神戸大学大学院人間発達環境学研究科の窪田薫助教と、東京大学大気海洋研究所の白井厚太朗准教授、杉原奈央子JSPS特別研究員、産業技術総合研究所の清家弘治主任研究員、名古屋大学宇宙地球環境研究所の南雅代教授らの研究グループは、岩手県船越湾の海底から採取された長寿二枚貝ビノスガイの死殻の年輪解析と放射性炭素年代測定から、2011年3月11日に発生した津波が、ビノスガイの大量死を招いていたことを明らかにしました。

この研究成果は、11月24日(現地時間)に、米科学誌「Radiocarbon」に掲載されました。

ポイント

  • 寿命100歳を超える長寿命生物ビノスガイが、どのような理由で死亡しているかは今まで不明であった。
  • ビノスガイの年輪幅が個体間で同期する性質を利用して、各個体が死んだ時期を1年という驚くべき精度で特定することに成功した。
  • 大気圏核実験により大気中に生成された多量の放射性炭素を利用することで、飛躍的に高精度な放射性炭素年代測定を実現した。
  • 100年以上生きる日本最長寿の二枚貝であるビノスガイが、2011年3月11日に岩手県船越湾に襲来した津波によって大量死していたことが判明した。
  • 135歳という、今まででもっとも長生きの個体が見つかったが、この個体も津波によって死亡していた。
  • 伝承にしか記録がない古代の津波の影響についても、同手法を通じて科学的に証明できる可能性を提示した。

研究の背景

津波は沿岸部の人の暮らしのみならず、沿岸域の海底環境やその生態系に破滅的な影響を及ぼす災害です。2011年3月11日に日本海溝のプレート沈み込み帯においてマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、地殻変動に伴い巨大な津波が発生しました。巨大津波は、東日本沿岸の南北1,000 kmにわたって襲来し、甚大な人的・物的被害が出ました。三陸のリアス式海岸の一つ、岩手県船越湾においては、津波の遡上高は29.4 mと推定されており、海底の大規模な侵食と生態系への大きな影響が津波後の生態系調査から明らかにされています。頻繁に観察される底生生物については津波前後の生息密度調査から影響を評価することができます。例えば、ハスノハカシパン(ウニの仲間)は津波によって激減したことが潜水調査によって明らかになっています。その一方で、稀にしか見つからない、生息密度が小さい底生生物については震災による影響を評価することが難しいのが現状です。なぜなら、その種の個体数の増減を、調査によって定量的に把握することが困難であるためです。そうした中、殻に環境情報を記録する二枚貝は、過去の環境変動を紐解く上で重要な記録媒体となり得ます。

船越湾に生息するビノスガイ(Stimpson’s hard clam, Mercenaria stimpsoni)は好冷水性の二枚貝で、北日本沿岸部(北西太平洋、日本海、オホーツク海など)に広く分布しています。砂地の海底に潜って、海水をろ過して中に含まれるプランクトンや有機物を食べて生活しています。こぶし大で、分厚い殻を持っており、表面のギザギザとした縞が特徴的です(図1)。見た目は東京湾産のホンビノスガイ(Mercenaria mercenaria)とそっくりです。冬の間(水温が約10度以下になる2〜5月)に殻の成長が停止し、殻断面に暗色の縞が残ります。つまり、その成長停止線(年輪)をひとつひとつ数えることにより、正確な暦年代を知ることが可能な貴重な試料です。また、ビノスガイには、樹木のように個体間で年間成長量(つまり年輪幅)の変動パターンが同期するという重要な特徴があります。つまり、年輪の変動パターンを比較すれば、死亡年代が不明な死殻についても、一年という驚くべき精度で年代決定が可能になることを意味します。

これまでに繰り返し行われた潜水調査によって、船越湾の海底に多くの死殻が見つかっており、回収されています。しかしながら、その死亡年代については不明でした。そこで、殻の年間成長量を調べることにしました。また、貝殻は炭酸カルシウム(CaCO3)でできているため、放射性炭素(14C)(※1) を用いた年代決定が可能です。特に、1950年以降の試料は、1950年代〜1960年代の大気圏核実験によって放出された濃い放射性炭素を利用できるため、従来法の放射性炭素年代測定よりも10倍以上の精度での年代決定が可能で、犯罪捜査(死体の死亡年推定や違法取引など)や生物の年齢査定などに広く用いられています。そこで本研究では、年輪解析と、人為起源の放射性炭素を組み合わせて、死殻の死亡年代を推定することを試みました。

2010年に最後の殻を成長させた個体(死殻) → 2011年3月11日死亡個体
図1 (a)ビノスガイの切断前の写真。(b)ビノスガイの殻断面(先端部)のクローズアップ写真。

貝殻は樹脂(黄色)で覆うことで切断時に割れないように補強してある。赤線は年輪と判定された暗色線(数字は西暦)。

研究の内容

船越湾から採取された生貝および死殻のビノスガイの殻を、最大成長方向に沿って切断し、殻の断面の成長線を詳細に観察しました(図1)。生きたまま採取された貝6個体の年間成長量は大きな変動を示し、さらに個体間で変動パターンがよく一致することがわかりました(図2)。死殻については、殻が分厚く、長生きしていそうな個体を選別し、殻の断面を観察しました。重複を避けるため、右殻(うかく)のみを調べました。死殻の年間成長量変動を生貝と比較したところ、調査した死殻27個体のうち、9個体が2010年に最後の殻形成をしていることが明らかになりました。ビノスガイは2〜5月の間は殻を成長させません。つまり、これら9個体が死亡したのは、2011年2〜5月の間ということになります。複数のビノスガイが同時に死亡した原因としてもっとも可能性が高いのが、2011年3月11日に襲来した津波です。

次に、放射性炭素年代測定を試みました。試料は1950年以降のものであるため、前述のとおり高い精度での年代決定が可能です。生貝を用いて行われた先行研究によって、すでに船越湾の核実験由来の放射性炭素の変動は明らかになっており(図3)、死殻の死亡年の推定に利用できます。上述の9個体の死殻の放射性炭素年代測定は、1個体について2箇所行いました。一つは、殻の先端付近で、殻が最後に成長した部位です(つまり2010年)。もう一つは、殻の内側で、核実験由来の放射性炭素の濃度がピークに達した1970年〜1980年頃で、比較的成長が大きい時期を選びました。殻の内側を、厚さが1 mmにも満たない縞に沿って削るためには、高い技術が要求されます。そのため、コンピューター制御の3次元可動ステージを備える高精度切削装置(GEOMILL326)を用いて切削を行いました。それらの分析結果を、核実験起源の放射性炭素の変動記録と照合したところ、2010年に最後の殻形成が行われた(すなわち2011年3月11日の津波で死亡した)、という年輪解析から得られた結論を強く支持する結果が得られました(図3)。

図2 ビノスガイの生貝(上)と死殻(下)の年間成長量の変動(縦軸は対数目盛り)。

生貝・死殻両方の個体間で同期した特徴としては、1963年、1970、1973年、1977年、1981年、1984年に際立った成長が見られる。2010年に最後の殻成長をした、2011年3月11日の津波によって死亡したと考えられる個体には、これまででもっとも長生きの、135歳の個体も含まれる。

図3 生貝の殻を用いて作成された、船越湾の海水の放射性炭素変動。

比較的浅い水深(20 m以浅)を流れる、特に三陸海岸に沿って南下する津軽暖流の代表とみなせる。死殻の先端部(黄色の丸)と殻内部(赤色の四角)の放射性炭素の分析結果。後者の水平方向の誤差棒は、切削の際の試料の均質化によるもの(成長が遅い部位を削ることによって、時間の平均化が起きる)。生貝・死殻ともに、年代モデルは年輪計測に基づく。

 

図4 水中での堆積物コアの採取の様子。

手動の打ち込み機を用いて、直径6 cmのパイプを打ち込み、表層の堆積物1 m程度を採取する。

図5 船越湾の海底から採取された、堆積物コアのCT画像、断面写真、柱状図(※3)
深度45 cmに合弁状態のビノスガイの死亡個体が見つかり、放射性炭素年代測定から、最後の殻形成が2011年頃であることが分かっている。その直上の層には、海底に平行に走る縞々構造(平行葉理)が見られ、津波によって堆積したものと考えられる。それ以外の、津波前後の堆積物は、底生生物によるかき混ぜ(生物攪拌)によって、比較的均質な構造をしており、堆積構造の違いが目立つ。津波の際に海底の堆積物が大規模に侵食されて再堆積したことを物語っている。

以上のように、ビノスガイの殻の年輪解析と放射性炭素年代測定から、大量死が津波によって起こされたことが判明しましたが、どのようなメカニズムで死亡したのか、についてはまだはっきりと分かっていません。船越湾の海底からスキューバ潜水によって採取された堆積物コア(図4)(※2) を観察したところ、津波堆積物の中にビノスガイが埋もれて死んでいるのが偶然見つかっています(図5)。その殻の最後に成長した部位の放射性炭素を分析したところ、2011年死亡説を裏付ける値が得られました(F14C = 1.04)。この個体については、堆積物コアの採取の際に殻が割れてしまったため、年輪解析をすることは叶いませんでした。以上のことから、津波によってビノスガイが死亡した理由として、津波による海底土砂の急激な移動に巻き込まれ堆積物深くに生き埋めになり、飢餓や酸欠などで死亡した可能性が挙げられます。ただし、それ以外の要因(堆積物から露出したことによる捕食など)も関与している可能性があるため、今後の研究が待たれます。1960年5月24日にもチリ沖を震源とする地震が発生し、三陸海岸にも津波が襲来しています(遡上高は約6 m)。現在のところ、この年代で死亡したビノスガイ個体は見つかっていません。2011年3月11日のような巨大津波でなければ、ビノスガイの大量死には繋がらない可能性がありますが、今後さらなる死殻の年代決定とともに明らかになっていくと思われます。

今後の展開

今回船越湾でビノスガイが大量死していた事実は、過去の同様の規模の津波の際にもビノスガイが大量死していた可能性を示しています。特に、明治(1896年6月)と昭和(1933年3月)の時代に三陸海岸に津波が襲来していたことが分かっており(遡上高はそれぞれ38 m、29 m)、これほどの規模の津波であれば、ビノスガイが大量死していてもおかしくありません。まだこの年代で死亡したと断言できる死殻はありませんが(従来法の放射性炭素年代測定では、このあたりの年代で死亡した個体も見つかっています)、年間成長量の記録がさらに充実してくれば、見つかる可能性は十分にあると見ています。さらには、1611年12月には、2011年3月の津波を上回る、超巨大津波もあったと伝承等に残っています(慶長三陸津波)。こうした、地質学的な証拠に乏しい、伝説的な古代の津波の検出にも、ビノスガイの殻が役立つ可能性があります。特に、明治と慶長の津波はビノスガイが殻を成長させる時期に相当するため、殻に直接履歴が刻まれている可能性もあると考えています(例えば、土砂流入の指標であるBa/Ca比など)。今回、135歳という、今まででもっとも長生きの個体(死殻)も見つかりました(生貝の最長寿個体は、92歳)。この個体もまた、2011年3月11日の津波によって死亡した可能性が高いと考えられます。興味深いことに、この個体は過去2回の巨大津波を生き抜いています(3歳の時に明治、44歳のときに昭和の津波)。三陸海岸に生きるビノスガイにとっては、津波は生活史の中で繰り返し経験する事象と言えます。そのため、津波がもっとも大きな環境擾乱であると考えると、津波が長寿生物であるビノスガイの寿命を制約している可能性すらあるのではないかと考えられます。

樹木年輪のように、個体間で年間成長量が同期するということは、個体の寿命を超えて、過去に遡って記録を延伸することが可能であることを意味します。また、ビノスガイの化石は、陸上の地層からも多く見つかっています。そのため、今後、様々な時代の死殻・化石の分析を通じて、特に記録の乏しい北日本の古環境研究が進展することが予想されます。

用語解説

※1 放射性炭素
5730年経過するごとに量が半分になる(半減期)、炭素の放射性同位体。動植物の硬骨格に炭素はふんだんに含まれるので、考古学や古環境学の分野では年代測定に最も一般的に用いられる(ただし、約5万年前まで)。最も多く存在する質量数12の炭素に比べると、1兆分の1程度しか存在しないため、加速器質量分析計などの特殊な装置を用いて分析する。
※2 堆積物コア
様々な方法によって、海や湖の底から採取される柱状の地質試料。柱状のまま非破壊分析(CT画像の撮影など)をしたり、半割したのち断面を観察したりする。
※3 柱状図
地質柱状図とも。砂や泥などの地層を構成するものがどれくらいの厚さで積み重なっているかを柱状の図で示したもの。化石の産出、堆積構造(平行層理、斜交層理、生物攪拌、不整合)なども図に描かれる。図5のように、堆積物の粒径が大きいところほど、幅を広くして描かれる場合がある。

論文情報

タイトル
Evidence of mass mortality of the long-lived bivalve Mercenaria stimpsoni caused by a catastrophic tsunami
DOI:10.1017/RDC.2021.98
著者
Kaoru Kubota, Kotaro Shirai, Naoko Murakami-Sugihara, Koji Seike, Masayo Minami, Toshio Nakamura, Kazushige Tanabe
掲載誌
Radiocarbon

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