鍬田泰子教授

災害時、水道、電気、ガス、通信などのライフライン網が被害を受けると、市民生活に大きな影響を及ぼす。強靭なライフラインを構築するためには、災害が地中の管路などに及ぼす影響を分析し、それを事前の設計に生かす対策が欠かせない。工学研究科の鍬田泰子教授(ライフライン地震工学)は、施設の強靭化の重要性に加え、被害が出ることを踏まえた対策、社会全体の意識醸成の必要性も指摘している。

 

 

阪神・淡路大震災で認知されたライフラインの重要性

ライフライン地震工学とはどのような学問領域ですか。

鍬田教授:

日本では、1923年に発生した関東大震災を契機とし、翌24年に改正された「市街地建築物法」で初めて耐震設計に関する基準ができました。その後、大規模な地震が起こるたびに新たな法制度、基準が定められてきました。

ライフライン分野では1970年代、成田国際空港の建設時に地下埋設物である燃料パイプラインを敷設する際に耐震設計が必要とされ、設計方法が確立されました。そして、水道やガス、通信などの地中に埋設されるライフラインは、市民にサービスを供給するという性質上、ハード面の設計だけではなく、ネットワークを構成するシステム全体の安全性も含めて考えるべきだという認識が広がり、ライフライン地震工学の分野が発展してきました。

ライフラインという言葉が一般の市民の間で認知されるようになったのは、1995年の阪神・淡路大震災からだと思います。震災当時、私は高校3年生で、自宅のある京都で揺れを経験しました。その後、神戸大学工学部に進学して土木分野を学び、特にライフラインに興味を持ちました。神戸の街が震災から復興していく様子を見ながら、耐震にかかわる研究に携わりたいと考えるようになりました。

阪神・淡路大震災がライフライン地震工学に与えた影響はどのようなものだったのでしょうか。

鍬田教授:

阪神・淡路大震災は、ライフラインの管路網が密に張り巡らされた現代都市で初めて起きた大震災でした。水道、電気、ガスなどのライフラインの施設だけでなく、道路や鉄道などのさまざまなインフラ施設も甚大な被害を受けたことを踏まえ、土木構造物の耐震設計の体系が大幅に見直されました。土木学会の提言で、構造物の供用期間中に1~2度発生する確率がある地震動(レベル1)と、供用期間中に発生する確率は低いが大きな強度を持つ地震動(レベル2)の設定がなされ、レベル2の地震動に対して構造物の重要度に合わせた要求性能を満たすことを目標に耐震設計を行うよう基準、指針類が改定されました。

また、指針改定以前は、水道管であれば管路の応力や継手変位が許容値を超えないように設計することが考えられていたのですが、改定以後は、ネットワークとしてどの程度断水するのか、さらに何日程度で復旧できるのか、というシステム全体の性能に着目するようになりました。指針の改定に合わせて、いわゆる性能設計の考え方が導入されるようになりました。

ライフライン地震工学の分野では、地下の管路網が地震の揺れによってどのような被害を受けたのかを地図上にマッピングし、空間的に被害を分析する研究が増え、私自身もそうした研究に従事するようになりました。阪神・淡路大震災以降、全国各地で大きな地震が発生し、地震の状況によってライフラインの被害も異なることから、それらの分析結果を踏まえて復旧や事前対策のあり方も変わってきました。

強靭化にはコストがかかり、料金にも反映される

ライフライン地震工学の分野から、防災・減災の課題はどこにあると感じていますか。

鍬田教授:

東日本大震災であらためて感じたのは、被害をゼロにすることは難しいということです。地震による外力が大きければ、どうしても被害は出てしまいます。地震後何カ月も断水が続くというような状態は避けなければなりませんが、多くの場合、1~2週間程度の断水であれば耐えざるをえないというのが現実です。

ライフライン事業者は市民に対し、インフラの強靭化ができているところを強調するのではなく、実はできていないところがあり、災害時には損傷することもあるという現状をありのままに共有、周知することが大切ではないかと思います。そして、市民もその現実を受け入れ、自分たちで相応の準備をしておくこと、すなわち被害が出ることを受容する社会になる必要があるのではないかと感じます。災害前にハード面の対応が十分進められず、災害時に復旧の遅れが想定される場合には、給水車を準備しておくなど、事前に体制を整えておくことも重要です。

水道の強靭化に関しては、施設の耐震化が未整備の地域が圧倒的に多いのが実情です。改修に多額の投資を要するという課題も考慮しておかねばなりません。安心、安全を求めれば、その分コストがかさみ、それが料金に反映されることも認識しておく必要があります。そうした点でも、社会全体の受容が必要であると感じています。

2024年の能登半島地震の被災地でも、水道の被害や復旧状況の調査をされましたね。

鍬田教授:

能登半島地震の被災地では、上水道の復旧が遅れ、地震発生から2カ月が経っても断水率が 50%を超えている状況にありました。浄水場や配水池、それらにつながる導水管、送水管といった水道の基幹施設が被害を受け、復旧に時間を要したことが大きな原因です。

以前から耐震化の必要性は叫ばれていましたが、水道の基幹管路は単経路のために更新が難しく、現実には耐震化がほとんど進んでいませんでした。

復旧に当たって考えなければならないのは、施設や管路を元通りに復旧すべきかどうかということです。従来の被災地では、原形復旧といって、同じルート、同じ口径、同じ耐震性の管で復旧する方法がとられてきました。しかし、今後過疎化が進み、人口がさらに減っていく状況では、水道施設を小規模にし、管の延長も短くしていくような手法に変えていく必要があるのではないでしょうか。全国で人口減少が進む中、コンパクトシティの考え方を前提にした新しいモデルを作っていかなければならないとも感じています。

 

道路網の光ファイバーケーブルを利用した研究も

現在、研究面ではどのような課題がありますか。

鍬田泰子教授(神戸市灘区の神戸大学)

鍬田教授:

近年の変化として、防災・減災対策の必要性がより叫ばれるようになり、地盤情報などがオープンデータ化される一方、ライフライン関係の情報が入手しづらくなっていることが挙げられます。以前は公開されていた地震時の被害状況などについても、安全確保や個人情報保護を理由として公開されない方向へと進んでおり、壁を感じています。

一方で新たな研究手法の開発も進んでいます。全国の国道の地下には道路管理などの目的で光ファイバーケーブルが敷設されているのですが、その光ケーブルをセンサーとして活用する地震観測の手法が広がっています。これまでのように地震計をいくつも配置するのではなく、既存の光ケーブルの伸び縮みから任意の地点の動的なひずみデータを収集することができ、非常に効率的です。こうしたデータを分析することにより、地中の管路の設計に生かせるのではないかと考えています。手始めに京都府内の国道9号線沿いで収集したデータを分析し、2024年1月からは神戸市内の国道43号線沿いでも計測をスタートしました。

今後の研究の方向性や目標を教えてください。

鍬田教授:

阪神・淡路大震災の直後は、多くの研究者がライフライン地震工学の分野に関心を持っていました。しかし、この30年で、技術者も研究者も減少してきています。耐震技術を開発・研究し、整備をしていくという時代を終え、維持管理の時代に移行しているからかもしれません。ただ、整備が終わったわけではなく、耐震技術もまだまだ研究の余地があります。

私自身はこれまで、災害に備えたバックアップ体制の構築や災害後の早期復旧に向けた対応など、どちらかといえばソフト面の研究に重点を置いていましたが、今後はハード面の研究をより深めていきたいと思います。地盤と埋設管の相互作用について実験したり、先ほど言及した光ファイバーケーブルの活用による調査・分析を進めたりすることによって、地域ごとのハザード、地盤、管路網の状況に合わせた性能設計を提案できるようにしたいと考えています。ハード、ソフトの両面からライフラインの強靭化をサポートすることができれば、と思っています。

鍬田泰子教授 略歴

1999年、神戸大学工学部卒。2004年、神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2004年、神戸大学工学部助手。2006年、同学部助教授。神戸大学大学院工学研究科准教授を経て、2023年から同研究科教授。

 

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