神戸大学先端バイオ工学研究センターの田中謙也准教授、蓮沼誠久教授らの研究グループは、光合成を行うシアノバクテリアの細胞抽出液を使い、タンパク質の中で働く「ジスルフィド結合」という分子スイッチの切り替わりやすさを、一度に数百規模で測定する方法を開発しました。その結果、光合成で二酸化炭素固定を担う複数の酵素のスイッチは、異なる切り替わりやすさを持つことが分かりました。これは、光合成の仕組みについて理解を深めるだけでなく、今後の光合成改良や二酸化炭素利用研究の土台になり、光合成微生物を用いた物質生産や代謝改変技術の高度化につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」に、2026年5月19日(火)(日本時間)以降、同週中に公開されます。

ポイント
- 細胞から取り出したタンパク質の混合物を使って、分子スイッチの「酸化・還元のされやすさ」を大規模に測る新しい方法を開発しました。
- モデルシアノバクテリアで368カ所のスイッチの切り替わりやすさの値を決定し、光合成を動かす主要タンパク質のあいだに、それぞれ制御の順序と強さがあることを示しました。
- 今回の成果は、光合成の仕組みの理解を深めるだけでなく、将来の二酸化炭素利用や光合成を使った物質生産を考えるうえでの基盤データになります。
研究の背景
植物やシアノバクテリアは、光があるときに二酸化炭素を取り込み、有機物をつくります。一方、夜間には二酸化炭素の取り込みを停止させます。この切り替えには、タンパク質の中にある「ジスルフィド結合※1」という結合が重要です。これは電子のやり取りによってつながったり切れたりし、酵素の働きを変える分子スイッチとして働きます。とくに、光合成で二酸化炭素から糖をつくるカルビン回路※2では、この仕組みが大切です。しかし、このスイッチがどのくらい切り替わりやすいかを表す「中点電位※3,4」は、これまで一部のタンパク質でしか分かっていませんでした。従来はタンパク質を一つずつ精製して測る必要があり、細胞の中で一緒に働く相手の影響を反映しにくいことが課題でした。
研究の内容
研究グループは、Synechocystis sp. PCC 6803というモデルシアノバクテリアの細胞抽出液を、酸化還元の程度が異なる八つの条件に置き、質量分析でタンパク質の状態を調べました。その結果、タンパク質中の368カ所の中点電位を求めることに成功しました。また、精製タンパク質で別に測った値ともよく一致し、新しい方法の信頼性も確かめました。カルビン回路の酵素の調節因子であるCP12の中点電位は、単独で測った値と抽出液で測った値とが異なり、実際に働く相手タンパク質の存在が重要であることも示されました。さらに、明るいときと暗いときの細胞中のタンパク質の酸化還元※5状態も組み合わせて解析し、中点電位と組み合わせることで細胞内でのエネルギー状態を表す実効電位※6を求めました。
その結果、他のタンパク質に電子を渡す中心役のチオレドキシン(TrxA)※7に対して、カルビン回路の酵素であるホスホリブロキナーゼ(PRK)はほぼ近い実効電位であった一方、カルビン回路の他の酵素であるF/SBPaseやCP12はより酸化的な実効電位に保たれていました。つまり、光合成の制御は一つの共通スイッチで一斉に動くのではなく、相手ごとに違う強さで調節されていることが分かりました。

今後の展開
本成果は、光合成を支えるタンパク質がどの順序で切り替わるのかを理解するための基礎データであり、今後の光合成改良や二酸化炭素利用研究の土台になります。今後は、制御に関わる相手分子の特定、スイッチ設計の最適化、光合成生物での機能検証という段階を通じて、光合成微生物を使った物質生産や代謝改変へ発展する可能性があります。また、中点電位の大規模解析法は原理的にあらゆる生物種で適用可能であり、ジスルフィド結合の設計による安定なタンパク質創出などの応用にもつながる可能性があります。
用語解説
※1 ジスルフィド結合(S-S結合)
タンパク質の材料の一つであるシステイン同士が、硫黄原子を通してつくる結合です。酸化還元によってできたり切れたりするため、タンパク質の働きを切り替えるスイッチのような役割を持ちます。
※2 カルビン回路
光合成で得たエネルギーを使って、二酸化炭素から糖などの有機物をつくる反応の流れです。植物やシアノバクテリアで働く、二酸化炭素固定の中心的な仕組みです。
※3 電位
電子のエネルギーの高さであり、ある物質が電子を渡しやすいか、受け取りやすいかを表す物差しです。
※4 中点電位
タンパク質の分子スイッチが、酸化された状態と還元された状態にちょうど半分ずつなるときの電位です。値を比べることで、そのスイッチがどのくらい切り替わりやすいかを知ることができます。
※5 酸化還元
物質が電子を失うことを酸化、電子を受け取ることを還元といいます。細胞の中では、この電子の受け渡しによってタンパク質の働きが変わります。
※6 実効電位
細胞の中で、そのタンパク質が実際にどのくらい酸化された状態・還元された状態で働いているかを表す値です。中点電位が「そのスイッチ本来の切り替わりやすさ」を示すのに対し、実効電位は「細胞の中で実際に置かれている状態」を示します。
※7 チオレドキシンA(TrxA)
他のタンパク質に電子を渡し、ジスルフィド結合の状態を変える小さなタンパク質です。本研究では、複数のタンパク質を制御する中心役として扱われています。
謝辞
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ACT-X(JPMJAX22BG)、同 革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B4)およびJSPS 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)(JPJS00420230009)の助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
“Systematic determination of disulfide bond reduction potentials reveals a non‑equilibrium redox hierarchy in cyanobacteria”
DOI
10.1073/pnas.2600150123
著者
Kenya Tanaka, Akihiko Kondo, Tomohisa Hasunuma
掲載誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
報道問い合わせ先
神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)


