神戸大学大学院システム情報学研究科の三宅洋平准教授と同大学大学院法学研究科の中園仁助教の研究グループは、大規模なプラズマ数値シミュレーションにより、月の縦孔とそれにつながる地下空洞に特有のプラズマ・静電気環境を明らかにしました。
米国のアルテミス計画をはじめとする月探査が本格化する中、月面の過酷な宇宙環境を理解し、探査活動に伴うリスクを把握することが重要となっています。月の縦孔や地下空洞は、将来の科学探査や人間の居住拠点の有力な候補として注目されていますが、その内部の静電気環境については十分に解明されていませんでした。
本研究では、太陽風に含まれる電子とイオンが縦孔内部で異なる振る舞いを示すことにより、地下空洞の床面に最大約100 Vの電位差が生じ、数十V/mに達する電場が形成されることを示しました。さらに、太陽風が直接到達しにくい空洞の奥深くにも、壁面で発生した二次電子や散乱イオンが侵入することを明らかにしました。本成果は、将来の月面探査機器の設計や安全な運用に向けた重要な基礎知見となることが期待されます。
この研究成果は、 2026年11月6日に、米国地球物理学連合(American Geophysical Union: AGU)の学術誌『Geophysical Research Letters』に掲載されました。

ポイント
- 月の縦孔と地下空洞内部のプラズマ・静電気環境を、大規模な3次元粒子シミュレーションによって先駆的に解明しました。
- 地下空洞の床面では日向側が正、日陰側が負に帯電し、最大約100 Vの電位差と数十V/mの電場が生じることを明らかにしました。
- 空洞の奥深くにも二次電子や散乱イオンが侵入することを示し、将来の月探査で考慮すべき新たな環境因子を提示しました。
研究の背景
月には地球のような大気や全球的な磁場がほとんど存在せず、太陽から流れ出す電子やイオンの集まりである「太陽風」が直接降り注いでいます。これらの荷電粒子の流入や、太陽光によって月面から電子が放出される現象により、月の地表は電気を帯びます(帯電、注1)。こうした物理現象は、探査機器の静電気障害や、月面を覆う微細な砂粒(レゴリス)の付着・飛散に関係するため、月探査における重要な環境リスクの一つです。
一方、月面には「縦孔」と呼ばれる深い穴が多数発見されており、その一部は地下に広がる溶岩洞などの空洞につながっていると考えられています。これらの地下空間は、強い放射線や隕石の衝突、激しい温度変化から探査機や宇宙飛行士を守る天然のシェルターとして期待されています。
しかし、縦孔や地下空洞では地形が太陽光や太陽風を遮るため、通常の平坦な月面とは異なる複雑な帯電現象が生じる可能性があります。その実態を把握することは、地下空洞を対象とする将来の探査計画において重要な課題となっていました。
研究の内容
研究グループは、直径・深さともに50 mの縦孔と、高さ20 mの地下空洞を再現した3次元モデルを構築し、太陽風の荷電粒子の運動と月面の帯電現象を詳細に解析しました。計算には京都大学の大規模スーパーコンピュータ設備「Camphor 3」(注2)と、長年開発を進めてきた高性能並列計算アルゴリズム「OhHelp」(注3)を利用し、約250億個の計算粒子を用いるプラズマ粒子シミュレーション(注4)を実施しました。
シミュレーションの結果、地下空洞の床面には、縦孔を通って太陽光が届く日向と、壁面によって遮られる日陰が形成され、両者の間に顕著な帯電状態の違いが生じることが分かりました(図2ⓐ)。
その原因は、イオンと電子の運動の違いにあります。太陽風のイオン(主に陽子)は一定方向に流れるため縦孔の底まで到達しやすい一方、電子は熱運動(注5)によってさまざまな方向に移動するため、多くが途中の壁面に吸収されます(図2ⓑ)。この結果、日向側では正の電荷を持つイオンの流入が優勢となり、地表が強く正に帯電します。これに対し、イオンが直接届かない日陰側には少数の高エネルギー電子が到達するため、負の帯電が生じます(図2ⓐ)。
このような帯電の違いによって、床面には最大約100 Vの電位差が生まれ、日向と日陰の境界付近に数10 V/mの電場が形成されます。この電場は、レゴリス粒子間の空隙に生じるとされる強電場に比べれば弱いものの、数十メートルに及ぶ広い範囲にわたって形成される点が特徴です。こうした広域的な電場は、帯電した月ダスト(注6)の運動や、探査機器の静電気環境に影響を及ぼす可能性があります。

さらに、地下空洞の奥深くでは太陽風由来の粒子が直接到達しにくくなるものの、壁面への衝突で放出される「二次電子」や、表面で散乱されたイオンがわずかながら侵入することも明らかになりました(図2ⓒ)。これらは、荷電粒子が非常に少ない地下空洞の奥深くで、帯電状態を左右する重要な要素です。空間中の荷電粒子には、探査機器と月面との接触・摩擦などによって生じた帯電を緩和する働きもあるため、この結果は地下空洞内での機器運用を考える上でも重要な意味を持ちます。
今後の展開
現在、JAXAなどによって、月の縦孔探査を目指す『UZUME』計画の検討が進められています。また、米国NASAも月のマリウス丘縦孔(注7)を対象とする科学探査計画「GIMLI」を発表するなど、月の地下空間に対する関心が国際的に高まっています。
本研究で明らかになったプラズマ・静電気環境は、こうした探査計画における機器設計や帯電・ダスト対策の検討に役立つと期待されます。今後は、太陽風の状態や縦孔の形状などの条件を変えた解析を進め、月の地下空洞における宇宙環境の理解をさらに深めていきます。
用語解説
(注1)帯電
物体が電気的な性質を持つ粒子の出入りなどによって、正または負の電荷を帯びる現象。帯電した物体の周囲には電位の違いが生じ、その違いによって電場が形成される。
(注2)スーパーコンピュータ「Camphor 3」
京都大学学術情報メディアセンターが設置し、2023年10月から共用を開始した計算機。
(注3)OhHelp
京都大学の中島浩教授らによって考案された、大規模な粒子シミュレーションを高速に実行するための並列計算アルゴリズム。計算の負担が特定のプロセッサに集中しないよう、複数のプロセッサの間で計算作業を分担・調整することで、粒子の分布に大きな偏りがある場合でも、高い計算効率を実現する。
(注4)プラズマ粒子シミュレーション
プラズマを構成する膨大な数の電子やイオンの運動と、それらが作り出す電場の変化を、コンピュータ上で計算する数値シミュレーション手法。粒子の運動方程式と、電場を求めるためのポアソン方程式を組み合わせて解くことで、粒子と電場が互いに影響し合う様子を再現する。
(注5)熱運動
物質を構成する粒子が、熱エネルギーによって絶えず不規則な方向に動き回る現象。プラズマ中の電子やイオンも熱運動しており、特に質量の小さい電子は高速で動き回る。
(注6)月ダスト
月面を覆う細かな砂状の物質(レゴリス)のうち、特に微細な粒子を指す。微小隕石の衝突や静電気力、探査活動などによって月面から舞い上がることがある。粒子が鋭利で、機器や宇宙服に付着しやすいことから、探査機器の故障や宇宙飛行士の健康への悪影響が懸念されている。
(注7)マリウス丘縦孔
日本の月周回衛星「かぐや」によって2009年に発見された、月面のマリウス丘に位置する直径・深さともに約50 mの縦孔(ピット)。地下に広がる溶岩洞につながっていると考えられており、将来の月探査の有力な候補地として注目されている。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP26K00788)、革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(課題番号hp240065、hp260131)、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(課題番号jh250014)、木下基礎科学研究基金助成事業、名古屋大学宇宙地球環境研究所・太陽圏科学センター、京都大学生存圏研究所「先端電波科学計算機実験装置」および「プロジェクト型共同研究」などの支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
"Plasma and electric environment within lunar pits and caves exposed to the solar wind"
DOI
10.1029/2026GL125862
著者
Yohei Miyake1 and Jin Nakazono2
1 Graduate School of System Informatics, Kobe University
2 Graduate School of Law, Kobe University
掲載誌
Geophysical Research Letters
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神戸大学企画部広報課
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