宇野雄一教授 

農作物の品種改良は、成長に時間がかかる植物を相手にするだけに年単位の時間を要し、思い通りの効果が得られないことも多い。その点、ピンポイントで遺伝子を書き換える「ゲノム編集技術」は、短時間でも確実に作物改良できる画期的な技術として農業分野でも大きな期待を担う。先端技術のゲノム編集で、安心安全なアレルゲンフリー作物や新感覚の芳香性野菜など「ウエルネスプランツ」研究に取り組む農学研究科の宇野雄一教授に、異分野共創で進める研究の成果と課題、今後どのように社会実装が可能なのかを聞いた。

低アレルゲン性イチゴの実証へ

野菜や花を対象に、ゲノム編集による新品種の育成に取り組んでいます。どんな研究でどんな成果が上がっていますか。

宇野教授

大きく二つの研究をしていて、一つは「低アレルゲン性イチゴ」の開発を進めています。「シラカバ花粉症」というアレルギー症があり、この症状のある人がイチゴを食べると、口の中がかゆくなる「口腔アレルギー症候群」(OAS)を起こすことがあります。シラカバのアレルゲンタンパク質が、モモ、リンゴ、イチゴ、ナシなどのバラ科果実のタンパク質に非常に似ていて、交差反応を引き起こしているからです。モモやリンゴのアレルギー患者が最も多く、イチゴも全人口の1%以上が影響を受けていると推定されます。一部の人は過敏に反応し、鼻水や咳が激しくなり生活に支障が出ます。

本来は、アレルギー反応がきついモモやリンゴで研究できればよかったのですが、木になる果実は、結果が出るまでに数年かかり、栽培にも広いスペースが必要です。その点、イチゴは小さくて1年以内に果実がなるので、まずは回転の速いイチゴを選び、アレルギー症で食べられない人に食べてもらいたい、との思いで研究を始め、アレルゲンタンパク質を低減させたイチゴの開発を進めています。医学系研究科の永野達也先生(呼吸器内科学)や福本毅先生(現在は京都府立医科大学皮膚科学)との共同研究を通じ、数十人の患者の血清を用いた試験を実施し、イチゴのアレルゲンに対する反応の低下を確認しました。アレルギーを持つ方のQOL(Quality of Life=生活の質)向上につながる成果が得られています。

遺伝子をピンポイントで修正できる技術

具体的には、どのようなやり方で実現しましたか。

宇野教授

ゲノム編集という手法、いわば「遺伝子のピンポイント修正」です。ターゲットとするアレルゲンの遺伝子配列が分かっているので、狙った性質に関わる遺伝子の位置を特定し、ピンポイントで切り取ったり、変化させたりすることができました。

具体的には、植物の葉を切り取り、ゲノム編集ツールを導入した土壌細菌(アグロバクテリウム)を感染させます。このツールには「はさみ役の酵素」と「目印となるターゲット配列を覚えた案内役(ガイドRNA)」が含まれています。細菌を介して、このツールが植物の中に入り、葉の細胞の核の中にあるアレルゲンの遺伝子をピンポイントで切断します。その後、細胞が修復する過程で遺伝子情報が書き換わります。そして、新たに生えてきた葉を培地に植えて根を出させ、個体に育てることで、ゲノム編集株が得られます。

本学の先端バイオ工学研究センター・西田敬二教授は、ゲノム編集の中でも「塩基編集技術」の第一人者です。DNAを切断せず、狙った塩基だけを置き換える高精度な技術を開発されており、私どもも8年ほど前から、共同研究をご一緒させていただいています。

従来の品種改良は、品種同士を掛け合わせて目的に合ったものを選ぶ「交配」や、突然変異で生じた特別な枝を育てていく「枝がわり」といった方法が主流でした。これらの方法は高度な選抜技術と長年の試行錯誤を要するものであり、種苗会社や公的機関による継続的な研究開発が育種基盤を形成してきました。しかし、一つの新品種を世に送り出すまでには10年以上の歳月がかかることも珍しくなく、目的とする形質を確実に引き出すためには、長年培われた熟練の知見と膨大な労力が不可欠でした。

一方で私たちの研究グループは、ゲノム編集技術を応用して品種改良に参入した比較的新しい存在です。ゲノム編集は、狙った遺伝子に直接アプローチして目的の変化を起こせるため、従来の交配や選抜に比べて極めて短期間で効率的に新品種を得る可能性を秘めています。現在では、日本の育種を支えている種苗会社や公的機関だけでなく、一般企業からも高い関心が寄せられ、産学官の垣根を越えた幅広い共同研究へと広がっています。技術の進化によって、研究を担うプレイヤーや協力体制の枠組み自体が多様化してきていると感じます。

伝統的な育種技術が築いてきた確かな基盤の上に、ゲノム編集という新たなアプローチが加わることで、品種改良を取り巻く環境が大きく変わろうとしています。

ゲノム編集を行った植物の生育状況を確認する宇野教授 

ゲノム編集による品種改良の課題は

今の研究の課題をどう考え、今後どういう展望を描きますか。

宇野教授

今回は、最もメジャーで、人がアレルギーを引き起こしやすい主要なアレルゲンの低減を実証しました。しかし、アレルゲンはこの一つだけではなく、まだ数種類あります。残されたアレルゲンをどのように抑えていくかが、まず第一の課題です。

また、今回はイチゴの「章姫(あきひめ)」という品種を対象としましたが、日本には数多くの人気品種があります。ゲノム編集は品種ごとの対応が必要になるため、今後は他の主要品種への応用を進めていきたいと考えていて、すでに種苗会社との共同研究がスタートしています。

さらに、イチゴ以外の作物への水平展開にも着手しています。一例として、現在進めているのが、レタスの品種改良です。淡路島はレタスの産地として有名ですが、生産者が収穫する際に、レタスのカット面から出る乳液によって、アレルギーを発症するケースが課題となっています。すでに研究レベルではゲノム編集によるアレルゲン低下を確認できており、今後は臨床評価による検証フェーズへと進む予定です。

私たちがターゲットにしているアレルゲンは、ヒトにとっては低減させたいものであっても、植物自身にとっては成長や生存に必要なタンパク質かもしれません。もしアレルゲンを抑えた結果、果実の甘みが落ちたりサイズが小さくなったりしては、作物としての価値を損なってしまいます。そのため私たちは、実際にゲノム編集で作製した個体を解析することで、アレルゲンの遺伝子が植物内で持つ本来の役割を解き明かしている最中です。

実は、ゲノム編集を用いた応用研究における大きな課題は、狙う遺伝子の機能があらかじめ分かっていなければ応用できないという点にあります。植物には、まだ役割が解明されていない遺伝子が数多く存在します。

狙った遺伝子をコントロールする「応用研究」と、作製した個体を通じて遺伝子本来の機能を解き明かす「基礎研究」。この両輪を同時に回していくことこそが、実用化に向けた真の鍵となります。

香りのいいレタスが、人を幸せにする

ゲノム編集を行った植物の生育状況を確認する宇野教授 

「香りレタス」の研究にも取り組んでいます。

宇野教授

もう一つの主な研究は、新しい価値を持ったレタスの研究です。レタスといえばサラダやハンバーガーなど生食が中心で、食べ方がマンネリ化しやすいという課題がありました。そこで、長野県野菜花き試験場の関功介博士が「これまでにない新しいレタスを作りたい」と着想され、共同研究としてこのプロジェクトが動き出しました。

実はレタスの古い品種の中に、ジャスミンライスや「だだちゃ豆」のような、ナッツに似た香りを放つものが存在します。まず関博士が遺伝解析を行って香りの原因となる遺伝子「BADH(ベタインアルデヒドデヒドロゲナーゼ)」を特定されました。そして私たちが、そのBADH遺伝子をゲノム編集技術によって破壊することで、ナッツ様の芳香成分(2AP)が蓄積し、実際に香りが立つことを証明しました。

この香りレタスには「加熱すると香りがさらに立つ」という面白い特性があるため、今後は炒め物などの新しい調理素材として、レタスの新たな価値を提案していきたいと考えています。今までは、レタスは生で食べるのが中心でしたが、これからは加熱調理の選択肢も広がるかもしれません。

なお、今回の研究は世代交代が早く実験に適したモデル品種「オイルシード」を使ったのですが、今後はより一般的でメジャーな品種への応用を目指します。特に近年は植物工場の生産が増えているため、工場レタスへの高付加価値化も視野に入れています。農学の研究は、本来何年もかかるものですが、一つの成果をいち早く形にし、良い品種を選びながら、企業と一緒に社会へ広めていきたいと思っています。

異分野共創研究は総合大学の強み

異分野共創研究のメリットとデメリットは?

宇野教授

私たちのチームが進めている「低アレルゲン化」の研究では、アレルギー患者の血液を用いて植物との反応性を調べる必要があります。この検査には医師の協力が不可欠なため、医学系研究科の先生方に臨床評価をご担当いただき、アレルギー症状に関する専門的な指導も受けています。また、先端バイオ工学研究センターの西田教授から、「塩基編集技術」について知識や技術のご指導をいただいていることは、先ほどお話しした通りです。

他分野との共創については、自分一人では決して到達できない領域の研究を実現できるため、正直なところ「メリット」しか感じていません。特に、異分野のトップランナーとすぐに手を取り合える点は、神戸大学のような総合大学ならではの非常に大きな強みだと実感しています。

今後、他の分野とどう共創することが考えられますか。

宇野教授

これまでの「医学(アレルギー臨床)」や「先端バイオ工学」との連携にとどまらず、例えば、データサイエンスやAI分野と共創すれば、機能未知の遺伝子の予測や最適な塩基置換のシミュレーションが加速できる可能性があります。

また、開発した作物を社会に届ける上では、食品栄養学や環境学、さらには法制度や倫理・社会受容性を考える人文学・社会科学分野との連携も重要になります。総合大学の強みを活かし、多様な専門家とチームを組んで研究を展開したいですね。

食から地球温暖化、環境を考える

培養室に並ぶガラス容器内で育つ植物 

今進行中のテーマと今後の展望があれば。

宇野教授

主に二つのテーマに取り組んでいます。まず一つ目は、「有用成分を強化したレタス」の開発です。保湿効果などがあり美容や健康に役立つ成分「アラントイン」を多く蓄積するレタスを作出しました。化粧品や歯磨き粉などに利用される成分で、人の美容と健康に寄与できると考えています。アラントインは人へのメリットだけでなく、植物自身が乾燥や寒さなどの厳しい環境に耐える力(環境耐性)を高める役割も担っています。現在は、植物の環境耐性がどのように向上するかについての評価試験を進めています。

二つ目は、「花の品種改良のためのゲノム編集プラットフォーム構築」です。将来的に開花時期や日持ち、花の色や形などを自在に改良できるよう、まずはカーネーションを用いて、ゲノム編集を効率よく適用できる技術基盤(プラットフォーム)を構築しました。現在は、カーネーション以外の花への応用も進めています。

将来的には、どんな社会貢献が可能ですか。

宇野教授

まずは私たちが取り組んでいる「低アレルゲン化」の研究を確実に形にし、誰もが安心して食を楽しめる社会の実現に貢献することです。そして将来的には、このゲノム編集技術の可能性を広げ、さまざまな作物の高付加価値化に挑んでいきたいです。

短期間で狙い通りの品種を生み出せるこの技術は、気候変動による地球温暖化や環境変化に対応した耐暑性のある作物の開発にも貢献できます。持続可能な農業や将来の食料不足問題の解決など、世界的な課題に対しても大きな足がかりになると確信しています。

そして最後に付け加えたいのは、私の研究は日々現場で取り組む学部生や大学院生たちが根底で支えてくれているということです。研究には当然、浮き沈みがあります。成果が出ずに落ち込むような時でも、私が出勤する前から研究室で熱心に実験に励み、夜遅くまでひたむきに努力している学生たちの姿に何度も救われてきました。そうした彼ら・彼女らの努力があってこそ、今こうして芽を出しつつある成果に結びついているのだと深く感謝しています。

宇野雄一教授 略歴

1996年、神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。理化学研究所、農林水産省国際農林水産業研究センター、生物系特定産業技術研究推進機構を経て、1998年より神戸大学農学部助手。米国ネバダ大学生化学部招聘研究員、神戸大学大学院農学研究科准教授を経て、2020年より現職。

 

 

研究者

SDGs

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