図1 西南日本のテクトニック図

アムールプレートに対し、フィリピン海プレートが北西方向に沈み込んでいる。本研究での対象地域は、豊後水道、東海地方、房総沖の3つ。

日本列島は、海洋プレートと大陸プレートの相互作用による地殻変動が活発な地域です。特に、豊後水道や東海地方、房総沖などの地域下にあるプレート境界では、スロースリップイベント(SSE※1)と呼ばれる、継続時間の長い非地震性のプレート間すべりが数年間隔で発生しています。神戸大学 大学院理学研究科惑星学専攻 博士課程前期課程1年の河端浩希氏と神戸大学 都市安全研究センターの吉岡祥一教授は、国土地理院が提供しているGNSS時系列データ※2を用いて、豊後水道や東海地方、房総沖で発生したSSEを解析し、その発生前後の歪の蓄積と解放の関連性を調査しました。

その結果、いずれの地域においても、SSEの発生前に蓄積していた歪の全てが解放されるわけではないということがわかりました。また、これらの歪の解放は、その直下のプレート境界のみで起こっているのに対し、歪の蓄積は、その領域で起こっているのみならず、プレート境界のより浅部側、すなわち、将来、海溝型巨大地震が発生する可能性がある領域でも起こっている可能性が高い、ということもわかりました。

この成果は、1月25日、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。

ポイント

  • スロースリップイベントは、巨大地震の発生と関連がある現象と考えられており、近年非常に注目されている現象の一つです。
  • 本研究では、豊後水道、東海地方、房総沖で過去に発生したスロースリップイベントを解析しました。
  • 歪の蓄積と解放は、地震の発生における根本的な現象であり、スロースリップイベントと歪の蓄積と解放の包括的な研究は、海溝型巨大地震(例えば、将来発生が懸念されている南海トラフ巨大地震)の発生メカニズムの解明にもつながると考えられます。

研究の背景

豊後水道や東海地方、房総沖などの地域下のプレート境界では、スロースリップイベント(SSE)と呼ばれる、継続時間の長い非地震性のプレート間すべりが数年間隔で発生しています。また、このようなプレート間すべりは、プレート境界に蓄積した歪が解放されることで発生し、これは地震発生の根本的なメカニズムの一つです。これまで、ある一つのSSEに注目した研究は多く行われてきましたが、複数の地域や期間のSSEを、歪の蓄積と解放の観点で研究した事例はありませんでした。SSEに関連した歪の蓄積と解放の関連性を調べることは、SSEの発生と関連があるとされている海溝型巨大地震の発生メカニズムを解明する上で重要です。本研究では、豊後水道、東海地方、房総沖で過去に発生したSSEを解析しました。

研究の内容

図2 GNSS観測点とSSEの大まかな発生場所

赤点が使用したGNSS観測点、青円がSSEの大まかな発生場所を表す。
(a) 2009-2011年豊後水道L-SSE
(b) 2018-2019年豊後水道L-SSE
(c) 2007年房総沖S-SSE
(d) 2000-2005年東海L-SSE

2000-2005年に発生した東海L-SSE※3、2007年に発生した房総沖S-SSE※4、2009-2011年、2018-2019年に発生した2つの豊後水道L-SSEの発生前後の歪の蓄積と解放の大きさや空間分布を、国土地理院が提供しているGNSS時系列データを用いて解析しました。その結果、SSEの発生域の地表面では、SSEの発生前後に顕著な歪の蓄積と解放が確認され、SSEが発生した際の歪の解放量は、いずれの地域においても、SSE発生前の蓄積量の半分以下となりました。

また、豊後水道L-SSEを対象に、解析結果をうまく説明するようなプレート境界での固着※5とすべりのモデルを求めたところ、SSEの発生には、その発生域だけでなく、プレート境界のより浅部側に位置する海溝型地震の発生域における歪の蓄積も関連しているということがわかりました。

図3 2018-2019年豊後水道L-SSEの発生前、発生時の変位と面積歪の空間分布

(a), (b)がL-SSEの発生前、(c), (d)が発生時を表す。
(a), (c)の矢印は変位、(b), (d)は面積歪を表し、青色と赤色は、それぞれ収縮と膨張の大きさを表す。

図4 観測結果をうまく説明するようなモデル結果

(a), (b)がL-SSEの発生前、(c), (d)が発生時を表す。
1,2の赤い長方形は固着を表す断層モデルの水平面投影、3の赤い長方形はL-SSE発生時のすべりを表す断層モデルの水平面投影を表している。矢印と面積歪は、それぞれの断層モデルで一様なすべりを与えた結果得られる地表での空間分布を示している。

今後の展開

スロースリップイベントは、通常我々が想像する地震とは異なり、人が直接揺れを感じるような現象ではありません。しかしながら、この現象は海溝型巨大地震の発生との関連性が指摘されており、特に豊後水道や東海地方のスロースリップイベントは、近い将来発生する可能性が懸念されている南海トラフ巨大地震や東海地震の前兆的なシグナルを検出するための重要な現象であると考えられます。日本列島の様々な地域のSSE発生に伴う歪の蓄積と解放の関連性を調査することで、プレート境界での固着状況や海溝型巨大地震の発生メカニズムの更なる解明につながると期待できます。

用語解説

※1 スロースリップイベント(SSE)
数年間隔で繰り返し発生する、プレート境界の一部がゆっくりとすべる現象。SSEはSlow Slip Eventの略。
※2 GNSS時系列データ
国土地理院が全国約1300か所に設置しているGNSS(Global Navigation Satellite Systemの略。全球測位衛星システム)観測点で得られる地殻変動の時間変化のデータ。
※3 L-SSE
長期的スロースリップイベント(Long-term Slow Slip Event)の略。数か月から数年の継続時間をもつプレート境界で起こるゆっくりとしたすべり現象。
※4 S-SSE
短期的スロースリップイベント(Short-term Slow Slip Event)の略。数日から数週間の継続時間をもつプレート境界で起こるゆっくりとしたすべり現象。
※5 固着
プレート沈み込み帯において、大陸プレートが海洋プレートに引きずられている状態のこと。固着が進行することでプレート境界に歪が蓄積する。

謝辞

本研究は、文部科学省科研費(21H05203)の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル
Strain accumulation and release associated with the occurrence of SSEs in the subduction zones of the Japanese Islands
DOI
10.1038/s41598-023-28016-1
著者
河端浩希1、吉岡祥一2, 1
1 神戸大学理学研究科惑星学専攻、2 神戸大学都市安全研究センター
掲載誌
Scientific Reports (Nature Publishing Group)

研究者