神戸大学大学院国際協力研究科の柴田明穂教授と英国ダーラム大学のRomain Chuffart博士課程院生(当時神戸大学PCRC学術研究員)が招へい編者として編さんした、北極資源開発の持続可能性を探究する10本の論文が、ケンブリッジ大学出版会発刊の極域研究専門誌『Polar Record』の特別号としてオンライン掲載されました。

ポイント

  • 柴田教授の企画の下、北極域研究推進プロジェクト(ArCS, 2015-2020年)および北極域研究加速プロジェクト(ArCS II, 2020-2025)の学際的研究成果として、北極資源開発の持続可能性を探究する10本の論文が、歴史と権威ある極域研究専門誌Polar Recordの特別号としてまとめられ、2020年12月に完結した
  • 国際法学者、政治学者、雪氷科学者、資源開発公社に勤める専門家の論考が含まれており、Polar Record誌に、統一テーマの下でこれだけ多くの日本人研究者の学際的な研究論文がまとまって公表されたのは初めて
  • ArCSおよびArCS IIの下で進められている北極国際法政策に関する国際共同研究及び若手育成事業の成果でもあり、共同編者にイギリスの博士課程院生が、執筆者にアイスランドとカナダの北極国際法研究者、マレーシアとフィンランドの若手研究者が名を連ねている

掲載概要

Polar Record

極域協力研究センター(PCRC)は、ArCSおよびArCS IIの実施機関として神戸大学大学院国際協力研究科に設立され、2018年12月に第4回国際シンポジウムを開催しました。今回、このシンポジウムにおける研究報告を基礎とする学術論文を中心に、北極における石油・ガスなどの鉱物資源開発をめぐる学際的な研究成果を、ケンブリッジ大学出版会発刊の歴史と権威ある極域研究専門誌Polar Recordの特別号としてまとめ、2020年12月に完成を見ました。

今回の特別号の企画は、2019年2月に柴田明穂教授(PCRCセンター長、ArCS II国際法制度課題研究代表者)とRomain Chuffart博士課程院生が招へい編者として提案し、採用されたものです。すべての論文の査読が完了し、提案から1年半を経て、この度完結しました。

2018年12月にPCRCが開催した国際シンポジウムの様子

この特別号には、北極における鉱物資源開発を巡る国際法学者、政治学者、雪氷科学者、資源開発公社に勤める専門家の論考が掲載されています。主たる検討の題材として、国際政治的にも国際法的にもその動向が注目を集めているグリーンランドにおける鉱物資源開発と、日本も2018年から参画しているロシア・ヤマル地方の液化天然ガス(LNG)開発が取り上げられています。これらの論考では、北極での資源開発の実行が、国際的あるいは地域的な持続可能な開発に関わる国際規則や制度にいかに貢献しているか、という視点から読み解かれており、また、非北極圏国や北極外で活動する諸アクターらが有する外的視点からも、北極の資源開発の実行の法的側面に考察が加えられているため、本特別号はこれまでにない貴重な成果となっています。

掲載内容

持続可能な開発(sustainable development)の概念は、国際法において経済的・社会的発展と環境の保全とを調和させるための手段として位置づけられており、また、北極での持続可能な資源開発をいかにして実現するかは、今日、重要な課題となっています。この課題に取り組むため、本特別号は、特に鉱物資源開発に着目し、その持続可能な開発に資する国際規範と手続の内容、実施とその実効性を広く検証することを目的としています。

本号の序盤では、北極に関連する国際法についての理論的考察に焦点を当てます。柴田教授とChuffart院生は、北極に関連する国際法規範がより包括的かつ体系的に捉えられるような理論的枠組みを提示することを目的として、北極に適用される国際法の規則、原則、手続を統合する持続可能性の原理(principle of sustainability)の可能性を取り上げており、自然や生態系、文化的・社会的特徴といった複数の要素が絡み合う北極においては、こうしたアプローチは特に必要とされています。柴田教授らは、北極における持続可能な鉱物資源開発を実現するために、持続可能性の原理が、いまだ断片的にとどまっている国際法規範を相互に関連付けて統合・体系化する潜在的機能を有しているとともに、環境影響評価(EIA)がこの統合を円滑化する可能性を明らかにしています。

このような基礎理論的考察を踏まえ、本号の中盤ではグリーンランドにおける鉱物資源開発を題材とする論考を展開しています。北海道大学北極域研究センターの高橋美野梨助教は、北極における持続可能な鉱物資源開発の具体的形態として、グリーンランドにおける石油、ガス、鉱物といった非生物資源の開発の実行に着目しています。そこでは、この実行によって、従来開発を押し付けられ主体性が受動的と認識されてきた先住民族が、開発に積極的に関与してイニシアティブをとり、自然と天然資源と共生する視点を開発に内在化させる傾向を示している事実が描き出されています。また、北海道大学低温科学研究所の杉山慎教授は、地球温暖化によって引き起こされる氷河の融解とそれによる海洋の変化が、グリーンランド沿岸地域の経済、産業および人々に及ぼす影響を、フィールドワークの実施により検証しており、北極における持続可能性の原理に基づくアプローチの必要性が再確認されています。

他方で、北極の鉱物資源開発の経済的側面についても、持続可能な開発の観点から考察を加えています。小樽商科大学の小林友彦教授は、北極における資源開発と海上輸送が今後より活発化することを踏まえ、世界貿易機関(WTO)の加盟国のうち、一部の加盟国間で合意することにより柔軟な規制を可能にするクリティカル・マス方式(critical mass agreements)に基づいた補助金の国際的規制の活用による、航行の安全と環境保全を確保するアプローチを提言しています。ここでは、北極における持続可能な資源開発を実現する上で、北極に関わる複数の国際法規範間での相互作用が念頭に置かれ、国際貿易法の新たな役割が照らし出しされています。また、石油天然ガス・金属鉱物資源機構の原田大輔は、近年加速しているロシアによる北極の鉱物資源開発が、ロシアの経済政策の要として可能性を秘めていることを国際情勢も交えて確認する一方、鉱物資源の持続可能な開発に照らし、潜在するリスクと克服すべき課題を整理し、北極海航路における氷の状況の変化に伴う不確定性と、資源開発を担う民間企業による環境保全および事故防止策の必要性などを指摘しています。

雑誌情報

掲載誌
Polar Record 第56巻 特別号「北極資源開発における持続可能性と国際法」(2020年)
所収論文のタイトルと著者
  1. 編集前記 (Romain Chuffart and Akiho Shibata)
  2. 統合原則としての持続可能性:北極資源開発における国際法の役割 (A. Shibata and R. Chuffart)
  3. 北極天然資源開発をめぐる国家の裁量の明確化において相当の注意が果たす役割に関する考察 (Nigel Bankes)
  4. グリーンランドにおける天然資源ガバナンスへの国際法の影響 (Rachael Lorna Johnstone)
  5. 自決権概念をめぐる謎解きとそのグリーンランドへの示唆 (Dorothée Céline Cambou)
  6. グリーンランドにおける非生物資源開発の概略 (Minori Takahashi)
  7. グリーンランドにおける日本の実地調査を通じて:変化する自然環境とその人間社会への影響 (Shin Sugiyama)
  8. 北極における持続可能な資源開発:環境に悪影響を及ぼす補助金を抑制するための輸出貿易協定の活用 (Tomohiko Kobayashi)
  9. 北極における投資に関するソフトロー文書と持続可能な開発 (Kong Soon Lim)
  10. ロシアによる近年の北極での石油ガス開発の加速を背景として:可能性、進行中の計画および課題(Daisuke Harada)

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