限られた予算のもとで防災研究を進展させるために何が必要か。海事科学研究科のクリストファー・A・ゴメス准教授は、2次元画像から土石流や火砕流などの3次元データを簡便に取得する技法を確立し、防災研究を革新している。インドネシア・スマトラ島の大津波被害をきっかけに、火山活動に伴う土砂災害の研究に取り組み、より良い研究環境を求めて、神戸大学にやってきた。レジリエントな社会実現を図る社会システムデザインを目指して、最先端の数学・統計学の知見も活かして研究を進めている。
日本語を含めて語学が堪能ですね。
ゴメス准教授:
国籍はフランスですが、父がスペイン・イタリア系、母はスイス出身です。イギリスの小学校に通い、中学はドイツでした。高校と大学はフランスです。フランス語、英語、日本語、インドネシア語、ドイツ語が話せ、スウェーデン語を勉強中です。大学卒業後4年間、シンガポールに住んで香港に本社のある中国系の企業で働いたので、簡単な中国語の会話もでき、スペイン語、イタリア語も理解できます。妻が日本人なので家庭内では日本語です。
フランスのソルボンヌ大学で哲学と地理学を専攻し、企業で働いた後、地球物理学をやりたくてパリ第6大学、パリ第7大学で学び、環境科学の博士号を取得しました。
防災科学を研究テーマにした理由は何だったのですか。
ゴメス准教授:
2004年のスマトラ島沖地震による大津波が防災を研究するきっかけになりました。10万人以上が亡くなったといわれていますが、はっきりした犠牲者数がわからないほどの大災害でした。当時スマトラ島に滞在していた私の指導教授が帰国するため空港に向かっていたときに地震が発生。犠牲者の遺体を海岸や街中に積み上げて火葬しており、大変大きなショックを受けたそうです。フランスはじめヨーロッパ各国から支援の予算が提供され、復興や防災の研究が行われ、当時米国に滞在していた私も1か月後に被災地に入りました。まるで戦争の後のように何もかも流されてしまっていました。2005年から津波の研究に取り組み、2006年に起こったジャワ島南西沖地震による津波についても研究しました。
世界各国で研究されていますね。
ゴメス准教授:
博士論文は火砕流・土石流の研究です。ポスドクとして、フランスのエリート学校、エコール・ノルマル・シュペリウール、カリフォルニア州立大バークレー校でサクラメント川の防災の研究に取り組んだ後、ニュージーランドのカンタベリー大学の講師としてインドネシアのメラビ(ムラピ)火山の研究にガジャマダ大学と共同で取り組みました。
津波、火山の研究ではインドネシア、フィリピン、日本などが重要な研究場所です。神戸大学は海底火山の調査も行う練習船「深江丸」を持っているし、海底火山の研究者たちもいるので、何か出来るのではないかと思いました。ニュージーランドは人口が少なく、研究予算も限られているので、「研究対象はニュージーランド国内に」と言われます。日本は戦後、インドネシアに砂防ダムを造るなど防災プログラムを行っていて予算もあり、研究には良いと考え、日本に来ました。
地形の3次元データをスマホの画像などで把握する技術を確立されました。
ゴメス准教授:
私の研究テーマは、火山における土砂災害のメカニズムです。研究者は火山噴火のプルーム(噴煙)の形や大きさを把握したいと考えますが、プルームは動いているので、正確なデータを取得することは困難でした。私は世界で初めて、「SfM−MVS」という技術を使って、プルームの3次元データを取得することに成功しました。
これは20世紀初めにできたコンセプトを基に、1970年代末にウルマンという研究者が開発したコンピュータ・ビジョンと呼ばれる技術を応用したものです。カメラの位置をずらして複数の写真を撮影し、数学・統計学を使って3次元のデータを計算します。当時はコンピュータの性能が低く、単純な形の建物などの人工物にしか適用できませんでしたが、コンピュータの性能が飛躍的に向上し大量のデータを処理できるようになったため、動いているモノ、複雑な形状の地形などの3次元データを把握できるようになったのです。
防災研究に役立つ技術ですね。
ゴメス准教授:
私はインドネシアで研究していましたので、日本で使われるレーザー装置などの高価な機器を利用できず、「どうやったら3次元データを安価に入手できるか」を考えました。ちょうどスマホやドローンなどの新技術が成長していたことも、役に立ちました。
1000万円程度はする3次元レーザー装置を自然の中に置いておくことはできませんが、普通のカメラなら屋外に設置して無人で撮影することができます。また、学生や住民、お年寄りが毎日スマホなどで地形を撮影すれば、土石流などの危険を把握することが可能です。日本では過疎地の山間地に廃村が増えているようですが、人が住んでいないから人命に危険が無いとは言えません。2017年の九州豪雨では大量の流木が下流に大きな被害をもたらしました。無人の山間地の地形の変化、土砂崩れなどの危険性の把握は必要です。人口減、税収減が予想される日本でも、安価な観測技術は必要ではないでしょうか。国交省の方も注目してくれているようです。
応用範囲も広そうです。
ゴメス准教授:
北海道大学の研究者と話していて、斜面に立っている樹木の幹の3次元データから地滑りの危険性を把握することができることに気付きました。ごく僅かでも地面が滑っている場所の木は、踏ん張ろうとして片側の樹皮が厚くなるのです。樹木の写真から3次元データを作成すれば、地滑りの兆候を安価、効率的に見つけることが可能です。斜面に高価なセンサーを設置しなくても、樹木がいわばバイオセンサーの役割を果たしてくれるのです。植物、林業の研究者が見逃していた樹木の変化を、別の視点から発見して活用できる例だと思います。
地中レーダーを使った火砕流・土石流の研究にも取り組んでおられますね。
ゴメス准教授:
地中レーダーは市街地で地下のガス管の位置などを調べるのに使われていますが、火山の調査で使っているのは私だけだと思います。流れ落ちた火砕流・土石流の堆積物の内部がどうなっているかを把握することは、再び動いたときの被害予想のために重要です。地下に大きな岩石が埋まっていれば、危険性が高いからです。これまでは地表に露出している岩石などの状態から地下の様子を類推するしかありませんでしたが、地中レーダーを使って詳細に調べることで、堆積物が再び押し流されたときの被害予測が可能になります。
火砕流・土石流が流れるメカニズムはまだよくわかっていません。堆積物を調べることで、どのように流れ、どのような形で止まるのかを把握し、火砕流・土石流の仕組みを解明し、防災に役立てたいと考えています。
今後の研究で力を入れることは?
ゴメス准教授:
社会システムデザインを研究したいと考えています。地球温暖化の影響で日本でも豪雨が増え、土砂災害の危険性が高まるでしょう。高齢化社会、税収減の中で、レジリエントな社会を作っていかなければなりません。自動的に防災データを取得し、集まった大量のデータから新たな意味を示すことが重要です。フーリエ変換やウェーブレット変換などを活用すれば、従来は「ノイズ」として捨てていたビッグデータの中から、意味ある情報を読み取ることが可能です。数学の進歩をうまく使って、防災に役立てたいと思います。
略歴
1978年 | フランス生まれ |
2001年 | ソルボンヌ(パリ第一)大学卒業(自然地理学) |
2006年 | ソルボンヌ大学修士課程修了(地形学・自然災害学) |
2009年 | ディドロ(パリ第七)大学博士課程修了(環境科学) |
2009年 | リヨン第二大学教育助手、カリフォルニア州立大バークレー校・フランス国立科学研究センター博士研究員 |
2010年 | カンタベリー大学講師 |
2012年 | カンタベリー大学上級講師 |
2017年 | 神戸大学海事科学研究科准教授 |