神戸大学大学院工学研究科のモジタバ・カリミ・ハビル研究員、杉本泰准教授、藤井稔教授らの研究グループは、ナノサイズのシリコンからなる光アンテナ近傍に形成される光の円偏光特性を制御するとともに、その円偏光特性を実験的に計測する新しい方法を開発しました。光アンテナにより形成されたナノスケールの光場では、光の強度だけでなく、円偏光の回転方向(ヘリシティ)が局所的に大きく変化し、これにより光と物質の相互作用の状態が大きく変化します。しかし、これまでアンテナ近傍における円偏光の空間分布を制御し、かつ実験的に計測することは極めて困難でした。

本研究では、ナノ構造近傍における光のヘリシティを制御可能な光アンテナ設計と、その円偏光特性を直接評価する計測手法を確立しました。本技術は、円偏光に敏感な光と物質相互作用をナノスケールで理解・制御するための基盤技術となるものであり、創薬分野における鏡像異性体(エナンチオマー)の識別や、円偏光によって誘起される新しい化学反応の開拓などへの応用が期待されます。

この研究成果は、2月24日に国際科学誌「ACS Photonics」に掲載されました。

ポイント

  • シリコンのナノ粒子からなる光アンテナにより、局所的な円偏光のヘリシティを制御できることを示した。
  • 光アンテナ近傍の円偏光特性について、二次元材料の円偏光選択ラマン信号を活用したナノスケール計測法を開発した。
  • 本技術は、創薬において重要なエナンチオマーの識別や、円偏光により選択的に誘起される新しい化学反応への応用が期待される。

研究の背景

円偏光とは、光の電場が進行方向に対してらせん状に回転する光であり、その回転の「方向(右回り/左回り)」がヘリシティとして識別されます。ナノメートル(10億分の1メートル)のスケールの光場では、光の強度だけでなく偏光の向きや回転が局所的に大きく変化し、これが近接場※1での光と物質相互作用の状態を左右します。しかし、これまでナノサイズのアンテナ(ナノアンテナ)近傍における円偏光の空間分布やそのヘリシティを実験的に捉え、制御することは極めて困難でした。

研究の内容

本研究では、まず、ナノアンテナとして光学損失が小さく、強い近接場を形成できる球状の誘電体ナノ粒子に着目しました。誘電体ナノ粒子に光を照射すると、Mie共鳴※2と呼ばれる共鳴現象が生じます。Mie共鳴には、電気的共鳴と磁気的共鳴の2種類があり、これらにより粒子周囲に近接場が形成されます。本研究では、Mie共鳴を示す誘電体ナノ粒子として、独自に開発した球形で結晶性の高いシリコンナノ粒子(図1)を用いました。詳細な電磁場シミュレーションにより、球形のシリコンナノ粒子が、特定の条件において、光強度を増強しつつ、円偏光のヘリシティを保存あるいは反転させるという特異な光制御性を有することを明らかにしました。また、これまで近接場制御に広く活用されてきた局在表面プラズモン共鳴※3を示す金属ナノ粒子と比較することで、シリコンナノ粒子が示す円偏光の制御能力が、磁気的Mie共鳴という独自の性質に基づくものであることを示しました。

図1 

(a) シリコンナノ粒子の透過型電子顕微鏡像と、 (b) 同高分解能像(b)より、シリコン結晶の格子じまが明瞭に見られ、結晶性が高いことがわかる。🄫杉本泰(CC BY)

 

次に、シリコンナノ粒子と二硫化モリブデン(MoS₂)薄膜を結合させたハイブリッド構造を作製し、円偏光励起下でのラマン散乱特性を詳細に解析しました(図2(a))。粒径の異なるシリコンナノ粒子を用いたハイブリッド構造のラマン測定結果(図2(b–d))から、ナノ粒子の粒径に応じて、ラマン強度から求められる円偏光度が変化することが示されました。得られた実験結果を数値計算と比較することにより、粒径の違いによってナノアンテナ近傍に形成される円偏光の空間分布が変化し、その情報がラマン散乱強度や円偏光度として明確に反映されていることを示しました。これにより、近接場における偏光状態を「読み出す」ことに成功しました。

 

図2 (a) シリコンナノ粒子と二硫化モリブデン(MoS₂)薄膜からなるハイブリッド構造における、円偏光励起ラマン分光の模式図。 (b-d) 直径の異なるシリコンナノ粒子を用いたハイブリッド構造における円偏光分解ラマン散乱測定結果。異なるヘリシティ(青もしくは赤線)の406 cm-1のラマンピークの強度比から円偏光度を求めた。🄫杉本泰(CC BY)。

 

今後の展開

本研究は、従来の遠方場測定や理論予測だけでは捉えることが困難であったナノ粒子近傍における光のヘリシティを直接評価することにより、円偏光特性を考慮したナノアンテナ設計の新たな指針を提示するものです。本技術は、光の偏光自由度を高精度で制御・評価するための基盤技術となり、円偏光選択的な光と物質相互作用の理解と制御への道をひらきます。

今後は、本手法をさらに展開し、高い光強度と大きな円偏光度を両立するナノアンテナを用いることで、エナンチオマーの高感度センシングや、円偏光を利用した絶対不斉合成※4などへの応用が期待されます。

用語解説

※1 近接場

光がナノ構造や物質表面に照射された際、光の波長より小さい距離に形成される電磁場のこと。遠方に伝搬する光(遠方場)とは異なり、空間的に急激に変化し、光の強度や偏光状態が局所的に大きく変化する。近接場は、ナノスケールでの光–物質相互作用を支配する重要な要素である。

※2 Mie共鳴

1908年にGustav Mieにより厳密解が導かれた波長程度の大きさの球形の粒子による光の散乱現象のうち、高屈折率誘電体に見られる共鳴的な散乱現象。入射電場に応答する電気的な共鳴と入射磁場に応答する磁気的な共鳴がある。粒子サイズによって共鳴波長を制御できる。

3 局在表面プラズモン共鳴

金属ナノ構造体による光学的な共鳴現象で、金属中の自由電子の集団的振動を起源とする。主に入射電場に応答する電気的な共鳴が見られる。

※4 絶対不斉合成

キラルな試薬や触媒を用いず、円偏光や結晶のキラリティなどの物理的な要因のみを利用して、一方のエナンチオマーを選択的に合成する手法。医薬品や機能性材料では、片方の立体異性体だけが有効・安全であることが多いため、極めて重要な技術である。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業 北川パネルにおける研究課題「誘電体ナノアンテナの増強キラル近接場による不斉光反応場の創成」(課題番号:JPMJFR213L)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(課題番号:JP24K01287, JP24KF0158, JP25K01608, JP25K22206)の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Tailoring the Helicity-Resolved Raman Response of MoS2 Coupled to Mie-Resonant Silicon Nanospheres

DOI

10.1021/acsphotonics.5c02955 

著者

Mojtaba Karimi Habil, Hiroshi Sugimoto, Daisuke Shima, Hiroto Shinomiya, Minoru Fujii

掲載誌

ACS Photonics

報道問い合わせ先

神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者

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