神戸大学バイオシグナル総合研究センターの上山健彦教授と京都府立医科大学の内耳研究グループは、独自に開発した遺伝子改変マウスを用いて、内耳蝸牛(ないじかぎゅう)※1での活性産生の発生源細胞(Nox3※2発現細胞)を特定しました。この活性酸素産生細胞数が、加齢、騒音や聴毒性薬剤により増加し、加齢(老人)性、騒音性、薬剤性難聴を引き起こすことを明らかにしました。更に、Nox3発現を消失した遺伝子改変マウスでは、上記3種の難聴発症が抑制されました。

今後、蝸牛での活性酸素の除去、活性酸素産生の抑制、Nox3の機能阻害などの方法により、世界初の難聴治療薬の開発が期待されます。

この研究成果は、米国東部時間2021年4月12日13時、北米神経科学会発行の学術誌 Journal of Neuroscience に Early Release として掲載されました。

ポイント

  • 内耳特異的に発現するNADPH oxidase 3 (Nox3)が、内耳のどの細胞に、いつ・どのように発現するかは不明だった。本研究チームは、独自に開発した遺伝子改変マウスを用いて、内耳でのNox3の発現細胞と発現様式を世界で初めて明らかにした。
  • Nox3発現細胞は、加齢に伴い徐々に、また、騒音や聴毒性薬剤により急激に、増加することを発見した。
  • Nox3を発現できなくした(Nox3ノックアウト)マウスを作製すると、このマウスでは、加齢性、騒音性、薬剤性難聴の発症が抑制された。特に、加齢性難聴と薬剤性難聴で著明であった。
  • Nox3の発現や活性を抑制する薬剤を開発出来れば、上記のような対象患者数が多い後天性難聴の主要なタイプの何れにも効果のある難聴治療法開発に繋がる。

研究の背景

感音難聴(難聴)※3は、感覚神経障害中最も多い疾患であり、世界人口の約5%が何らかの聴覚障害を抱えていますが、根本的薬物治療法がない難病です。

加齢(老人)性難聴は、65歳以上の25-40% に発症すると言われており、日本国内のみでも約1000万が罹患しています。騒音性難聴は、依然退役軍人にとっての重大な後遺症の1つでありますが、更にスマートフォンなどの携帯メディアプレーヤーの普及による大音量の過剰な音響暴露によって、12~35 歳の若者の約半数(11 億人)が将来的な騒音性難聴のリスクに晒されているとの提言が2019年、WHOによりなされました。薬剤性難聴は、抗癌剤、抗生物質、利尿剤や鎮痛解熱剤の使用により起こります。このように現代社会において難聴の患者数は増加しており、治療薬開発が喫緊の課題になっています。

難聴発症に活性酸素が関与し、その発生源が、ヒトで7種類存在する活性酸素産生酵素(NADPH oxidase: Nox)のうち内耳特異的に発現するNox3との報告はこれまでにありましたが、Nox3が聴覚を司る内耳蝸牛のどの細胞に、いつ・どのように発現し、どのようなメカニズムで難聴を引き起こすのかは、不明でした。

研究の内容

図1: 内耳蝸牛コルチ器※6内でのNox3発現細胞と模式図(蝸牛軸に平行な断面)

12か月齢(ホモNox3-Cre+/+;tdTomato)マウスの内耳蝸牛コルチ器の切片(上段、蝸牛軸に平行な断面)とその模式図(下段)。外有毛細胞と内有毛細胞、種々の支持細胞(内・外指節細胞、外柱細胞、クラウディウス細胞)で赤色蛍光蛋白(tdTomato)、つまりNox3を発現している。

本研究グループは、疾患の原因を追究し治療法を開発するため、種々の遺伝子操作マウスを作製しています。今回、Nox3を発現する細胞が赤色蛍光を発するタンパク質(tdTomato)を発現するマウス(Nox3-Cre;tdTomato)、およびNox3を発現できないNox3ノックアウト(Nox3-KO)マウスを作製しました。これらのマウスを用いて、聴覚を司る内耳蝸牛におけるNox3発現細胞、即ち活性酸素の産生源細胞を同定しました(図1, 2)。更に、Nox3は、主な後天性感音難聴※4である加齢性難聴、騒音性難聴、薬剤性難聴の発症すべてに関与することを明らかにしました(図3)。

まず、Nox3を発現する細胞が赤色蛍光を発するマウスと蛍光顕微鏡を用いて、生後、経時的に赤色蛍光細胞の発現を追って行き、聴覚を司る蝸牛の中で、赤色蛍光を発する有毛細胞※5、それを解剖的に支える種々の支持細胞、聴覚の第一ニューロンであるラセン神経節細胞が増加することを突きとめました(図1, 2)。

図2: 内耳蝸牛コルチ器内でのNox3発現細胞(蝸牛軸に直行する面)

2か月齢(ホモNox3-Cre+/+;tdTomato)マウスの内耳蝸牛コルチ器の蝸牛軸に垂直な断面を重ね合わせたコンピューター構成画像。外有毛細胞(*)、種々の支持細胞(内指節細胞△、内柱細胞□、外柱細胞〇)で赤色蛍光蛋白(tdTomato)、つまりNox3を発現している。

2種存在する有毛細胞中、外有毛細胞の方が内有毛細胞より、種々の外的刺激に脆弱であるため、多くの難聴では外有毛細胞の脱落が顕在化することが知られています。そこで、Nox3による活性酸素産生能が残存するマウス(ヘテロNox3-Cre+/-;tdTomato)と消失するマウス(ホモNox3-Cre+/+;tdTomato)の2種の遺伝子改変マウスを用いて、詳細を調べました。前者の活性酸素産生能が残存する遺伝子改変マウスでは、赤色蛍光細胞、つまりNox3の発現は、内有毛細胞には観察されるものの、外有毛細胞では、加齢、騒音、薬剤(難聴の副作用で有名な抗癌剤であるシスプラチン)投与のどの条件・刺激においても観察されませんでした。後者の活性酸素産生能が消失するが、赤色蛍光によりNox3発現は同定できるマウスを用いて調べたところ、赤色蛍光細胞、つまりNox3を発現する能力を元来持っていた細胞は、加齢、騒音、薬物により増加しました。これらの結果は、Nox3を発現(活性酸素を産生)する外有毛細胞は、活性酸素毒性により脱落(細胞死)するということを意味します。更に、外有毛細胞自身がNox3を発現しなくとも、周囲の支持細胞がNox3を発現すれば、周囲からのNox3由来の活性酸素により、外有毛細胞が脱落することも明らかにしました。

図3: Nox3由来の活性酸素により引き起こされる外有毛細胞死(脱落)と難聴発症メカニズム

若年マウスでは内耳蝸牛にNox3の発現は認められない(上段)。加齢、騒音、聴毒性薬剤(例えば抗癌剤であるシスプラチン)により、蝸牛の基底回転でNox3発現細胞(外有毛細胞と支持細胞)が増加する(中段)。外有毛細胞は、Nox3を発現する自身由来の活性酸素もしくはNox3を発現する周囲の支持細胞由来の活性酸素により、細胞死(脱落)に至り、難聴を発症する(下段)。注: 図2を模式化したもの。

Nox3-KOマウスを用いて、加齢性難聴、騒音性難聴、薬剤性難聴への影響を調べたところ、これら全てのタイプの難聴において、Nox3-KOマウスでは野生型マウスに比べ、難聴の発症や程度が抑制されました。抑制の程度に関しては、加齢性難聴と薬剤性難聴で強く、騒音性難聴で減弱することが解りました。

また、抗癌剤(シスプラチン)投与によるNox3発現細胞の増加や難聴の発症は、加齢に伴い減少することを見つけました。これらの結果は、シスプラチン投与による難聴の発症が、15歳以下の小児では成人に比べ明らかに高頻度との臨床報告と一致するものでした。

今回の研究により、内耳蝸牛におけるNox3発現細胞(つまり、活性酸素産生源)を特定し、蝸牛でのNox3の発現誘導が外有毛細胞死(脱落)をもたらし、難聴(加齢性、騒音性、薬剤性)に至ることを見出しました。このことから、Nox3の発現誘導やNox3の機能を抑制することが、難聴の発症抑制に繋がることを明らかにしました。

今後の展開

難聴は、感覚障害中最多の障害であり、今後も増加し続けると予測される一種の現代病であるため、治療法開発は喫緊の課題です。今回の研究により、内耳蝸牛内でのNox3由来の活性酸素が外有毛細胞死(脱落)を引き起こすことにより、後天性難聴の中で、少なくとも加齢性、騒音性、薬剤性難聴を引き起こすことが解りました。すなわち、蝸牛内でのNox3の発現や機能阻害により、後天性難聴の主要タイプの発症を抑制できる可能性があります。幸いにも、Nox3の発現は内耳特異的と報告されており、Nox3の発現や機能を阻害するNox3阻害薬を開発できれば、全身投与による副作用は非常に軽いことが予測されます。

遺伝性難聴については、個々の疾患に対して個別の治療法開発が進められていますが、治療対象となる患者数は、後天性難聴に比べて桁違いに少数です。本研究の延長線上で、上記の後天性難聴の主要な3タイプの発症を幅広く抑制できる治療薬の開発が出来れば、難聴に対する世界初の治療薬であるのみでなく、遺伝性難聴を含めた難聴治療薬開発にも繋がる可能性があります。本研究成果は、難聴治療薬開発にブレークスルーを提供する、現代社会にとって重要で有益なものと確信しています。

用語解説

※1 内耳蝸牛および蝸牛軸
聴覚器である耳は大きく分けて、外耳、中耳、内耳に分かれる。内耳には、聴覚を司る蝸牛(かぎゅう)、平衡覚を司る前庭と三半規管がある。蝸牛には有毛細胞が、前庭には耳石が存在する。蝸牛は、カタツムリのような形をしており(カタツムリ管、渦巻管ともいう)、その巻貝状の頂点と底を結ぶ蝸牛軸を中心に、ラセン状の管がヒトでは約2¾回転している(約35 mm)。
※2 Nox3
ヒトでは7種類存在する活性酸素産生酵素(NADPH oxidase: Nox)のうち内耳特異的に発現するとされる。
※3 感音難聴 (難聴)
内耳蝸牛の有毛細胞から脳の側頭葉にある聴覚中枢に至るまでのどこかが障害されることにより起こる難聴(以前は神経性難聴と呼ばれていた)。そのほとんどは、内耳にある蝸牛での有毛細胞の障害による。一方で、外耳から中耳までの音を伝える経路の障害(中耳炎や鼓膜損傷など)によって起こる難聴を伝音難聴という。
※4 後天性感音難聴
感音難聴は発症時期により、遺伝性(先天性)感音難聴と後天性感音難聴に分類され、前者は遺伝子異常により、後者は外的因子によって引き起こされる。後者の代表的なものが、加齢(老人)性難聴、騒音性難聴、薬剤性難聴で、他に外傷や感染によるものがある。
※5 有毛細胞
音波を電気信号に変える、聴覚を最初に感受する細胞であり、そのセンサーとして、頂側面に聴毛という“毛”を有しており、この毛が動くことにより、音波を感受し、電気シグナルを発する。1列の内有毛細胞と3列の外有毛細胞が存在する。ヒトの内・外有毛細胞は、それぞれ約4千、1.5~2万個存在し、一度障害されると再生されない。
※6 コルチ器
蝸牛内にあり、内・外有毛細胞が存在し、音波という物理的刺激を電気信号に変換する聴覚感受の一次器官。発見者であるイタリアの外科医の名前に由来する。

謝辞

本研究は、下記の助成を受けたものです。

公益財団法人 ひょうご科学技術協会
公益財団法人 上原記念生命科学財団
公益財団法人 内藤記念科学振興財団
公益財団法人 日本応用酵素協会
公益財団法人 テルモ生命科学振興財団
JSPS科研費: JP19K22472, JP21H02672

論文情報

タイトル
Nox3-derived superoxide in cochleae induces sensorineural hearing loss
DOI:10.1523/JNEUROSCI.2672-20.2021
著者
Hiroaki Mohri, Yuzuru Ninoyu, Hirofumi Sakaguchi, Shigeru Hirano, Naoaki Saito, and Takehiko Ueyama
掲載誌
Journal of Neuroscience

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