神戸大学先端バイオ工学研究センターの吉田崇伸特命助手、蓮沼誠久教授らの研究グループは、腸内細菌叢(腸内細菌)※1がつくる代謝物※2を1つの移動相条件のまま自動カラム切替で連続定量できる新しいLC–MS/MS※3分析法「KUSLAMS (Kobe University Serial LC–MS/MS Analysis using Multiple columns with a Single mobile phase)」を開発しました。腸内細菌叢は、ヒトの健康維持や多様な疾患との関連も報告されています。しかし、腸内細菌叢の働きを評価するには、腸内細菌が生み出す多様な代謝物を広く定量する必要がある一方、従来法では条件変更が多くハイスループット解析が難しいという課題がありました。本手法により、アミノ酸・有機酸・脂肪酸など計215代謝物を一括定量でき、腸内環境の変化や介入試験※4の効果を代謝物量で評価する研究の加速が期待されます。
この研究成果は2026年3月17日に「ACS Omega」誌に掲載されました。

ポイント
- 単一の移動相条件のまま自動カラム切替を行うLC–MS/MS分析法「KUSLAMS」を開発し、化学的性質の異なる代謝物を連続的に定量できる測定系を構築した。
- 本手法では、分離特性の異なるPFPPカラム※5とC18カラム※6(+誘導体化)を同一の枠組みで組み合わせることで、腸内細菌叢研究で重要な代謝物を中心に計215代謝物をハイスループットに一括定量が可能となった。
- 本手法は、食物繊維や発酵食品、プロ/プレバイオティクス※7などの介入が腸内環境に与える影響を「代謝物量」で客観的に比較・評価する研究を後押しし、食品機能性評価や腸内環境と健康課題の関係解明、評価指標(バイオマーカー)探索への応用が期待される。
研究の背景
腸内細菌叢(腸内細菌)が産生する代謝物は、食事成分の分解や短鎖脂肪酸などの産生を通じて、免疫や代謝といった生体機能に影響しうることが分かってきました。また近年、プロバイオティクス/プレバイオティクスなど、腸内細菌叢に働きかける介入が注目されています。
一方で、腸内細菌叢を変化させたときに「体の中で何がどの程度変わったのか」を客観的に捉えるには、腸内細菌叢の働きの結果として現れる代謝物を幅広く、かつ定量的に測る必要があります。そのため、腸内細菌叢研究においてメタボローム解析※8は重要な位置づけにあります。
しかし、腸内細菌由来代謝物は化学的性質が多様で、十分な感度やカバレッジを得るためにはLC–MS/MSが有力である一方、従来の方法では対象化合物に応じてカラムや移動相条件を切り替える必要があり、分析手順が複雑になりやすいという課題がありました。結果として、広範な代謝物をハイスループットに定量することが難しく、腸内環境の変化や介入効果を定量評価する際のボトルネックになっていました。
そこで本研究では、プレ/プロバイオティクス機能の候補指標などを含む計215代謝物を対象に連続的に定量できる簡便でハイスループットな分析法の確立を目指しました。
研究の内容
本研究では、腸内細菌叢(腸内細菌)が産生する多様な代謝物を、LC–MS/MSでハイスループットかつ定量的に測定するため、単一の移動相条件のまま連続分析できる分析法「KUSLAMS」を開発しました。KUSLAMSでは分離特性の異なるPFPPカラムとC18カラムを切替バルブで自動的に切り替え、さらに一部の代謝物は誘導体化を組み合わせることで、腸内細菌叢研究で重要な代謝物を中心に計215代謝物の一括定量を可能にしました(図1)。
次に、本手法の有用性を示すため、ヒト腸内細菌叢モデル(KUHIMM)※9を用い(図2)、プレバイオティクスとして知られるイヌリンを添加した条件と無添加条件を比較しました。培養に伴う代謝変化を、細菌細胞(細胞内)と培養上清(細胞外)の両方から回収した試料で定量しました。イヌリン添加により、細胞内・細胞外の両方で濃度が大きく変動する代謝物群を捉え、腸内細菌叢の働きの変化を代謝物量で追跡できる可能性を示しました(図3)。
本手法は、代謝物の種類ごとに複雑な条件変更を行うのではなく、単一の移動相条件のままカラム切替と誘導体化を組み合わせることで、幅広い代謝物を一つの枠組みで定量できる点が特徴です。腸内細菌叢が食事成分に応答して生み出す代謝物の変化を、代謝物量として捉えられるため、今後、食品成分(食物繊維など)や腸内環境介入の効果を客観的に評価する研究に加えて、腸内環境と健康課題との関係解明や、介入効果の定量評価を加速する基盤技術としての応用が期待されます。



今後の展開
本研究で開発したKUSLAMSは、腸内細菌叢が産生する多様な代謝物を、LC–MS/MSでハイスループットかつ定量的に測定できる研究基盤となります。従来は代謝物の性質に応じて分析条件を切り替える必要があり、広範な代謝物を継続的に定量することが容易ではありませんでしたが、本手法では単一の移動相のまま自動カラム切替と誘導体化を組み合わせることで、幅広い代謝物を連続して定量できる点が大きな特長です。このアプローチを応用することで、食物繊維や発酵食品、プロ/プレバイオティクスなどの食品成分が腸内環境に与える影響を代謝物量として比較できるようになり、食品企業における機能性素材のスクリーニングや、ヒト試験に進む前段階での候補評価を効率化できる可能性があります。さらに、医療・ヘルスケア領域では、生活習慣改善や栄養指導、腸内環境介入の前後で代謝物を定量し、介入の影響を客観的に捉えることで、研究の質を高めるだけでなく、将来的には個別化栄養や予防的アプローチの検討にもつながることが期待されます。加えて、腸内環境と肥満・糖代謝、炎症などの健康課題との関係を代謝物レベルで整理することで、介入効果を示す評価指標の探索や、臨床研究でのアウトカム設計の高度化にも貢献すると考えられます。
用語解説
※1 腸内細菌叢(腸内細菌)
ヒト腸内に常在する微生物群で、免疫や代謝に関与。健康や疾患リスクと深く関係する。
※2 代謝物
生物の細胞内で、エネルギーの産生や物質の合成・分解(代謝)の過程で作られる小分子化合物の総称。
※3 LC–MS/MS
LC–MS/MS:液体クロマトグラフィー(LC)で成分を分離し、質量分析(MS/MS)で成分を識別して量を測る分析法。微量成分でも高い特異性で定量できる。
※4 介入試験
食事成分の摂取、食品・サプリメントの摂取、生活習慣の変更など、ある条件(介入)を意図的に加え、その前後や介入の有無で結果を比較して効果を評価する試験。
※5 PFPPカラム
フッ素基を持つ固定相を用いたカラムで、芳香族や極性化合物の分離に優れる。
※6 C18カラム
疎水性の固定相を持ち、非極性〜中程度の極性分子の分離に用いられる汎用カラム。
※7 プロバイオティクス/プレバイオティクス
プロバイオティクスは、腸内環境に良い影響を与えることが期待される生きた微生物(またはそれを含む食品)。プレバイオティクスは、腸内細菌の栄養源となり、腸内環境に影響を与える食品成分(主に食物繊維など)。
※8 メタボローム解析
体内や微生物が作る多種類の代謝物をまとめて測定し、全体の特徴や変化を捉える解析。
※9 ヒト腸内細菌叢モデル(KUHIMM)
神戸大学で開発されたヒト腸内細菌叢培養モデル。各種プレバイオティクス・プロバイオティクスなどの効果評価に活用される。ヒトの腸内環境(偏性嫌気性細菌優勢、菌種レベルでの多様性維持、難培養細菌の増殖、産生される短鎖脂肪酸等の構成パターン等)を正しく再現している。
謝辞
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(腸内マイクロバイオーム制御による次世代創薬技術の開発)」(JP21ae0121036, JP21ae0121042)、日本学術振興会(JSPS)「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」(JPJS00420230009)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
“Development of a quantitative serial LC–MS/MS method for gut microbiota metabolomics”
DOI
10.1021/acsomega.5c12997
著者
Takanobu Yoshida, Tomoya Shintani, Daisuke Sasaki, Christopher J. Vavricka, Yasushi Matsuki, Akihiko Kondo, Tomohisa Hasunuma*
掲載誌
ACS Omega
報道問い合わせ先
神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)






