干ばつが深刻化する中、作物がどのように水を使いながら生き延びるのかは、食料生産にとって重要な課題です。神戸大学大学院農学研究科の妻鹿良亮准教授、東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梅澤泰史教授、岡山大学学術研究院先鋭研究領域(資源植物科学研究所)のKIM JUNESIK(キムジュンシク)准教授(特任)、山口大学大学院創成科学研究科の高坂智之教授、鳥取大学乾燥地研究センターの辻本壽教授(現特任教授・学長顧問)らの研究グループは、水の消費を抑えつつ高い生存率を示すコムギ変異体「WS1」を解析し、その裏にある体内の仕組みについて明らかにしました。WS1は、体内の代謝やタンパク質の働きを組み替え、成長より生存を優先するモードに切り替わることを発見しました。この仕組みは、将来の干ばつに強い作物開発につながる可能性があります。
この研究成果は、4月19日に、『Plant, Cell & Environment』に掲載されました。
ポイント
- 水の使用を抑えながら乾燥に強いコムギ変異体WS1を発見した。
- WS1は、気孔を閉じて水の損失を減らす一方で、生き延びる能力が高い。
- 植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)に強く依存せず、代謝やタンパク質をリン酸化させることで、乾燥への耐性を得ていた。
- 成長よりも生存を優先する新しい適応戦略を示し、将来の干ばつに強い作物開発への応用が期待される。
研究の背景
近年、気候変動の影響により、世界各地で干ばつのリスクが高まっています。作物の生産を安定させるためには、水が不足した環境でも生き延びることができる植物の仕組みを理解することが重要です。
これまで、植物の乾燥応答は主に「気孔を閉じて蒸散を防ぐ」仕組みや、そこに関わる植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)※1による制御が中心と考えられてきました。しかし、これらの仕組みだけでは説明できない現象も多く、別の適応戦略の存在が示唆されていました。
研究の内容
本研究では、コムギの突然変異体の中から、水の消費を抑えながら乾燥に強い系統WS1を選び出し、詳しく解析しました。
WS1は、通常のコムギに比べて気孔の開き方が小さく、蒸散を抑える特徴を持っていました。その結果、水の使用効率が高まり、乾燥条件下でも高い生存率を示しました(図1)。

©妻鹿良亮ら,CC BY
一方で、WS1は植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)に対する応答が特別に強いわけではなく、従来知られている仕組みとは異なる方法で乾燥に適応していることがわかりました。
詳しく調べたところ、WS1ではアミノ酸の一種であるプロリン※2が多く蓄積(図2)していることに加え、炭素や窒素の使い方(代謝)の変化や、タンパク質の働きを調節するリン酸化※3パターンの大きな変化(図3)が確認されました。
これらの変化は、植物があらかじめストレスに備えた状態(ストレス応答状態)にあることを示しています。つまりWS1は、乾燥に直面してから反応するのではなく、普段から「生き延びることを優先するモード」に切り替わっていると考えられます(図4)。

©妻鹿良亮ら,CC BY

©妻鹿良亮ら,CC BY

©妻鹿良亮ら,CC BY
今後の展開
本研究により、植物が乾燥に適応する新しい仕組みとして、「代謝とタンパク質制御による生存優先戦略」が明らかになりました。
今後は、この仕組みに関わる遺伝子や分子の詳細を解明することで、乾燥に強い作物の育種に応用できる可能性があります。また、水の使用を抑えながら安定した収量を確保する技術の開発にもつながると期待されます。一方で、WS1には生存能力が高い反面、収量が低下する傾向も見られたことから、生存と生産性のバランスを最適化することが重要な課題となります。
本研究の成果は、気候変動による水不足に対応する持続可能な農業の実現に貢献すると期待されます。
用語解説
※1 アブシシン酸(ABA)
植物ホルモンの一つであり、環境ストレスに応答して合成され、植物のストレス耐性を制御している。特に乾燥ストレスに対する応答がよく知られており、アブシシン酸の合成が進むことで、下流のシグナル伝達経路が活性化して気孔を閉じて蒸散を抑制する。
※2 プロリン(P)
アブシシン酸(ABA)と同様に環境ストレスに応答して合成されるアミノ酸の一つである。植物体内の浸透圧調節を行う適合溶質と呼ばれる代謝物の一群であるが、アミノ酸の中でもプロリンが特に蓄積する理由については知られていない。近年、ストレス応答時のシグナル分子として機能しているとの報告もある。
※3 タンパク質のリン酸化
ATPからリン酸基をセリン、スレオニン、チロシンなどのアミノ酸側鎖へ転移させ、タンパク質の構造と機能を瞬時に変化させる可逆的な翻訳後修飾。植物では、乾燥、塩、光などの環境ストレス応答に関わり、転写因子などのリン酸化により急速な適応応答を実現している。
謝辞
本研究は、内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業 JPJ00923(研究推進法人:生研支援センター)「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」(課題番号: 20350204)、日本学術振興会(JSPS)科研費(KAKENHI)(課題番号: 20K06759)、鳥取大学乾燥地研究センター共同研究(課題番号: 04A2002、03D2003)、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進プログラム「ASPIRE」(課題番号: JPMJAP24A1)およびムーンショット型研究開発制度(課題番号: 20350427)の助成を受けて行われました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1111/pce.70546
著者
Ryosuke Mega, Shun-ichiro Hirata, Kota Yamashita, Hinano Takase, Taishi Umezawa, Yasuko Watanabe, June-Sik Kim, Tomoyuki Kosaka, Akihiro Nieda, Hisashi Tsujimoto
掲載誌
Plant, Cell & Environment
報道問い合わせ先
神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)
