神戸大学大学院医学研究科の高橋裕准教授、松本隆作医学研究員、青井貴之教授らの研究グループは、世界で初めて先天性下垂体※1形成不全の患者由来のiPS細胞を用いた下垂体疾患モデルを作製し、その発症メカニズムの解明に成功しました。今後、他の下垂体疾患への応用と創薬が期待されます。

この研究成果は、12月17日(現地時間)に、米国科学誌『J Clinical Investigation』に掲載されました。

ポイント

  • 世界で初めてヒトiPS細胞を用いた下垂体疾患モデル作製に成功した。
  • 先天性下垂体形成不全※2の患者から疾患iPS細胞を作成し、下垂体に分化させたところ、患者の病気を試験管内で再現することができた。
  • 本疾患の原因遺伝子を同定し、この疾患モデルを用いて解析したところ、隣接する視床下部※3からの増殖因子FGF10の欠損がその原因であることを突き止めた。
  • 他の下垂体疾患への応用と創薬、新たな治療法の開発が期待される。

研究の背景

下垂体機能低下症の原因として先天性に下垂体形成不全を持つ患者はまれではなく、生涯のホルモン補充療法が必要です。また、そのような疾患の原因や発症メカニズムの多くは現在も不明です。

近年iPS細胞から様々な組織への分化誘導法が開発され、再生医療、疾患モデル作製、創薬に応用されています。最近、試験管内における下垂体/視床下部への分化誘導法が開発されましたが、下垂体疾患への応用はなされてきませんでした。これまでノックアウトマウス※4などの動物モデルはありましたが、ヒトとは表現型が異なることがあり、ヒトの良いモデルがないことがヒトにおける発症メカニズムの解明を妨げてきました。

そのような状況で数年前より私たちはiPS細胞を用いた下垂体疾患モデル作製とそれを用いた病因・病態解明に挑んできました (図1)。

図1

研究の内容

図2

先天性下垂体形成不全により出生後まもなくから下垂体ホルモン補充治療を行ってきた患者の血液からiPS細胞を作製し、試験管内で下垂体組織に分化する能力を解析したところ、正常のiPS細胞ではホルモン産生細胞まで分化できるのに対して、先天性下垂体形成不全を持つ患者由来のiPS細胞はホルモン産生細胞に分化できませんでした。その分化過程を詳細に調べた結果、下垂体分化に必要な転写因子LHX3が発現していませんでした (図2)。またこの患者の遺伝子をエクソーム解析※5で調べたところ、OTX2遺伝子に変異が同定され、これが原因の可能性が高いと考えられました。実際にこの患者由来のiPS細胞におけるOTX2遺伝子変異を修復したところ、正常な分化が回復したことから、本変異が原因であることを証明することができました。

下垂体は隣接した脳の一部である視床下部との相互作用によって分化、維持されています。本実験モデルには試験管内で下垂体と視床下部を同時に作ることができるという長所があります。それを利用して、今回の原因が視床下部にあるのか、下垂体にあるのかを、正常なiPS細胞と本研究における患者由来のiPS細胞のキメラ作製によって解析し、視床下部が原因であることを突き止めました。さらに視床下部の増殖因子を詳細に調べることによって、視床下部から分泌されるFGF10が下垂体におけるLHX3の発現に重要であることを見出しました。また、試験管内にFGF10を添加することによって表現型が正常なものへと回復したことからも、FGF10の欠乏が原因であることが示されました。

図3

これらのことから、OTX2遺伝子変異によって視床下部におけるFGF10が低下し、その結果、下垂体の前駆体である口腔外胚葉におけるLHX3発現が低下しアポトーシスによる細胞死が起こることによって、下垂体形成不全が発症したというメカニズムが新たに明らかになりました (図3)。

これらの詳細な発症メカニズムの解明は動物モデルでは困難であり、今回、ヒトiPS細胞の下垂体疾患モデルを用いることによって初めて明らかになったものです。

今後の展開

本研究で疾患特異的iPS細胞※6が下垂体疾患の病因・病態解明に有用であることが示されました。また、ヒトの下垂体分化過程解明にも有用と考えられます。

現在、本研究チームはすでに他の下垂体疾患(自己免疫疾患、下垂体腫瘍)にこの手法を応用し、病因・病態解明と創薬を目指して取り組んでいます。特に、私たちが発見しその原因を見出した自己免疫性下垂体疾患の一つである「抗PIT-1抗体症候群※7」の疾患モデル作製を進めており、すでにヒト下垂体に抗原であるPIT-1タンパクの抗原エピトープ※8が提示されることを示しています。下垂体疾患は難病の一つですが、原因不明なものが多く、この手法を応用することによってさらに多くの下垂体疾患の原因解明と治療法の開発が可能になると考えられます。

図4

用語解説

※1 下垂体

脳の下部にある内分泌器官。前葉と後葉からなり、さまざまなホルモンの分泌を行う。これらのホルモンが分泌されないと生命が維持できない。

※2 先天性下垂体形成不全

遺伝子の異常によって先天性に下垂体が正常に形成されずに下垂体機能低下症をきたす疾患で、生涯のホルモン補充療法が必要となる場合が多い。

※3 視床下部

生体の恒常性維持の中枢であり、下垂体とは茎でつながっている。視床下部ホルモンによって下垂体ホルモンを調節する。発生期には様々な因子を産生することによって下垂体の分化を調節している。

※4 ノックアウトマウス

人為的に特定の遺伝子を破壊したマウス。注目する遺伝子の働きを研究するために利用される。

※5 エクソーム解析

ヒトゲノムのうち、たんぱく質をコードする領域を全て解析する手法。

※6 疾患特異的iPS細胞

特定の病気を持った患者から作製したiPS細胞。これを用いて様々な疾患における原因究明や治療法の開発などの応用が行われている。

※7 抗PIT-1抗体症候群

私たちが発見し報告した下垂体機能低下症をきたす疾患。自己免疫によって発症し、成人期にGH, TSH, PRLが特異的に欠損する。GH, TSH, PRL産生細胞に必須の転写因子PIT-1を認識する細胞障害性T細胞によって下垂体が障害される。胸腺腫などを合併するが詳細な発症機序はまだ不明である。

※8 エピトープ

抗体が認識して結合する、抗原の一部分のペプチド。

謝辞

共同研究者の名古屋大学 須賀英隆博士、慶應義塾大学 長谷川奉延教授、成育医療センター 鳴海覚志博士、関西医大 六車恵子教授、神戸大学 小川渉教授に深謝申し上げます。

本研究は、AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム研究拠点Ⅱ研究代表者)、文科省科研費基盤B、挑戦的萌芽、上原記念財団、内藤記念財団の支援を受けました。

論文情報

タイトル

Congenital pituitary hypoplasia model demonstrates hypothalamic OTX2 regulation of pituitary progenitor cells

DOI

10.1172/JCI127378

著者

Ryusaku Matsumoto, Hidetaka Suga, Takashi Aoi, Hironori Bando, Hidenori Fukuoka, Genzo Iguchi, Satoshi Narumi, Tomonobu Hasegawa, Keiko Muguruma, Wataru Ogawa, Yutaka Takahashi

掲載誌

J Clinical Investigation

研究者