公立はこだて未来大学の佐藤直行教授、京都大学大学院医学研究科てんかん運動異常生理学講座の池田昭夫教授、同・臨床神経学の下竹昭寛助教、神戸大学大学院医学研究科脳神経内科学分野の松本理器教授らの共同研究グループは、分散表現と神経回路モデルを基盤とした脳波解析手法を提案し、物体の意味処理に関わる皮質脳波ネットワークをはじめて検出しました。

ポイント

  • 物体の意味処理に関わる複数の皮質脳波※1 ネットワークをはじめて検出しました。
  • 単語分散表現※2 と神経回路モデルを基盤とした新しい脳波解析手法を開発しました。
  • 提案手法は、今後、多様な意味に関する脳情報処理の解明に役立つと期待されます。

背景

公立はこだて未来大学の佐藤直行教授、京都大学大学院医学研究科てんかん運動異常生理学講座の池田昭夫教授、同・臨床神経学の下竹昭寛助教、神戸大学大学院医学研究科脳神経内科学分野の松本理器教授らの共同研究グループは、分散表現と神経回路モデルを基盤した脳波解析手法を提案し、物体の意味処理に関わる皮質脳波ネットワークをはじめて検出しました。

研究手法

本研究では、私たちの先行研究の神経回路モデルシミュレーションを基盤として、単語分散表現と脳波の機能的結合(クロススペクトルパワー※3)の関連を調べる新しい解析手法を開発しました。開発した手法を用いて、絵画呼称課題※4 における10名の皮質脳波データを解析し、物体の意味処理に関わる脳波ネットワークを調べました。

研究成果

物体の意味処理のサブプロセスについて、前側頭底面を含む3種類の皮質脳波ネットワークが関連することを明らかにしました。第1に、線画提示後0.2~0.8秒の期間では、後部紡錘状回を含むハイガンマ波(90~150 Hz)ネットワークが分散表現と関連がありました。これは視覚関連の意味処理に関わるものと考えられました。次に、線画提示後0.4~1秒の期間は、前部下側頭回・後部中側頭回を含むベータ波(15~40 Hz)ネットワークが分散表現と関連しました。このベータ波はより詳細な意味表現と関連することが示されたため、特に、意味の統合的な処理に関わるものと考えられました。最後に、発声直前(0.6~0秒前)には広範囲にわたるシータ波(4~8 Hz)ネットワークが分散表現と関連しました。シータ波は音節の数と関係することが示されたため、発話準備(特に音節レベル)に関連すると考えられました。

以上の結果は、先行研究の結果と合致するもので、本研究で開発した解析手法の妥当性を示すものです。さらに、意味処理のサブプロセスと、異なる周波数帯の脳波ネットワークとが関連することはこれまで報告のない新しい知見です。

今後の展望

近年の機械学習の発展により、単語の分散表現だけでなく、画像や音声情報など多様な分散表現を用いられています。今回開発した解析手法は単語分散表現以外の他の分散表現にも応用することができます。この応用の広がりによって、多数の脳領域が連動して働く仕組みを明らかにする手がかりが得られると期待されます。

研究支援

本研究は文部科学省科研費「非線形発振現象を基盤としたヒューマンネイチャーの理解」(科研費15H05874、16H01618、18H04950)、およびJSPS科研費JP18K19514、 JP18H03502、JP18H02709、JP16K19510の助成を受けて行われました。

用語解説

※1 皮質脳波
脳の表面に設置した電極から計測される脳波です。てんかんなどの診療の目的で用いられます。頭皮脳波と比べて空間解像度が高く、ハイガンマ波(90~150 Hz)など高周波数帯の脳波も計測できます。
※2 単語分散表現
単語の意味的な特徴を表した高次元ベクトルです。自然言語処理で役立つことが示されています。近年の機械学習などの手法を用いると、言語の意味は数百次元のベクトルで表せることが示されています。
※3 クロススペクトルパワー
ある周波数成分における2信号の相関の程度を表します。
※4 絵画呼称課題
動物や道具などの線画を提示後、速やかにその名称を発声する課題。

論文情報

タイトル
Frequency-dependent cortical interactions during semantic processing: an electrocorticogram cross-spectrum analysis using a semantic space model
DOI
10.1093/cercor/bhab089
著者:氏名(所属)
佐藤 直行 (公立はこだて未来大学), 松本 理器 (神戸大学大学院医学研究科内科学講座脳神経内科学分野, 京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座臨床神経学), 下竹 昭寛 (京都大学大学院医学研究科臨床神経学,てんかん・運動異常生理学講座), 松橋 眞生 (京都大学大学院医学研究科てんかん・運動異常生理学講座、脳機能総合研究センター), 尾谷 真弓 (京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座臨床神経学), 菊池 隆幸 (京都大学大学院医学研究科脳神経外科), 國枝 武治 (京都大学大学院医学研究科脳神経外科, 愛媛大学大学院医学系研究科脳神経外科学講座), 水原 啓暁 (京都大学情報学研究科), 宮本 享 (京都大学大学院医学研究科脳神経外科), 高橋 良輔 (京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座臨床神経学), 池田 昭夫 (京都大学大学院医学研究科てんかん・運動異常生理学講座)
掲載誌
Cerebral Cortex

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研究者