神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(神戸大学高等学術研究院卓越教授兼任)と、総合地球環境学研究所の陀安一郎教授、由水千景上級研究員らの研究グループは、アミノ酸ごとの窒素安定同位体比を精密に測定することで、菌根ネットワークを介した植物間の炭素移動の有無を読み解くための新たな指標を提案しました。

近年、「マザーツリー」や「wood-wide web」といった言葉とともに、地下の菌根ネットワークを通じて樹木同士が炭素を融通し合うというイメージが社会に広く浸透しています。しかし、実際にどの程度の炭素が菌を介して移動しているのか、その規模や普遍性については、現在も研究者の間で議論が続いています。

今回、末次教授らは、菌から炭素と窒素を受け取って生活する菌従属栄養植物と、その近縁の緑葉を持つ植物を対象に、生態学において「食う・食われる」の関係を解明する際に重要な役割を果たしてきた、アミノ酸ごとの窒素安定同位体比に着目しました。その結果、通常は「食う・食われる」の関係ではほとんど変化しないとされるフェニルアラニンの窒素安定同位体比が、菌従属栄養植物では炭素源である共生菌に比べて一貫して高くなることを見いだしました。

この結果は、フェニルアラニンの窒素安定同位体比の上昇が、菌根ネットワークを介して炭素供給を受けている植物を識別する有効な指標となり得ることを強く示唆しています。

本研究により、従来の手法では判別が難しかった、緑葉をもつ植物種間の炭素移動についても、より高い精度で評価できる可能性が示されました。本研究成果は、4月30日00時00分(日本時間)に国際誌『New Phytologist』に掲載されました。

アミノ酸の窒素安定同位体比は、植物間炭素移動を読み解く「ものさし」となり得る ©末次健司(CC BY)

ポイント

  • 植物間の炭素移動は社会的関心が高い一方で、その規模や生態学的意義については現在も議論が続いている。
  • アミノ酸別窒素安定同位体分析により、通常はほとんど変化しないフェニルアラニンの窒素安定同位体比が、菌従属栄養植物では炭素源である共生菌と比べて一貫して上昇することを確認した。
  • このフェニルアラニンの窒素安定同位体比の上昇は、「菌から炭素供給を受ける緑葉をもつ植物」を識別する新たな指標として期待される。

研究の背景

近年、「マザーツリー」や「wood-wide web※1」という言葉とともに、地下の菌根ネットワークを介して樹木同士が炭素を融通し合うというイメージが広く浸透しつつあります。もし実際に多くの植物が菌根ネットワークを通じて炭素をやり取りしているのであれば、生態系における資源分配や植物間相互作用の理解は大きく変わる可能性があります。

しかし、このイメージを直接裏づける証拠は十分とはいえません。炭素の安定同位体(13C)や放射性同位体(14C)を用いたラベリング実験は、菌根を介した炭素移動を直接検出できる有力な手法ですが、野外での実施が難しいこと、追跡期間が限られること、さらに土壌呼吸や根の滲出物による炭素移動と、菌糸ネットワークを介した移動とを厳密に区別することが困難であることなど、多くの制約があります。そのため、菌根を介した炭素移動の一般性や規模については、懐疑的な見解もあります。

これまで、ラベリング実験に加えて、植物体全体の安定同位体比※2を測定する手法も広く用いられてきました。とくに、菌そのものの安定同位体比が高い外生菌根菌から炭素供給を受ける完全菌従属栄養植物※3では、周囲の植物よりも炭素・窒素安定同位体比が高くなることが繰り返し示されており、菌から炭素供給を受けている証拠と解釈されてきました。

しかし、陸上植物の大部分と共生するアーバスキュラー菌根菌や、ラン科植物の主要な共生菌であるリゾクトニア菌は、菌自体の安定同位体比が周囲の植物と大きく変わらないことが多いため、それらと共生する植物では、植物体全体の同位体比だけでは炭素供給の有無を識別することは困難でした。

研究の内容

そこで、研究グループは、アミノ酸ごとの窒素安定同位体比※4に着目しました。特に、栄養段階が上がるにつれて窒素安定同位体比が大きく上昇するグルタミン酸と、ほとんど変化しないとされるフェニルアラニンの2つに注目しました。具体的には、日本各地9か所の森林で、完全菌従属栄養植物、部分的菌従属栄養植物、独立栄養植物、そして共生菌を採集し、植物体全体の炭素・窒素安定同位体比に加えて、グルタミン酸とフェニルアラニンの窒素安定同位体比を測定しました。

その結果、光合成を行わない完全菌従属栄養植物では、植物体全体の同位体比にも明瞭な特徴が認められました。さらに、アミノ酸レベルの分析では、食物網研究で一般に想定される「グルタミン酸の上昇がフェニルアラニンより大きい」という濃縮パターンとは逆の結果が、一貫して確認されました。完全菌従属栄養植物では、グルタミン酸の窒素安定同位体比は、自身の「餌」である共生菌に対して1〜2‰程度の上昇にとどまった一方、フェニルアラニンでは10〜20‰もの顕著な上昇が見られました。これは、従来の「食う・食われる」関係に基づく知見とは一致しない結果です。しかし、本来ほとんど変化しないはずのフェニルアラニンで顕著な上昇が見られたことを逆手に取れば、周囲の植物や共生菌との差を指標とすることで、菌を介した有機物由来の炭素・窒素供給の有無を、植物体全体の同位体比よりも高い精度で評価できる可能性が示されました。

そこでこの可能性を検証するため、緑葉をもつ2種を追加で解析しました。1種は、炭素・窒素安定同位体比が他の独立栄養植物より高いものの、暗所では菌根共生が弱まることなどから独立栄養植物と考えられているオオバナノエンレイソウ(アーバスキュラー菌根菌と共生)です。もう1種は、植物体全体の同位体比では独立栄養植物と大きな差がないにもかかわらず、光合成能力を欠くアルビノ個体でも生存できることから、部分的菌従属栄養植物と考えられているシュスラン(リゾクトニア類と共生)です。その結果、オオバナノエンレイソウでは植物体全体の炭素安定同位体比は菌従属栄養植物と同程度に高かったものの、フェニルアラニンの窒素安定同位体比の上昇は認められず、独立栄養植物とほぼ同じ値を示しました。これにより、先行研究で推測されていた本種の独立栄養性が裏づけられました。一方、シュスランでは、植物体全体の同位体比からは部分的菌従属栄養性を明確に示せなかったものの、フェニルアラニンの窒素安定同位体比は顕著に上昇し、アルビノ個体の存在から推測されていた部分的菌従属栄養性を強く支持する結果となりました。

以上の結果は、フェニルアラニンの窒素安定同位体比が、菌から炭素供給を受けている植物を識別する有効な指標となり得ることを示しています。13Cや14Cを用いた大規模なラベリング実験を行わなくても、「どの植物が、どの程度菌根ネットワークから炭素を得ているのか」を推定できる可能性があります。今後、この手法を多様な植物群に適用することで、どの植物系統が菌根ネットワークを介した炭素供給を受けやすいのか、さらにそれが光合成の放棄という特殊な進化やwood-wide webの機能とどのように関わるのかについて、より深い理解が進むことが期待されます。

図1. 分析に用いた植物種と菌根の様子 (a) アーバスキュラー菌根菌と共生する独立栄養植物オオバナノエンレイソウ。
(b) アーバスキュラー菌根菌と共生する完全菌従属栄養植物シロシャクジョウ。
(c) シロシャクジョウの根組織内に定着したアーバスキュラー菌根菌。
(d) リゾクトニア菌と共生する部分的菌従属栄養植物シュスラン。
(e) 腐生菌と共生する完全菌従属栄養植物クロヤツシロラン。
(f) 腐生菌の子実体上に形成されたクロヤツシロランの菌根。
スケールバー:10 cm(a)、1 cm(b, f)、50 μm(c)、5 cm(d)、5 mm(e)。
©堀江健二(a)、末次健司(b, c, e, f)、石田賢也(d)(CC BY)
図2. 分析に用いた植物種の安定同位体比の比較 菌従属栄養植物では、フェニルアラニンの窒素安定同位体比が共生菌および周辺の独立栄養植物よりも顕著に高いことが確認された。アーバスキュラー菌根菌と共生するオオバナノエンレイソウは、植物体全体の炭素・窒素安定同位体比では独立栄養植物より高い値を示したものの、アミノ酸ごとの窒素安定同位体比では独立栄養植物とほぼ同じ範囲に収まり、先行研究で示唆されていた独立栄養性が支持された。一方、リゾクトニア菌と共生するシュスランでは、植物体全体の安定同位体比からは独立栄養植物との明確な差は認められなかったが、フェニルアラニンの窒素安定同位体比は顕著に上昇しており、部分的菌従属栄養性を強く示唆する結果となった。
©末次健司(CC BY)

注釈

※1 wood-wide web

森林では、多くの樹木や草本の根が菌根菌と結びつき、同じ菌根菌が複数の個体や植物種を同時につなぐネットワークを形成している。wood-wide web という言葉は、このネットワークを介して木々が資源や情報をやり取りするというイメージを、インターネット(world wide web)になぞらえて表現した造語である。ただし、森林全体で実際にどの程度の資源移動が生じているのか、その生態学的な重要性や普遍性については、現在も議論が続いている。

※2 安定同位体比

炭素、窒素、水素などの元素には、質量の異なる複数の安定同位体が存在する。試料中の「重い同位体」と「軽い同位体」の比を国際標準に対する相対値として示したものが安定同位体比である。生態学では、このわずかな差を栄養の手掛かりとして利用し、生物間の栄養関係や資源移動を推定する手法として広く用いられている。

※3 菌従属栄養植物

独立栄養植物と共生する菌根菌や、木材・落葉を分解する菌類から炭素を含む養分を得て生活する植物を指す。自ら光合成も行いながら炭素の一部を菌類から得る植物は「部分的菌従属栄養植物」、光合成能力を失い、生活に必要な炭素のすべてを菌類から受け取る植物は「完全菌従属栄養植物」と呼ばれる。前述の通り、菌根ネットワークを介した植物間の炭素移動には懐疑的な見解もあるが、一部の菌従属栄養植物では、菌根ネットワークを通じて周辺の樹木から間接的に炭素を受け取っていることが実証されており、確実な例として知られている。

※4 アミノ酸別窒素安定同位体分析

タンパク質を構成するアミノ酸ごとに窒素安定同位体比を測定する化合物別窒素安定同位体分析の一種である。特に、栄養段階に応じて大きく変化するグルタミン酸と、ほとんど変化しないフェニルアラニンの同位体差を利用することで、高精度に栄養段階を推定できる手法として発展してきた。海洋生態系から陸上生態系まで、さまざまな分野で活用されている。

謝辞

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(A)「Wood Wide Webはどこまでが真実か? 菌従属栄養戦略を手がかりとした検証」(課題番号:JP25H00944)(研究代表者:末次健司、分担者:陀安一郎)および科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「菌従属栄養植物から読み解く菌根共生制御機構」(課題番号:JPMJFR2339)(研究代表者:末次健司)の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

“Phenylalanine 15N enrichment likely indicates fungal-derived carbon acquisition in mycoheterotrophic plants across fungal guilds”

DOI

10.1111/nph.71154

著者

Kenji Suetsugu(末次 健司・神戸大学大学院理学研究科 / 神戸大学高等学術研究院)
Chikage Yoshimizu(由水 千景・総合地球環境学研究所)
Jun Matsubayashi(松林 順・福井県立大学海洋生物資源学部)
Ichiro Tayasu(陀安 一郎・総合地球環境学研究所)

掲載誌

New Phytologist

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者

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