神戸大学大学院医学研究科健康創造推進学分野の田守義和特命教授らの研究グループは、肥満の原因として、現在の個人の社会経済的な状況の他に、子供時代の経験、とくに被虐待体験が関わっていることを、2万人を対象としたアンケート調査(最終有効数5425件)に基づく研究で明らかにしました。

 従来、肥満は「生活習慣改善のための個人の努力の不足」という視点で捉えられがちでしたが、今回の研究で、女性では、経済的状況や教育といった社会環境などの他に、子供時代の経験、とくに被虐待体験が成人後の肥満と関係する事が明らかとなりました。

 虐待防止の取り組みの推進など、子供の福祉の増進は、成人の肥満の予防にも繋がる可能性があります。

 この研究成果は、11月25日午後2時(米国東部標準時)に科学雑誌「PLOS ONE」に掲載されました。

ポイント

  • 神戸市民2万人を対象に行ったアンケート調査(最終有効数5425件)の解析で、女性では、肥満は個人の社会・経済的な背景(婚姻の有無、経済的状況、学歴、子供時代の親からの被虐待体験など)と関連した。
  • 男性では同じような関連はみられなかった。
  • 子供時代の被虐待体験と成人後の肥満との関連は、今回初めて明らかとなった事実である。
  • 女性の肥満は社会経済的状況の影響も受けており、肥満予防のためには、医学的取り組みだけではなく、行政も含めた社会的な観点からの介入も重要であることが分かった。

研究の背景

 肥満は過食・運動不足といった生活習慣を背景に世界で増加しており、日本でも成人男性の約3人に1人、女性では約5人に1人が肥満です。肥満は2型糖尿病、脂質異常症、高血圧、心臓病、脂肪肝、脳梗塞、睡眠時無呼吸などさまざまな疾患の原因となり健康寿命を縮めます。

 肥満は生活習慣と深く関連しますが、個人の持つさまざまな社会的背景も肥満に影響することが海外からは報告されてきました。しかし、日本国内の調査研究についてはこれまであまり行われておらず、海外とは人種的・文化的な背景の差もあるため、日本国内の調査に基づいた肥満と社会的背景の関連の解明が求められていました。

 個人の持つ社会的背景と肥満との関連が明らかとなれば、肥満の予防や対策の推進に大きく寄与すると考えられます。

研究の内容

 神戸市は市民の健康状況を把握するため、2018年に20歳以上65歳未満の市民2万人を対象に生活状況や健康課題に関するアンケート調査を行いました。田守特命教授らは、このアンケート調査の有効回答のうち本研究へのデータ利用許可を得た5425件の結果をもとに、「万病の元」と言われる肥満がどのような個人の生活背景と関連するかを検討しました。

 肥満の割合は女性(10.6%)よりも男性(27.2%)に多く、これは日本全体での傾向と同じでした。肥満と関連する社会生活背景について検討したところ、女性では、肥満者と正常体重者の間で、雇用状況、世帯の経済的状況、学歴、中学高校時代のクラブ活動、15歳の時の経済的な状況、子供時代の逆境経験といった項目で差がありました。さらに、肥満の成立に影響すると予測されるのは、婚姻状態、世帯の経済的状況、学歴、子供時代の逆境経験でした(図1)。一方、男性では調査したいずれの項目でも統計学的な差がありませんでした(図2)。

 子供時代の逆境体験の具体的な内容としては、親からの身体的暴力、食事や衣服を適切に与えられない事、親からの侮辱や暴言によって心が傷ついたこと、などが挙げられました (図3)。

 今回の研究で、肥満自体は男性に多いものの、女性では肥満の発症に個人の生活背景が深く関わっていることが明らかとなりました。特に子供時代の被虐待体験が成人女性の肥満と関連することが示されたのは日本においては初めてです(注1)

図1 肥満に対するリスク比(女性)
グラフ内の項目すべてに統計学的な差が認められた。
図2 肥満に対するリスク比(男性)
すべての項目で統計学的な差は認められなかった。
図3 図1の項目「子供時代の逆境」の肥満リスク比詳細
女性では肥満への関連は「両親からの虐待」のみ統計学的な差が認められた。

この研究の意義と今後の展開

 先進国においては、女性では、収入や学歴などの社会・経済的な状況が肥満と関連すると報告されていました。今回の研究では、日本の代表的な都市の1つである神戸でも、女性の肥満は社会経済的な背景と関連することがわかりました。

 肥満は従来、食べ過ぎや運動不足が主な原因で、その根底には、個人の努力の不足や意志の弱さがあるという視点で捉えられがちでした。しかし、女性においては、個人の置かれた社会的背景も肥満の成り立ちに関連していることが示され、肥満対策においては、社会的な観点からの介入も重要なことが明らかとなりました。

 日本では児童の虐待相談件数が増加しています。児童虐待に対する取り組みの強化などを通じて、児童福祉の増進を図ることは、肥満の予防にも繋がる可能性が示されました。

補足説明

(注1)
海外では子供時代の被虐待経験(肉体的、精神的、性的虐待、ネグレクト)が成人後の肥満だけでなく、喫煙習慣の増加など全般的な不健康状態に繋がることが報告されています。虐待を経験すると、脂肪や糖質の多い、口当たりの良い食べ物に対する依存が起きやすくなったり、ストレスを受けたときに過食に走りやすくなったりすると考えられています。

研究者コメント (田守義和特命教授)

 体重に関する感じ方には男女で差があり、女性は男性に比べ、「やせ」を「美や健康」と結びつけやすい傾向があります。「美や健康」の追求のためには、社会経済的な余裕が必要であるため、社会経済的要因は女性の肥満により強く影響を与える可能性があります。また小児期の生育環境は、社会経済的要因とは別に、ホルモン分泌などの「体の変化」(生体機能変化)を通じて「肥満しやすさ」を生む可能性があります。このような変化の実態は明らかではありませんが、その影響が男女間で異なることもあり得ると考えられます。

論文情報

タイトル
Sex difference in the association of obesity with personal or social background among urban residents in Japan
DOI:10.1371/journal.pone.0242105
著者
Shun-ichiro Asahara1,2, Hiroshi Miura2, Wataru Ogawa2, Yoshikazu Tamori1,2*
1神戸大学大学院医学研究科 地域社会医学・健康科学講座 健康創造推進学分野
2神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 糖尿病・内分泌内科学部門
* Corresponding author.
掲載誌
PLOS ONE

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