神戸大学大学院工学研究科の杉本泰助教(JSTさきがけ研究員)、藤井稔教授、金沢大学理工研究域物質化学系の古山渓行准教授(JSTさきがけ研究員)らの研究グループは、光磁場を増強するナノ構造を形成し、分子のスピン反転を伴う光学遷移を大幅に促進する技術を開発しました。

分子の励起三重項状態※1は、寿命が長く様々な光化学反応に利用されます。しかしながら、基底(一重項)状態から三重項状態への励起は電子スピンの反転を伴う“禁制遷移”であるため、三重項状態は項間交差※2を介した間接的な過程で励起されています。

本研究では、誘電体ナノ構造の配列構造(光メタ表面)の磁場増強効果を利用して、これまでほとんど考慮されなかった“磁気双極子遷移※3”を促進し、三重項状態間の励起効率を飛躍的に増大させることに成功しました。また、従来よりも低いエネルギーの光でターゲット分子を励起三重項状態にすることを実現しました。

本成果は、分子の光励起のエネルギー効率を大幅に向上させる新しい技術であり、今後、新しい光反応制御手法の開発につながると期待されます。この研究成果は、10月13日に、国際科学誌Smallに掲載されました。

ポイント

  • 誘電体メタ表面により光の磁場成分を増強し、分子のスピン反転励起を増大する技術を開発。
  • 項間交差に伴うエネルギー損失の抑制により、低エネルギー光を有効利用。
  • スピン反転を利用した新しい光増感反応の開発、光有機合成、光医療技術の高効率化に期待。

研究の背景

光反応は分子の光励起状態を用いて、暗状態(励起光なし)では進行しない分解、合成、異性化等の反応を実現する技術であり、太陽光を利用したクリーンな化学製造プロセスとして注目されています。高効率な光反応を実現するためには、物質の光励起状態をうまくコントロールする技術が不可欠です。一般的に、分子に光を照射すると、図1左に示すように電気双極子遷移※4により電子が基底一重項(S0)から励起一重項(S1)へ遷移(S0→S1)します。一方、S0から励起三重項(T1)への遷移(S0→T1)は電子スピンの反転を伴うため禁制遷移となり、光で直接励起できません。そのため、T1はS1からの項間交差による“間接的な”過程によって生成され、直接励起に比べてエネルギー損失が生じる課題がありました。

研究の内容

上記の課題を解決するために、本研究では、磁気双極子遷移に着目しました。磁気双極子遷移では電気双極子遷移において禁制であったスピンが反転する遷移が許容されていますが、光の周波数領域における磁場の効果は非常に小さく、通常、磁気双極子遷移は無視されています。一方、もし光の周波数領域において磁場増強を実現できれば、磁気双極子遷移によりT1を高効率に直接励起することが可能となります(図1右)。

誘電体や金属のナノ構造に電磁波(光)を照射すると、光学的な共鳴により、光の電場・磁場を局所的に増大することができます。本研究では誘電体メタ表面上で著しく増強された磁場により、これまで無視されていた磁気双極子遷移によるS0→T1直接遷移の増大を実現しました。

研究グループは、大きな増強磁場の形成を目的として、高屈折率誘電体であるシリコンナノディスクの配列構造(シリコンメタ表面)を開発しました(図2(a))。このメタ表面に近赤外光(~800 nm)を照射すると、光学的な共鳴により表面に著しく増強された磁場が誘起されます。このメタ表面上に発色団としてルテニウム錯体を含むポリマー薄膜をスピンコートし、図2(b)のようにルテニウム錯体分子がメタ表面に結合した系を作製しました。図2(c)のS0→T1遷移に相当する波長域(700-820 nm)の光でルテニウム錯体を励起し、基底状態へ戻る際に放出されるりん光※5(T1→S0)の強度を測定することで、S0→T1の光吸収特性を評価しました。その結果、メタ表面の共鳴波長を800 nmに調整した場合、平坦なガラス基板に比べて最大37倍大きいりん光強度を観測しました。これは、T1状態を励起するために必要な光子エネルギーを間接的な過程と比べ400 meV(ミリ電子ボルト)以上削減できることを示しています。また、電磁場シミュレーションにより、観測されたりん光強度の増強は、メタ表面上の増強磁場によるスピン反転励起の増大に起因することを定量的に示しました。

図1.分子の光励起過程と増強磁場による一重項(S0)−三重項(T1)直接励起の概要図
図2.(a) シリコンナノディスクからなるメタ表面と (b) ナノディスク上のルテニウム錯体の模式図。(c) 本研究で用いたルテニウム錯体のエネルギー準位図。

今後の展開

今回開発したメタ表面の共鳴波長は広い範囲で制御可能であり、あらゆる分子のスピン反転励起を増強することができます。これにより、光増感反応の開発、光有機合成、光医療技術の高効率化等、従来の光化学反応のエネルギー効率の大幅な向上や新しい化学反応経路の開拓が期待されます。

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究事業さきがけ「電子やイオン等の能動的制御と反応」研究領域(研究総括:関根泰)における研究課題「Mie共鳴による磁場増強を利用した光化学反応プラットフォームの構築」(研究者:杉本泰)および「光触媒の能動的制御による近赤外光合成プロセスの開発」(研究者:古山渓行)の支援を受けて行われました。

用語解説

※1 励起三重項状態

基底状態と励起状態の電子スピンが互いに平行な(同じ向き)状態。

※2 項間交差

異なるスピン多重度をもつ状態間の遷移。ここでは特に、励起一重項(S1)状態から励起三重項(T1)状態への遷移を指す。

※3 磁気双極子遷移

物質内の電子と光(電磁波)との相互作用による光学遷移のなかで、磁気モーメントと光の磁場成分との結合が支配的であるもの。

※4 電気双極子遷移

上記の光学遷移において、電気双極子モーメントと光の電場成分との結合が支配的であるもの。

※5 りん光

励起三重項状態から基底一重項状態への光学遷移に伴う発光。禁制遷移であるため、寿命が長い。

論文情報

タイトル

Direct excitation of triplet state of molecule by enhanced magnetic field of dielectric metasurfaces

DOI

10.1002/smll.202104458

著者

Hiroshi Sugimoto, Hiroaki Hasebe, Taniyuki Furuyama and Minoru Fujii

掲載誌

Wiley出版(ドイツ)「Small」(オンライン)

研究者

SDGs

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