神戸大学バイオシグナル総合研究センターのペティア ストイコヴァJSPS外国人特別研究員(現・ブルガリアAgroBioInstitute研究員)、大川秀郎神戸大学名誉教授、乾秀之准教授は、土壌・水環境を汚染するポリ塩化ビフェニルや内分泌かく乱化学物質の毒性を検知できる植物の開発に成功しました。

今後、植物を利用した簡便・安価な毒性モニタリング技術の開発が期待されます。

この研究成果は、6月29日に、国際学術誌Journal of Plant Physiology、7月22日に、国際学術誌Chemosphereにそれぞれオンラインで掲載されました。

ポイント

  • 化学物質による汚染は身近な環境に広がっているため、環境モニタリングは重要である。
  • 動物の化学物質受容体を導入した植物による新しい環境モニタリング法を開発した。
  • ダイオキシン類の一種であるポリ塩化ビフェニルの汚染をAhR 植物により検知できた。
  • 内分泌かく乱化学物質の汚染をER※植物により検知できた。
  • 開発した植物は前処理の必要なく汚染物質の毒性を簡便・安価にモニタリングできる。

※ それぞれ化学物質受容体の一種。詳細は後述。

研究の背景

私たちを取り巻く環境には様々な有機汚染物質が存在しています。例えば、蛍光灯やノンカーボン紙に使用されていたポリ塩化ビフェニル(PCB)、水や油を弾くため食品パッケージや調理器具などに使用されている有機フッ素化合物、洗剤などの原料となるアルキルフェノール類が広く知られています。これらは私たちの日々の暮らしの中から河川や大気、土壌に放出され、分解されにくいものは魚や家畜、作物に取り込まれ、生物濃縮を受けながら私たちの体内に蓄積していきます。体内濃度が高まると、発がん性、催奇形性、免疫毒性などの様々な毒性が出てしまいます。食物の摂取を通した人への蓄積を未然に防ぐためには、水系(河川、湖沼、海洋)、魚類、大気、土壌、作物などに含まれる汚染物質の環境モニタリングを行う必要があります。その結果をもとに、汚染している物質は何か、どれくらいの濃度で汚染しているかを知ることができます。土壌の汚染が見つかれば作物の栽培を控えたり、河川の汚染が見つかれば捕獲した魚の汚染検査を行なったりといった方針を立てることができます。すなわち、人への悪影響を回避するための手段を選び、対策を講じることができるようになります。

環境モニタリングでは、環境サンプルに含まれている汚染物質の種類・濃度を、何段階もの作業を経て調べます。例えば、土壌サンプルの場合、有機溶媒を添加し、加熱しながら一晩かけて土壌に含まれる化学物質を抽出します。化学物質が溶け込んだ有機溶媒を土壌から分離し、これに濃硫酸を添加して色素を除去します。環境を汚染している汚染物質の濃度はとても低いため、分析できる濃度にまで濃縮する作業を行います。さらに、この濃縮液を複数の分離カラム※1 に添加し、含まれる汚染物質の性質に応じた有機溶媒を用い、分離カラムから汚染物質を溶かし出します。これにより、サンプルに含まれる夾雑物(きょうざつぶつ)は取り除かれ、分析対象の汚染物質のみを取り出すことができます。これを精製と呼びます。このような一連の行程(抽出・濃縮・精製)は前処理と呼ばれ、微量の汚染物質の分析を行う際には必ず行われます。最後に、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)に前処理されたサンプルを導入し、得られた汚染物質の存在を示すスペクトルデータを解析し、試料に含まれる汚染物質の種類(同定)、濃度(定量)を決定します。

このような環境モニタリングの方法は国により公定法※2 に指定され、汚染物質の同定・定量に重要な役割を果たしています。しかしながら、前処理の段階で硫酸や各種揮発性の有機溶媒を大量に使うため、作業者が曝露され、危険にさらされます。さらに、複雑な前処理過程を経て環境サンプルに含まれるごく微量の汚染物質を分析サンプルとして調製するため、熟練した技術が必要とされます。また、GC/MS、LC/MSといった高額な分析機器(数千万円から数億円)を用いるため、分析コストが高くなってしまいます。したがって、数多くの環境サンプルを採取し、分析して正確に汚染状況を知りたいと思ってもコストが高くなるため、数個の代表サンプルだけを分析対象にしなければなりません。また、機器分析による方法は環境サンプルに含まれる個々の汚染物質の種類、濃度を決定するには適していますが、それぞれの汚染物質がどのような毒性を持つのか、汚染物質が複数存在する場合の毒性はどうなるのかを教えてはくれません。

研究の内容

そこで本研究チームは、環境サンプルの前処理と機器を用いて汚染物質の種類、濃度を決定する従来のモニタリング法とは全く異なる手法を開発しました。

動物は体外から細胞に侵入してきた化学物質を異物として認識し、これに対抗するために、化学物質受容体※3 と呼ばれるタンパク質を持っています。この受容体が細胞内で異物と結合すると特定の遺伝子の転写を活性化します。この遺伝子から作られるタンパク質には通常、異物と反応して体外に排泄しやすくする働きがあります。

このような受容体の例として多環芳香族炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon receptor、AhR)があります。AhRは食餌とともに摂取してしまったダイオキシンやPCBと細胞内で結合します。そして、これらを水に溶けやすい物質に変換できる酵素を作り出し、体外への排泄を促します。したがって、AhRは動物に対してダイオキシン やPCBが毒性を示すかどうかの重要な役割を果たします。

また、動物の体内で合成されたホルモンに応答して、形態形成や生育に重要な遺伝子群の発現に関与している、エストロジェン受容体(Estrogen receptor、ER)があります。ERは女性ホルモンである17ß-エストラジオールと結合し、女性ホルモンに応答して作り出すべきタンパク質の遺伝子転写の活性化時期や転写量を厳密に制御しています。しかしながらERは、食物や水を通して体内に取り込んだ内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)※4 とも結合し、本来働くべきではない時期に遺伝子の転写活性化を行なったり、転写量をかく乱したりし、悪影響を及ぼします。

一方、植物は一度根付いた土地から動くことができないため、根を土壌中に張り巡らせて成長に必要な栄養分を獲得します。たとえ栄養分が低濃度であっても根をさらに発達させ、十分な量を吸収します。すなわち、植物は根を通して化学物質を土壌から抽出して、体内に濃縮する能力を持ちます。

図1 動物由来の化学物質受容体を導入した植物による有機汚染物質の検出方法

本研究チームは、汚染物質を植物によって吸収させ、導入した動物の化学物質受容体により検知することにより、環境に放出された汚染物質をモニタリングする手法を考案しました。PCBのモニタリングのためにAhRを導入した植物を、環境ホルモンのモニタリングのためにERを導入した植物を作りました。これら植物をそれぞれの汚染物質が存在する培地や土壌、水で栽培すると、根を介して取り込んだ汚染物質が細胞内で受容体と結合し、レポーター遺伝子の転写が活性化される仕組みを持っています。このレポーターを検出することにより、汚染物質のモニタリングが可能となります(図1)。

AhR植物はPCBの中でも最も毒性の高いCB126の汚染を検出でき(図2A)、さらに、別の種類のPCB(CB77、CB118)についても検出可能でした(図4)。一方、ER植物はアルキルフェノール類の一種オクチルフェノール(OP)を検出でき(図3A)、これに加えて、女性ホルモン17ß-エストラジオール、殺虫剤フィプロニル、イミダクロプリド、有機フッ素化合物ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)の検出が可能でした(図4)。これら化学物質は土壌や水系を汚染していることが知られています。さらに、これら植物は汚染物質が存在すると白化したり、根が短くなったりといった形態変化を伴うことがわかりました(図2B、3B)。レポーターの検出よりもさらに簡便で、視覚的に汚染物質の検出が可能です。

本研究で汚染の検出のために用いたのは土壌は数グラム、河川水は数十ミリリットルと少量であることから、モニタリングのために大量の環境サンプルを採取する必要がありません。また、毒性を示すかどうかに関わる化学物質受容体を利用したモニタリングであることから、環境サンプルが毒性を示す化学物質を含んでいるかどうかを調べることができます。

 

図2 AhRを導入した植物によるPCB(CB126)の検出

(A) レポーター活性の測定によるCB126の検出
(B) 植物の成長比較によるCB126の検出

図3 ERを導入した植物によるオクチルフェノール(OP)の検出

(A) レポーター活性の誘導によるOPの検出
(B) 植物の根の成長比較によるOPの検出

図4 動物由来の化学物質受容体を導入した植物によって検出できた有機汚染物質

今後の展開

有機汚染物質の環境モニタリングでは、なるべく多くのサンプルについて調査し、汚染状況を正確に知ることが重要です。しかしながら、従来の公定法では時間がかかったり、コストが高かったりするため多くのサンプルを調査することができません。私たちが開発した方法は、サンプリングした少量の土壌や水を用いて植物を栽培し、レポーターの検出、もしくは植物の形態を観察するだけなので、極めて簡単です。しかも、公定法では知ることができない汚染物質の毒性を評価することができます。したがって、公定法で汚染物質の種類、濃度を確定する前に、多数の環境サンプルをスクリーニングする手法として適していると考えられます。また、今回はAhR、ERを植物に導入することにより、PCBや環境ホルモンをモニタリングできることを示しましたが、動物はこれ以外にもたくさんの化学物質受容体を持っています。したがって、別の種類の受容体を植物に導入することにより、別の化学物質の毒性モニタリングに応用することができます。

用語解説

※1 分離カラム
アルミナやシリカなどの安定した物質を担体として詰めた筒状の装置で、化学物質の担体への吸着特性、溶出する有機溶媒の特性に応じて化学物質を分離・溶出できる。
※2 公定法
土壌、水、生物、大気などに含まれる汚染物質の種類・濃度を正確に決定するために、環境省によって規定された汚染物質の抽出・分析方法。汚染物質の種類ごとにその方法は厳密に規定されている。
※3 化学物質受容体
生物が細胞内に持っている化学物質と結合するタンパク質で、生物が化学物質に応答するために必要な遺伝子の発現を促進、もしくは抑制する役割を持つ。女性ホルモンの受容体として知られるエストロジェン受容体(ER)、ダイオキシン類の受容体として知られるアリルハイドロカーボン受容体(AhR)がこれに含まれ、そのほかにも様々なホルモンに対する受容体が知られている。
※4 内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)
動物の内分泌系をかく乱する化学物質の総称で、食物等の環境由来で摂取されるため環境ホルモンとも呼ばれる。受容体に結合、受容体と体内ホルモンの結合を阻害、受容体の量を増減させるなどして生体に悪影響を及ぼす。メダカに対して内分泌かく乱作用があるとして、ビスフェノールA、4-ノニルフェノール 、4-t-オクチルフェノールが知られている。

謝辞

本研究は、生物系特定産業技術研究支援センター、日本学術振興会特別研究員奨励費(17F17748)、外国人特別研究員(一般、P17748)による支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル
Transport enhancement of hydrophobic pollutants by the expression of zucchini major latex-like protein genes in tobacco plants
DOI:10.1016/j.jplph.2021.153464
著者
Petya Stoykova, Hideyuki Inui
掲載誌
Journal of Plant Physiology

タイトル
Simple monitoring of endocrine-disrupting chemicals using transgenic Arabidopsis plants expressing medaka estrogen receptor
DOI:10.1016/j.chemosphere.2021.131633
著者
Petya Stoykova, Hideo Ohkawa, Hideyuki Inui
掲載誌
Chemosphere

関連リンク