北海道大学総合博物館の首藤光太郎助教、神戸大学大学院理学研究科の末次健司准教授、北海道札幌市在住の田島裕子氏らによる研究グループは、北海道札幌市内に生育するツツジ科イチヤクソウのアルビノ (白化個体) を報告しました。本研究は第一発見者である田島氏がTwitterに写真を投稿し、首藤助教が投稿を発見したことから始まり、形態調査と葉緑体DNA*1の塩基配列によって、発見した個体がイチヤクソウであること、葉緑素量とクロロフィル蛍光*2の測定によってアルビノであることを確認し、安定同位体比*313Cとδ15N) から発見した個体の栄養状態が評価されました。

光合成を行わず地中の菌根菌から有機物を得て生活する菌従属栄養植物は、その進化過程に謎が多い植物として知られています。光合成と菌への寄生の両方を行う種 (部分的菌従属栄養植物) に稀に見られるアルビノは、被子植物ではラン科のみに知られ、菌従属栄養植物の進化過程を研究するために有用な研究材料として様々な研究で用いられています。今回の発見により、部分的菌従属栄養植物のアルビノが、ラン科以外の被子植物からは初めて報告されました。これまでラン科のアルビノを用いて進められてきた研究が、系統的に離れたツツジ科でも進展することが期待されます。

本研究成果は、2020年4月18日 (土) 公開のAmerican Journal of Botany誌に掲載されました。また、本研究で引用した証拠標本が、2020年3月6日に発売された書籍『北大総合博物館のすごい標本 (北海道新聞社刊) 』に掲載されています。

ポイント

  • ラン科以外の被子植物から初となる、イチヤクソウのアルビノを北海道札幌市内で発見。
  • アルビノ (白化個体) は、菌従属栄養植物の進化過程を研究する上で有用な研究材料。
  • アルビノ個体を利用した菌従属栄養植物の進化の研究進展に期待。
左:通常のイチヤクソウ (2017年6月30日新潟県佐渡市で撮影)
右:アルビノのイチヤクソウ (2018年7月18日札幌市内で撮影)

背景

菌従属栄養植物 (いわゆる腐生植物) は、光合成を行わずに地中の菌類から有機物を得て生活する植物です。最も近縁な緑葉をもつ植物と比べても特殊な形態・生態をもち、多くの場合系統的にかけ離れていることから、両者間の比較が困難で、進化過程の解明が難しい植物群として知られています。

そこで、菌への寄生と光合成の両方を行って生活する種 (部分的菌従属栄養植物) で稀に見られる全体が白化した個体 (アルビノ) が、菌従属栄養植物の進化過程を解明する材料として活用されてきました。アルビノを用いることで、菌への寄生に完全に依存した個体と、光合成と菌への寄生の両方を行う個体間を同種内で比較できるようになります。通常の植物は光合成をしないと生きていけませんが、このようなアルビノは菌への寄生を行っているため生活することが可能です。ただし、菌従属栄養植物は植物の多くの科で見られ、複数回にわたって進化したのに対し、このようなアルビノは被子植物ではラン科でしか報告されていませんでした。

2018年1月、第一発見者である札幌市在住の田島裕子氏が、市内で撮影したイチヤクソウ属 (ツツジ科) の写真をTwitterにアップロードしました。この写真を見た首藤助教が通常緑色であるはずの葉が白色であったことからアルビノであることを疑い、末次准教授らとともに研究を開始しました。イチヤクソウ亜科は、国内ではラン科に次いで多くの部分的菌従属栄養生活を営む種が多いことでも知られており、アルビノが出現しても不思議ではありません。事実、イチヤクソウ属のアルビノの写真はこれまでも数例がWeb上にアップロードされており、首藤助教と末次准教授が長年にわたり実物を探してきましたが、希少であることから発見に至っていませんでした。

本研究では、① 発見したイチヤクソウ属の種名を明らかにすること、② 本当にアルビノであるか確かめること、③ アルビノの栄養状態 (どの程度菌から栄養を得ているか) を確かめることを目的としました。

研究手法

① 種名を確かめるために、葉や花の形態観察と葉のサイズを測定し、葉緑体DNAの塩基配列を決定しました。

② 白色のイチヤクソウ属が光合成を行っていないことを確かめるために、クロロフィル蛍光と葉緑素量を測定し、周囲に生えていた、部分的に菌従属栄養を行う普通のイチヤクソウや光合成のみを行って生活するコナラ属のものと比較しました。

③ 白色のイチヤクソウ属が菌から炭素や窒素をどの程度得ているかを評価するために、葉と花の安定同位体比 (δ13C及びδ15N) を測定し、この値を周囲に生育する普通のイチヤクソウや、光合成のみを行うヨモギやコナラ属などと比較しました。

研究成果

図1. 発見したアルビノ個体と周辺に生育する植物の安定同位体比δ13C及びδ15N

(Shutoh et al. 2020より許可を得て転載)
黒四角:アルビノの葉,黒丸:アルビノの花,灰四角:普通のイチヤクソウの葉,灰丸:普通のイチヤクソウの花,白三角:ウメガサソウの葉,白菱:光合成のみを行う植物 (ヨモギ,コナラ属など)。
エラーバーは標準偏差を、灰点線は光合成のみを行う植物の平均値を示す。

発見したイチヤクソウ属は、形態と塩基配列からイチヤクソウPyrola japonica Klenze ex Alef.であることがわかりました。ただし、周囲に生育する普通のイチヤクソウよりも花が少なく、小型の葉をもち、花茎が短い傾向が見られました。アルビノとなったことで栄養不足になったことが影響している可能性があります。クロロフィル蛍光と葉緑素量は、光合成のみを行う植物や普通のイチヤクソウでは正常な値を示したものの白色のイチヤクソウ属では0か計測器の検出限界値未満を示し、ほとんど光合成を行っていないアルビノであることが証明できました。アルビノ個体のδ13Cは周囲の普通のイチヤクソウよりも高い値を示し、より菌へ依存していることが推定できました (図1)。

本研究により、部分的菌従属栄養植物のアルビノを、ラン科以外の被子植物から初めて報告することができました。計測したアルビノ株の安定同位体比 (δ13Cとδ15N) は、イチヤクソウ属における完全菌従属栄養状態の参照値として用いることができます。論文では、得られた値をもとにアルビノやイチヤクソウ属の他種の菌への依存度についても議論しています。

本研究で引用した証拠標本が、2020年3月6日に発売された書籍『北大総合博物館のすごい標本 (北海道新聞社刊) 』に掲載されています。興味のある方は、ぜひこちらもご覧ください。

今後への期待

この発見により、これまでラン科で進んできたアルビノを利用した研究が、ツツジ科でも進めることができるようになります。菌従属栄養植物の進化の解明していくためには、複数の系統で進化を比較していくことが重要であり、本発見は大変意義深いといえます。

用語解説

※1 葉緑体DNA

細胞内の葉緑体がもつDNAで、被子植物では母系遺伝する。植物では,種同定のためにしばしば用いられる。

※2 クロロフィル蛍光

光合成に使われず放出された光エネルギーを測定することで、光合成反応が正常に行われているか評価することができる。

※3 安定同位体比

同じ原子番号を持つが質量数が異なる核種のうち、放射壊変しない原子 (安定同位体) の存在比を評価したもの。菌類で重い安定同位体の割合が大きくなる性質を利用して、菌従属栄養植物の炭素源や窒素源がどの程度菌へ依存しているか推定することができる。

論文情報

タイトル

Evidence for newly discovered albino mutants in a pyroloid: implication for the nutritional mode in the genus Pyrola
(イチヤクソウ属で新たに発見されたアルビノ変異体及び同属の栄養状態との関係)

DOI

10.1002/ajb2.1462

著者

首藤光太郎1,田島裕子2,松林 順3,陀安一郎4,加藤 将5,志賀 隆5,末次健司6

(1 北海道大学総合博物館,2 北海道札幌市,3 日本学術振興会特別研究員,4 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所,5 新潟大学教育学部,6 神戸大学大学院理学研究科)

掲載誌

American Journal of Botany (アメリカの植物学専門誌)

関連リンク

研究者