神戸大学大学院人間発達環境学研究科の坂本美紀教授、山口悦司教授らの研究グループは、神戸大学附属小学校との共同プロジェクトで、科学技術の社会問題※1を扱う小学生向け教育プログラムの開発と評価に取り組んでいます。本研究では、ゲノム編集技術のリスクとベネフィットを考慮した社会的意思決定を行う教育プログラムを実施しました。プログラムの成果として、小学5年生で、ベネフィットとリスクの双方を考慮した意思決定が可能になったこと、また、約6割の児童が、社会的コンセンサスの構築を志向した、リスク低減策を含む意思決定を行ったことが明らかになりました。これらは、入門期(小学校段階)の科学教育における科学的コンピテンシー※2の指導法と評価法の一モデルを提示する重要な知見です。

この研究成果は、1月17日に国際学術誌「Education Sciences」に掲載されました。

ポイント

  • 科学的コンピテンシーのひとつである「意思決定能力」に焦点を当て、現職教員を含む異領域の研究者の協働により、小学校段階における指導法と評価法を開発した。
  • 意思決定課題および事後アンケートの分析を通し、小学生の意思決定の到達水準と、意思決定に関連する態度の実態を明らかにした。

研究の背景

PISAは、生徒が将来直面するであろう様々な状況における課題を解決するために、知識や技能をどの程度活用できるかを測定することを目的とした、国際学力調査です。読解、数学、科学の3つの領域について、実生活の問題解決場面で発揮される資質・能力としての学力を測定しています。このPISAの学力観は、日本の学習指導要領などの内容にも大きな影響を与え、知識の「活用」を重視した教育を後押ししてきました。本研究では、科学的コンピテンシーのひとつである「科学的な情報を調査・評価し、意思決定や行動に活用する力」に着目しました。その理由は、科学的情報を活用した意思決定についての研究が、科学的説明など他のコンピテンシーに比べて少なく、特に入門期における実践研究は国内外ともに限られているためです。坂本・山口らの研究チームでは、2018年度より神戸大学附属小学校の俣野源晃教諭と協同で、科学技術の社会問題を導入した実践研究を継続してきました。実践の主目的は、科学的情報を利用した意思決定、特に、科学技術の実用化などに対する賛否を、そのベネフィットやリスクを根拠に判断し、さらにリスク軽減策を提案することで、社会的コンセンサスの構築を志向した意思決定を行う力を育成することにあります。教育心理学、科学教育学、リスク認知、遺伝子工学の研究者による学際的な協働のもと、教育プログラムおよび評価方法を開発しました。

研究の内容

  • 参加者

小学5年生 67名(2クラス)。

  • 教育プログラム

生物のゲノム編集、具体的にはゲノム編集魚の開発と販売をテーマとし、ベネフィットとリスクを踏まえた意思決定を目指しました。①科学的な基礎知識および社会的状況を学ぶフェーズと、②リスク対策を協同で考案するフェーズの2段階で構成され、総合的な学習の時間を利用し、全18時間のプログラムを提供しました (図1)。ベネフィットとリスクは、経済、生態系、安心安全など複数の論点の内容を、消費者、業者、科学者などの意見形式で提示しました。

成果評価のため、プログラム内で意思決定課題を計3回実施しました。学習中のテーマに対する賛否の立場(開発販売ともに賛成、開発賛成・販売反対、開発販売ともに反対)とその理由を記述させ、さらに、意思決定の際にベネフィットとリスクのどちらを重視したかを、11段階で選んでもらいました。また、事後アンケートにより、リスクに対する態度やクリティカルシンキング態度などを測定しました。

図 1. 教育プログラムの授業構成(事後アンケートを含め全18時間)

 

  • 結果

意思決定課題における児童の意見文は、4段階(レベル0:学習内容を用いた根拠の記述がない、レベル1:学習したベネフィットまたはリスクのいずれかを根拠として記述している、レベル2:学習したベネフィットとリスクの両方を根拠として記述している、レベル3:学習したリスクに対応するリスク対策を記述している)で評定しました。

教育プログラムの進展に伴い、意見文のレベルが向上しました(図2)。プログラムの中盤では、半数近い児童がリスクとベネフィットの双方を根拠として示すようになり、終盤には約6割の児童がリスク対策を含む意見文を記述しました。統計的分析の結果、社会的コンセンサスを志向した意思決定の向上が確認されました。

図 2. 教育プログラムによる意思決定の意見文の変化

今後の展開

本研究の成果を踏まえて教育プログラムを改良し、小学校高学年を対象とした実証研究を継続しています。今後は扱うテーマを拡大しながら、現実社会の課題解決に主体的に関与できる、科学的コンピテンシーを備えた未来の市民の育成を目指します。

用語解説

※1 科学技術の社会問題

科学技術が関係するものの、道徳や倫理を含む多様な価値が関わり、論争やジレンマを含み、構造化されていない問題。

※2 科学的コンピテンシー

科学教育の成果についての統一的見解のひとつ。最近の定義では、「現象を科学的に説明する」「科学的探究のための計画を立て、評価し、科学的データと証拠を批判的に解釈する」「科学的な情報を調査、評価し、意思決定や行動に役立てることができる」の3つの能力(コンピテンシー)で構成されている。

謝辞

本研究は、JSPS科研費JP24K00467、JP22K18625の助成を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

An SSI-Based Instructional Unit to Enhance Primary Students’ Risk-Related Decision-Making

DOI

10.3390/educsci16010143

著者

坂本美紀(神戸大学大学院人間発達環境学研究科人間発達専攻)
山口悦司(神戸大学大学院人間発達環境学研究科人間発達専攻)
近江戸伸子(神戸大学大学院人間発達環境学研究科人間環境学専攻)
村山留美子(神戸大学大学院人間発達環境学研究科人間環境学専攻)
俣野源晃(神戸大学附属小学校)
山本智一(兵庫教育大学)

掲載誌

Education Sciences

研究者

SDGs

  • SDGs4