阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)は、政府が全国に地震観測網を整備するきっかけとなった。世界でも類を見ない高度な観測体制によって、地下で起きている変化を瞬時に把握できるようになりつつある。そこから得られたデータを解析し、巨大地震発生のメカニズムの解明に挑んでいるのが、都市安全研究センターの吉岡祥一教授(地震学)だ。プレート境界で起こる「スロースリップ」と地下の温度構造に着目して地震発生の謎に迫る吉岡教授に話を聞いた。
阪神・淡路大震災を機に整備された地震観測網
阪神・淡路大震災以後、地震学のアプローチはどのように変化してきたのでしょうか。
吉岡教授:
阪神・淡路大震災後の1995年7月に「地震防災対策特別措置法」が施行され、政府の組織として地震調査研究推進本部(地震本部)が設置されました。地震に関する調査研究などの成果を一元化し、社会に発信する組織です。それ以前は、地域ごとに拠点となる基幹大学が地震観測の役割を担っていたのですが、1995年を境に全国に基盤的地震観測網が整備され、すべてのデータを集約して地震情報が発信されるようになりました。
基盤的地震観測網の内訳としては、国立研究開発法人・防災科学技術研究所(防災科研)が高感度地震観測網(Hi-net)の観測点を全国に約1000カ所、およそ20km間隔で敷設しています。これは地下にあり、自動車や電車などのノイズを拾うことが少ないため、より正確な観測が可能になりました。併せて強震観測網(K-NET、KiK-net)の設置で、強い揺れを正確に観測できるようになりました。
また、国土地理院が中心となり、いわゆるGPS (全地球測位システム)に当たる「GNSS連続観測網」を全国約1300点に設置しています。この観測体制の整備により、プレート境界がゆっくりとすべる「スロースリップ」などの現象が見いだされるようになりました。
これらは陸域の観測網ですが、東日本大震災後には海域にケーブルを敷設して津波を観測できるシステムも整備されました。その一つが、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)で、北海道沖から千葉県の房総半島沖までの太平洋海底で地震計や水圧計から構成される観測装置を150点に設置しています。また、南海トラフで発生する地震や津波を観測するため、熊野灘、紀伊水道沖に地震・津波観測監視システム(DONET1、DONET2)も整備されました。これらはいずれも、防災科研が管理・運用しています。
こうした基盤的地震観測網は、世界でも類を見ない稠密(ちゅうみつ)な観測体制で、地下で起きている現象を瞬時に把握できるようになりました。
活断層のカルテづくりも進む
地震予知についてはどこまで研究が進んでいるのでしょうか。
吉岡教授:
日本には活断層が2000ほどあるとされているのですが、そのうち114の主要な活断層について地震本部でカルテづくりを進めています。
それぞれの活断層で、過去にいつごろ地震が起き、将来どのくらいの大きさの地震が起こるかという評価を行い、向こう30年の発生確率を発表しています。陸域の活断層についてはほぼ終わり、現在は海底活断層についても同様の評価が進められています。
地震予知は、いつどこで、どのぐらいのマグニチュードの地震が起きるかを予測するものですが、現在の地震研究は予知ができるレベルには達していません。ただ、基盤的地震観測網の整備により、何らかの動きがあれば検知して知らせるシステムづくりは進んでいます。
2024年8月に発生し、初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された日向灘地震に関しては、30年の間に70~80%の確率で大きな地震が起こると予測されていたので、今回、まさにそれが起きたということになると思います。
稠密な観測網が整備されたことで、具体的にどのようなことが分かるようになってきたのでしょうか。
吉岡教授:
高感度地震観測網(Hi-net)で得られた深部低周波地震という微動を詳しく調べた結果、四国の北西部から紀伊半島南東部を通って東海地方まで、南海トラフ巨大地震の想定震源域のプレート境界深部で、その微動の現象が帯状に見られることが分かりました。
また、先ほど触れたように、GNSS連続観測網によって「スロースリップ」の現象も把握できるようになりました。一般的な地震では、プレートの動きなどによって地下の岩盤に蓄積されたひずみエネルギーが解放され、断層が高速でずれ動いて揺れが生じますが、スロースリップはプレート境界の断層がゆっくり動く現象で、その動きはGNSS連続観測網でのみ観測できるものです。 1997年、九州と四国の間にある豊後水道下の海洋プレートが沈み込んでいるところで初めて確認され、以来、米国、カナダ、ニュージーランド、アラスカなど環太平洋地域でもスロースリップが確認されています。
スロースリップは数カ月から数年程度で変動する長期的なものと、2、3週間で変動する短期的なものがあります。このうち、短期的なスロースリップは深さ30~40㎞付近で起きるのですが、それは深部低周波微動が発生するところとほぼ重なっており、短期的なスロースリップの発生によって低周波微動が引き起こされるのではないかと考えられるようになりました。
深部低周波微動やスロースリップをコンピューターでシミュレーションすることによって、大地震の発生メカニズムやある程度の予測が可能になるかもしれない、と期待しています。
地下の温度構造からスロースリップを分析
スロースリップの研究にかかわるようになったきっかけは?
吉岡教授:
カナダの研究所に留学していた時に、カナダ西海岸でもスロースリップが起こっていると確認されたことから興味を持ち、データの解析を行うようになりました。
スロースリップは破壊の速度が遅いのですが、解放されるエネルギーは結構大きいということが分かってきました。スロースリップが起こると、その延長上のプレートの浅い部分でエネルギーが蓄積していくので、それが南海トラフ地震のような大きな地震の引き金になるかもしれないとも考えられています。
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の際は、3月11日に起きた地震の1カ月ほど前から異常なスロースリップが起きていたことが後になって分かっています。その結果を受け、南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合や地震発生の可能性が相対的に高まっていると評価された場合に発表される「南海トラフ地震臨時情報」でも、評価対象の一つとして異常なスロースリップが含まれています。
現在、力を入れている研究について教えてください。
吉岡教授:
スロースリップがどこでどのように起こるかという研究と並行し、コンピューターの3次元空間の中で、1500万年前からプレートがどういう方向にどのくらい沈み込んできたかといった動きを分析しています。また、Hi-netで得られる地球内部からの熱流量などのデータを分析し、地中の温度構造モデリングの研究も進めています。
その結果、従来地下30~40㎞の深さで起こると考えられてきたスロースリップが、深さではなく温度、つまり350℃くらいのところで起きているのではないかという考えに至りました。スロースリップと温度構造モデリングの研究の二刀流で、どこまでアプローチできるか分かりませんが、さらに研究を進めていきたいと思います。
予知を含め、地震をめぐる研究の今後ついて考えを聞かせてください。
吉岡教授:
南海トラフ巨大地震が今後30年以内に70~80%の確率で起こるという予測は、過去の発生履歴をもとにしたものです。高度な地震観測網が整備されてきた今、これらのインフラを活用して科学的に予測の精度を高めていくことができればよいと考えています。
ただ、地下で起きている現象は、宇宙で起きていることと同じように、分からないことがたくさんあります。地下でどのような現象が起きれば地震が発生するのか、ということが方程式のように分かればいいのですが、それが再現性のあるものなのか、そうではないカオスのようなものなのかさえもまだ分かっていません。それでもあきらめずにアプローチを続けていきたいと思います。
吉岡祥一教授 略歴
1985年、神戸大学理学部卒。1990年、京都大学大学院理学研究科地球物理学専攻、博士号取得。愛媛大学理学部助手、九州大学大学院理学研究院准教授などを経て、2009年から神戸大学都市安全研究センター、理学研究科教授。