
日本三古泉の一つ、有馬温泉。その伝統ある温泉地の旅館「有馬山叢 御所別墅」(ありまさんそう ごしょべっしょ)で、女将・ブランドディレクターとして活躍する金井ラミヤ(良宮)さんは、モロッコ出身。神戸大学工学部で学び、同期生だった老舗旅館の後継ぎと結婚した。今、日本の温泉文化や有馬の魅力を海外に伝え、大学のビジネススクールで教壇にも立つ。20年を超える日本での生活、伝統が息づく世界での挑戦から見えてきたものとは-。
モロッコで女性初 日本政府の奨学金で留学
モロッコで育った子ども時代、日本のアニメは身近な存在だった。「ドラえもん」や「キャプテン翼」を見て、自国と全く異なる文化に興味がわいた。高校生になり、授業で日本について学んだときは、「地震が多く、石油などの資源が少ないのに、経済大国になった」ことが不思議だった。「ものづくりの力、回復する力が高い国だと感じました」という。
日本留学のきっかけは、偶然の縁だった。兄がロシアに留学していた関係で、在モロッコのロシア大使館を訪問しようとしたとき、通りがかった日本大使館で留学の奨学金があることを知った。そして、本格的に進路を考え始めたとき、新聞に掲載された日本政府奨学金の記事を父が見つけてくれた。モロッコでは女性初の奨学生となり、1999年春に日本へ。1年間、大阪外国語大学(現・大阪大学)で日本語を学んだ後、神戸大学工学部に入学した。
大学で得た人間関係は長く続く宝物
神戸大学を選んだのは、大阪外大で学んでいたころの指導者に「神戸の街は住みやすいよ」と聞いたからだった。しかも、工学部には、自身が望んでいたコンピューター分野を学べる情報知能工学科があった。
「留学生にとっては、勉強だけでも大変なストレス。だから、生活面のストレスがなるべく少ない街がいいと思いました」と振り返る。実際、日本語での授業には苦労したが、大きすぎず小さすぎない街のサイズは心地よかった。大学では専門分野以外の哲学や歴史なども学び、その知識は現在の仕事にも大いに役立っている。
神戸大学で得た最大の宝物は、学内外に広がった友人関係だ。「勉強が苦しくて自信をなくしたときも、寂しさを感じたときも、友人たちに支えられました。当時の人間関係はずっと続いています。今の学生にも『大学時代の人間関係は何十年たっても続く』と伝えたいですね」。後に夫となる一篤(かずしげ)さんも工学部の同期生で、その後の自身の人生を決定づける出会いとなった。
卒業後は化粧品メーカーに就職し、東京で海外向けの商品企画や市場分析などを手掛けていたが、結婚後、夫とともに経営学を学ぼうとフランスに留学。かねて関心を持っていた「ラグジュアリー・ブランディング」(品質や伝統などを重視する高級ブランドの構築・管理手法)を研究し、MBA(経営学修士)を取得した。
伝統的な業界で「ブランディング」に挑む
夫の実家は、有馬温泉で800年以上続く老舗旅館「御所坊」などを営み、観光業界ではよく知られた存在だ。フランス留学から日本に戻った2011年、その家業を手伝い始めたが、自身の役割には迷いがあった。「ブランディング」の手法を取り入れたいと思っていたものの、周囲の関心はまだ薄かった。
「最初は『若女将』の役割を期待されていると感じ、着物を着てお客様の前に出ることもありました。でも、義母の仕事ぶりを見ていると、それは女将の役割のほんの一部でしかないと分かってきました。私がすべき仕事は、日本人が当たり前と思っている旅館の魅力を言葉にし、内部のスタッフにも外部の方々にも伝えることだと思いました」

ちょうどインバウンド(訪日外国人客)が増え始め、海外への発信が必要とされる時期でもあった。旅館という文化、有馬の歴史、五感で感じる良さ。そんな魅力を言語化し、伝える仕事を少しずつ広げ、ブランディングの重要性も次第に理解されるようになってきた。現在は、御所坊の系列の旅館「御所別墅」を拠点とし、有馬温泉や神戸・阪神間、兵庫県の魅力発信にも意欲的に取り組む。
次世代に伝えるべき価値を見極める
ブランドディレクターの役割は、旅館のコンセプト構築や建物のデザインに関わる仕事、情報発信、人材の採用など幅広い。そのやりがいは「なんでもできること」。「いろいろな角度からものごとを見ることができて、伝えるための表現方法も多様。その幅広さが面白いですね」と語る。
2024年からは、立命館大学ビジネススクールの客員教員として、ラグジュアリー・ブランディングの講義も担当している。
「ラグジュアリーとは、単に『高価』『ぜいたく』といった意味ではなく、本物で嘘がなく、次の世代に伝えるべき価値という意味を持っています。そして、有馬はその価値を持つ場所だと思います」。観光業界の関係者らが集う大学の講義でも「トレンドを追うのではなく、ブランディングに込める意味を考えてほしい」と伝えている。

昨年、夫の一篤さんは父に代わって「御所坊」の16代目主人となり、世代交代の時期を迎えた。そんな中で、自身も常に旅館の未来を考え続けている。旅館の存在理由とは何か、有馬らしさとは何か。それらを伝える表現方法をどう深めていくか。
好きな言葉は「ゆっくり、早く」という。社会の流れが速さを増す中で、揺るぎない価値を見極めつつ、新しいものを生み出す。そんな姿勢で、仕事もこれからの人生も歩みを進めていく。
略歴
かない・らみや モロッコ出身。1999年、日本の文部省(当時)国費留学生として来日し、2005年、神戸大学工学部情報知能工学科卒。2006〜09年、日本の化粧品・健康食品メーカーで勤務。2010年、フランスのESSECビジネススクールでMBAを取得。2011年から、夫の実家が営む有馬温泉の旅館で勤務。小学生の娘の母親でもある。神戸大学の後輩に伝えたいメッセージは“You never know.” (やってみないと分からない)。



