加物への反対運動などはありましたが、今ほど広い範囲で同じ意見の人がつながることはなかったと思います。ワクチンの問題だけでなく、一つの事象に対する意見の相違が発端となり、ほかのものに対する考え方とも結びついて、同じ考えを持つ人同士がクラスターを作っているような状態があるのではないかと感じます。

リスク認知のあり方は、そのような分断につながるものではないかと考えています。あるものを「怖い」「嫌い」と感じること自体は、問題ではありません。冒頭に触れたような「人間の考え方のくせ」はあってもいいと思います。しかし、認知の相違がアイデンティティ・ポリティックス(特定のアイデンティティに基づく集団が、共通する利益のための政策や政治を求める動き)につながったり、人同士の分断を深めたりしているとすれば、その構造について考えていく必要があると思います。

リスクコミュニケーションは説得でなく双方向の意見交換で

研究内容について語る村山准教授

リスクコミュニケーションにおける科学者の役割をどう考えますか。

村山准教授:

科学者だけでなく、あらゆるステークホルダーを含む全体像について考える必要があると思います。専門家といわれる人もリスク管理者も、市民の立場になり得ます。また、市民は「何も知らない人」ではなく、さまざまな分野で高い専門性を持っている場合があります。

今の時代、専門家やリスク管理者が一方的に説明、説得するようなコミュニケーションが通用しないことは明らかですし、「説明すれば分かってもらえるだろう」という古い考えの専門家も減ってきたように思います。

重要なのは関わる人々の双方向の意見交換です。それぞれが持っている情報や不明点を伝え合い、分からないことは分からないと言える関係づくりです。そして、それを平常時から行うことが大切です。

福島県の原発事故後、自治体の職員の方が、除染土壌などの仮置き場について地域住民の方々と話し合いを続けている例がありました。そのような場では当然ながら、科学的なデータを一方的に伝えたところで解決には結び付きません。話し合いがうまく進まないなかで、その職員の方は、放射性物質の特徴などについて、さまざまな工夫をこらしながら住民に伝え、何百回も意見交換の機会を設定していました。

住民の方々は完全に納得しているわけではありませんでした。しかし、「何か問題があればその職員と話をしよう」という関係はできていました。「好きではないが、ある種の信頼はある」といえばいいでしょうか。そのような関係が大切だと実感させられた例でした。

ただ、福島のケースは、実際のクライシスが起きてしまった後の関係構築で、マイナスからのスタートでした。本来は、そのような信頼関係を日常的に作っておくことが重要です。そして、そこには市民、行政、企業、学者、マスコミなどさまざまな関係者が互いに対等の立場で入っておく必要があります。

今後は取り組みたい研究は?

村山准教授:

米国の心理学者、ポール・スロビックは約40年前、リスク認知が「恐ろしさ」と「未知性」という二つの因子から構成されるという有名な学説を発表しました。しかし時代が変わり、その因子も変化しているのではないかと思います。

IT(情報技術)が発達し、私たちは遠い宇宙の様子さえ鮮明な映像で見ることができます。幅広い分野の科学的知識もネット上ですぐに得ることができます。40年前であれば、科学的に分からないことは「未知」だったかもしれませんが、今はそうではなく、「恐ろしさ」のほうに移行しているかもしれません。昔と比べ、多くのものが可視化され、人々の怖がり方も変わっているように思います。

そうした変化も理解したうえで、リスク認知やリスクコミュニケーションのあり方を考えていく必要があるでしょう。神戸大学には異分野共創の研究の気風があるので、哲学や数学などさまざまな分野の研究者と連携して新たな研究を進めていこうと考えています。

村山留美子准教授 略歴

1995年、早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了。同年、国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)研究員。2002年、京都大学大学院工学研究科助教。2007年、博士(医学、順天堂大学)。2013年、神戸大学大学院人間発達環境学研究科講師。2016年、同研究科准教授。

研究者

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