神戸大学内海域環境教育研究センターの星野雅和 助教、上井進也 教授、マックスプランク研究所(独)のSusana Coelho 教授らの研究グループは、北海道大学薬学部の脇本敏幸 教授、北海道大学理学部の小亀一弘 教授との共同研究により、褐藻類で初となる、受精に必須な新規遺伝子「PKN(PICKINESS-ASSOCIATED PROTEIN)」を同定しました。

本遺伝子は卵に相当する雌配偶子側で働く遺伝子で、受精相手となる、精子に相当する雄配偶子を選ぶ(えり好みする)働きに関与しています。この特徴から、Pickiness(えり好み)にちなんでPKNと名付けられました。本研究成果は、これまで未解明な部分が多かった褐藻類の有性生殖および受精メカニズムを分子レベルで解き明かすための重要な足掛かりとなります。本研究成果は、5月27日に、Current Biology誌に掲載されました。

図1. 本研究でもちいた褐藻カヤモノリScytosiphon(上)とその受精(下:雌配偶子に複数の雄配偶子が前鞭毛を介して群がることで、雌配偶子の周囲にリング状の雄配偶子の群れが形成されている)。©星野雅和(CC BY) 

ポイント

  • 褐藻類(コンブやワカメの仲間)において、受精に不可欠な遺伝子「PKN(PICKINESS-ASSOCIATED PROTEIN)」を世界で初めて特定しました。
  • PKNは雌配偶子特異的に働くタンパク質であり、近縁種間における受精の「えり好み(同種の雄とは受精するが、別種の雄とは受精しない仕組み)」に関与していることが明らかになりました。
  • PKNは動物や陸上植物などの既知の受精関連タンパク質と相同性が認められず、褐藻類が進化の過程で独自の受精システムを獲得したことが示唆されます。

研究の背景

有性生殖は真核生物に広く観察される普遍的な生命現象ですが、その根幹である配偶子接合(受精)に関与する遺伝子群は、主に動物や陸上植物、繊毛虫など一部の分類群でしか同定されていませんでした。

沿岸域の生態系において重要な役割を果たすコンブやワカメなどの「褐藻類」は、植物や動物とは系統的に遠縁で独自の進化を遂げてきた生物群です。褐藻類の受精に関与する遺伝子の探索は1990年代から行われてきましたが、受精に直接関わる具体的な因子の同定には至っていませんでした。

研究の内容

1.近縁種間の不完全な生殖隔離に着目

研究チームは、褐藻カヤモノリ属の近縁2種、キタカヤモノリ(Scytosiphon promiscuus)とシバザキカヤモノリ(Scytosiphon shibazakiorum)の間に見られる生殖隔離(受精の障壁)に着目しました。カヤモノリ類の受精は、雌配偶子が放出する性フェロモンによって雄配偶子が誘引され、雄配偶子の前鞭毛が雌配偶子に接着、その後に細胞膜が融合することで進行します(図2)。両種間で交配実験を行ったところ、非対称的な受精関係、すなわち「えり好み」が確認されました(図3)。具体的には、キタカヤモノリの雌配偶子はシバザキカヤモノリの雄配偶子とも受精可能であった一方、シバザキカヤモノリの雌配偶子はキタカヤモノリの雄配偶子を受け入れず、雄配偶子の前鞭毛が雌配偶子へ接着できないため受精は成立しませんでした。

図2.カヤモノリの受精の模式図。 雄の藻体と雌の藻体が雌雄同型の配偶子を放出する。雄配偶子も雌配偶子も前後2本の鞭毛を持ち遊泳するが、雌配偶子は早期に着底し鞭毛を失い、性フェロモンを放出する。雄配偶子は性フェロモンをたどって雌配偶子に接近し、自身の前鞭毛を雌配偶子の細胞表面に付着させ、その後、雌雄配偶子の細胞膜融合を経て受精が完了する。©星野雅和(CC BY)
2.ゲノム解析から候補領域の特定

この「えり好み」の遺伝的背景を調べるため、キタカヤモノリ雌とシバザキカヤモノリ雄の交配によって得られた雑種世代の雌から生じる配偶子を解析しました。その結果、雑種世代の雌には、両種の雄配偶子と受精する雌配偶子を出すもの(非えり好み雌)と、シバザキカヤモノリの雄配偶子とのみ受精する雌配偶子を出すもの(えり好み雌)が、約1:1の割合で含まれることが分かりました。これらのゲノムを比較解析したところ、常染色体上の一領域(13個の遺伝子が含まれる領域)が、非えり好み雌ではキタカヤモノリ由来、えり好み雌ではシバザキカヤモノリ由来であることが明らかになりました(図3)。

図3. キタカヤモノリとシバザキカヤモノリ間の不完全な生殖隔離と、雑種雌におけるPKN遺伝子型と表現型の関係。 親株(シバザキカヤモノリ雄およびキタカヤモノリ雌)と雑種個体について、PKN遺伝子がコードされている常染色体を模式的に示した(シバ雄由来の染色体を水色、キタ雌由来の染色体を紫色で示す)。両種間の交雑により形成された雑種胞子体から得られた雑種雌では、PKN遺伝子を含む領域の由来がシバ雄由来かキタ雌由来かに応じて、“えり好み”雌または“非えり好み”雌の表現型が現れた。©星野雅和(CC BY)
3.プロテオーム解析とゲノム編集による受精遺伝子「PKN」の同定

候補領域にある13個の遺伝子のうち、どれが雌配偶子のえり好みを制御しているかを特定するため、「雌配偶子側で働く遺伝子であれば、そのタンパク質は雌配偶子に多く存在し、雄配偶子には少ないはずである」という仮説を立てました。この仮説のもと、雌雄の配偶子に存在するタンパク質をプロテオーム解析により網羅的に調べたところ、13個の遺伝子の中で配偶子から検出されたタンパク質はただ1つのみでした。さらに、このタンパク質は雌配偶子では高強度で検出されるにもかかわらず、雄配偶子からは全く検出されないという、仮説に合致する発現パターンを示したことから、本遺伝子が雌配偶子のえり好みに関与する可能性が高いとして、「PKN」と命名しました。

続いて、受精におけるPKN遺伝子の機能を探るため、ゲノム編集技術(CRISPR-Cas12)を用いてPKN遺伝子が機能しない欠損変異体を作製し、交配実験を行いました。その結果、PKN欠損雌変異体の配偶子は、野生型の雄配偶子の前鞭毛を接着させることができず、受精が完全に阻害されました。一方、雄変異体の配偶子と野生型の雌配偶子を用いた交配では受精に一切の異常が見られませんでした。このことから、PKN遺伝子は、雌配偶子側で機能し、雄配偶子の前鞭毛と雌配偶子の細胞表面の接着に関与することが示されました。

4.褐藻類独自の受精システム?

褐藻類のゲノムを網羅的に調べた結果、PKN遺伝子はカヤモノリだけでなく、他の褐藻類にも広く存在しており、少なくともシオミドロ(Ectocarpus)の1種では受精に関与することも示されました。一方、陸上植物や動物などの褐藻類以外の真核生物からはPKN遺伝子の相同遺伝子は発見されませんでした。これは、PKN遺伝子を介した受精システムが褐藻類の祖先において獲得され、維持されてきたことを示唆しています。

今後の展開

PKNは雌側の受精因子であるため、今後はこれと相互作用する雄配偶子側の受精関連因子の同定を試みます。また、生殖隔離(えり好み)に直接関わる遺伝子が特定されたことで、褐藻類において新しい種がどのように成立し、維持されてきたのかという、種分化プロセスの解明につながることが期待されます。

さらに、PKN遺伝子を足掛かりに褐藻類の受精関連遺伝子の同定が進めば、系統的に大きく隔たった陸上植物や動物などの受精遺伝子群との詳細な比較が可能になります。遠い未来の話かもしれませんが、異なる真核生物グループの間で、受精という普遍的な生命現象を支える分子基盤がどの程度共通しているのか、あるいはそれぞれの系統でどのように独自の多様性を獲得してきたのかを議論できるようになると期待されます。

謝辞

本研究はJSPS科研費(助成番号JP23K19386),海外学振PD, マックスプランク協会,European Research Council (助成番号638240), Bettencourt Foundation, Moore Foundation の助成を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

"PKN is a sex- and species-specific fertilization factor in brown algae"

DOI

10.1016/j.cub.2026.04.065

著者

Masakazu Hoshino (星野雅和), Meri Nehlsen, Rita A. Batista, Morgane Raphalen, Toshiyuki Wakimoto (脇本敏幸), Shinya Uwai (上井進也), Kazuhiro Kogame (小亀一弘), Vikram Alva, Susana M. Coelho

掲載誌

Current Biology

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者