有機無機ペロブスカイト注1) は次世代の太陽電池・発光デバイス材料として注目されています。今回、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士 准教授と大学院理学研究科の狩俣出 大学院生 (研究当時) の研究グループは、ペロブスカイトナノ結晶注2) のハロゲン化物イオンを、形状と発光効率を維持したまま完全に入れ替えることに成功しました。また、1粒子レベルの発光観測などから、発光挙動や結晶構造が時々刻々と変わる様子をとらえることで、イオン組成を制御するための指針を得ることができました。

これらにより、様々な組成を持つペロブスカイトの合成やそれらを用いたデバイスの開発が進むことに加え、構造の柔軟性を活かした新しい機能性材料の創製やデバイス応用が期待されます。

本研究成果は、令和2年10月19日 (現地時間) にドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で公開されました。

研究の背景

有機ハロゲン化鉛ペロブスカイト (例えば、CH3NH3PbX3 (X = Cl, Br, I) ) に代表される、いわゆる有機無機ペロブスカイトは、高効率な太陽電池材料として世界の注目を集めています (図1) 。また、ハロゲン化物イオンの種類や組成を変えることで発光色を調整できることから、ディスプレイやレーザーなどの発光デバイスへの応用も期待されています。一方で、結晶中のハロゲン化物イオンは室温でも動き回ることが知られており、この高い柔軟性が、合成の再現性やデバイスの耐久性を低下させる要因となっています。

図1. 有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトにおけるイオン挙動

溶液中の臭化物イオン (Br) は結晶中のヨウ化物イオン (I) と容易に交換できる。結晶中のハロゲン化物イオンはハロゲン原子が抜けた孔を介して動き回る。

研究の内容

本研究では、自作のフローリアクター注3) を用いて、CH3NH3PbI3ナノ結晶と液中Brイオンの交換反応を精密に制御することで、形状と発光効率を維持したまま、CH3NH3PbBr3ナノ結晶に変換することに成功しました (図2) 。

結晶内部でどのように反応が進行しているのか、を知ることは合成技術を確立するうえで重要です。そこで、ひとつひとつのナノ結晶が反応する様子を、蛍光顕微鏡を用いて観測したところ、CH3NH3PbI3由来の赤色発光が完全に消えた後、数十秒から数百秒経ってから、突然、CH3NH3PbBr3由来の緑色発光が生じることがわかりました (図2上) 。X線をもちいた構造解析の結果もふまえると、Brイオンが結晶内部のIイオンと置き換わりながら表面にBrを多く含む層を形成し、その後、徐々に内部に移動していることがわかりました。発光が観測されなくなる理由は、イオンが組み変わる際に内部の結晶構造が部分的に乱れ、発光するためのエネルギーを失うためだと考えられます (図2下) 。その後、粒子内部でCH3NH3PbBr3の結晶核が形成し、それらが協同的に成長することで、突発的に緑色発光が生じます。

これらの結果から、有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトの精密合成を成功させる鍵のひとつは、ナノメートルのスケールで起こる結晶構造の組み換えと再構築を時間的に分離することにあるといえます。

図2

(上) フローリアクターを用いたハロゲン交換反応の1粒子発光観測。結晶形状と発光効率を維持したまま、発光色が赤から緑に変化する。
(下) ハロゲン交換による構造変化のイメージ図。無発光状態は内部の乱れた構造 (欠陥) によって光照射で生じた電荷が失活したことに起因する。

今後の展開

今回、ペロブスカイトナノ結晶で観測された構造変換過程は、イオン交換に基づくナノ材料合成全般に関係していると考えられることから、さらなるメカニズムの解明が望まれます。また、有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトの柔軟性はネガティブな印象がありますが、その特徴を活かし、環境や外部刺激に応答する新しい材料・デバイスへの応用展開も期待されます。

用語解説

注1) 有機無機ペロブスカイト
有機物と無機物のイオンからなるペロブスカイト型化合物。代表的な有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトは、有機イオン、ハロゲン化物イオン、鉛イオンからなる。一般に、ペロブスカイトとはチタン酸カルシウム (CaTiO3) のように、ABO3 (Aは2価、Bは4価の金属イオン) であらわされる化合物の総称である。
注2) ナノ結晶
ナノ (10−9) メートルスケールの微結晶。10−9m = 10億分の1m。本研究では約90ナノメートルの結晶を用いた。
注3) フローリアクター
複数の液体を流しながら反応を行うことができる微小流通式反応器。本研究では、カバーガラス上にナノ結晶を固定し、ヨウ化物イオンを含む溶液を流しながら交換反応の発光観測を顕微鏡下で行った。

特記事項

本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究 (B)」(課題番号:JP18H01944)、「新学術領域研究 (研究領域提案型)」(課題番号:JP18H04517、JP20H04673) の支援を受け実施しました。

論文情報

タイトル
In Situ Exploration of the Structural Transition during Morphology-and Efficiency-Conserving Halide Exchange on a Single Perovskite Nanocrystal
(単一ペロブスカイトナノ結晶の形状・効率保存ハロゲン交換反応における構造転移のその場探査)
DOI
10.1002/anie.202013386
著者
Izuru Karimata, Takashi Tachikawa
掲載誌
Angewandte Chemie International Edition

研究者