神戸大学大学院 国際協力研究科 極域協力研究センター (PCRC) では、ウクライナ侵略後の極域法秩序のあり方について研究しています。この度、米国ハーバード大学と共催した国際ウェビナーの成果として、ウクライナ侵略後においても、ロシア人研究者を含めた北極科学外交に関する対話を継続する必要性を訴えた柴田明穂センター長らの研究グループのCorrespondence記事が、4月28日にNature誌に掲載されました。

ポイント

  • 神戸大学大学院国際協力研究科極域協力研究センター (PCRC) は、米国ハーバード大学との共催で、2022年2月から3月にかけて北極科学外交に関するウェビナーを計3回開催 (北極域研究加速プロジェクト (ArCS II) の一環)
  • ウェビナーの成果として、地球規模の気候変動問題に対応するための北極科学協力にロシア人研究者を関与させることの重要性を訴える記事をNature誌Correspondenceに掲載
  • 極域は地球温暖化の影響が顕著に現れる地域であり、国際科学協力を外交を通じて実現・強化することが重要。しかし、ロシアによるウクライナ侵略は極域科学外交の今後のあり方に暗い影を投げかけている
  • ウクライナ侵略後の国際社会における極域科学協力のあり方と、それを支える外交と国際法秩序について学術的に検討することは喫緊の課題

研究の背景

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略を受けて、戦後の国際法秩序のあり方が問われています。南極については日本もロシアも原署名国である1959年南極条約、北極については1996年ロシアを含む北極圏8ヶ国が設立した北極評議会において、国際科学協力を中心とした法秩序が構築されていました。地球温暖化の影響が顕著に現れる極域での国際科学協力がますます重要になっている矢先に、今回の侵略が起きました。両極域で重要な地位を占めるロシアによる侵略により、外交レベルのみならず、学術交流においてもロシアやロシア人研究者を排斥する動きが進んでいます。ロシアを除く北極評議会メンバー7ヶ国は3月3日に共同声明を発表し、議長国たるロシアが主催する関連会合には代表団を派遣せず、当面の間すべての下部機関会合にも参加しないことを決定しました。他方で、南極条約協議国会議は、ロシアも含めて予定どおり5月23日からドイツ・ベルリンで開催されます。

そのような中、極域協力研究センター (PCRC) は、ハーバード大学ロースクール交渉プログラムとの共催で、北極科学外交に関するウェビナーを2022年2月から3月にかけて計3回実施し、2月に勃発したロシアによるウクライナ侵略後も予定通り続けました。また南極条約については、PCRCセンター長の柴田明穂教授が、5月開催の南極条約協議国会議におけるロシアの取り扱いに関するウェブ記事を、3月20日に公開しました。

研究の内容

まず北極科学外交に関するウェビナーでは、北極科学協力に係わる科学界及び政策決定を主導しているリーダーを集めて、両者の実践的な対話を実現するとともに、将来の北極科学協力を担う若手研究者や学生、実務家にこの実践的な対話を間近に経験してもらう機会を提供しました。講師陣にロシア人研究者がいたこともあり、その開催さえも危ぶまれましたが、主催者の努力により無事開催されました。その成果として発表されたNature誌では、パンデミックなどの短期的な緊急事態から、気候変動などの長期的な危機に至るまで、地球のサステイナビリティーを維持していくためには、情報に基づく意思決定こそが重要であり、関係者全てによる国際協力と共通の利益構築が必要であることが主張されています。また、同記事は、相互に関連しあう文明の共存には、敵味方に関係なくオープンサイエンスが重要であることも主張しています。

「ロシアによるウクライナ侵略に南極条約体制はどう対応すべきか」と題するウェブ記事は、5月23日からドイツ・ベルリンで開催される南極条約協議国会議へのロシアの参加を停止すべきだとする意見に、法的根拠をもって柴田教授が反論するものです。ロシアも南極条約締約国として同会議に参加する権利を有しており、その権利の一時停止を十分な法的根拠なくして強行することは、ロシアからの南極国際協力への対抗措置を誘発し、ひいては南極条約体制全体の瓦解に繋がると警鐘をならすものです。

今後の展開

極域協力研究センター (PCRC) は、極域に関する国際法政策を専門に研究する研究機関として、ロシア人研究者とは学術的に強い協力関係にあります。オープンサイエンスの精神に基づくロシア人研究者との対話の継続は、ウクライナ侵略後の国際社会における極域科学協力のあり方と、それを支える外交と国際法秩序について学術的に検討する上でも不可欠です。

PCRCでは5月17日には、JSPS招へい外国人研究者として神戸大学に滞在中のアレキサンダー・セルグーニン教授 (サンクトペテルブルグ国立大学国際関係学部) より、「ウクライナ危機後の北極協力のゆくえ」と題して研究科院生向けのセミナーが開催されました。セルグーニン教授と柴田教授は、2017年に締結された北極科学協力協定の日本とロシアによるより効果的な実施により、両国科学者間の北極科学協力が促進できる方策について論じる国際共著論文を執筆中でもあります。

今後は、今回の国際ウェビナーのフォローアップとして、今年11月から12月にかけて、日本の科学者、実務者、そして大学院生を主な対象とした北極科学外交に関する人材育成連続セミナーを企画しています。北極域を担当する日本の外交官や極域の自然科学者を講師として、北極の科学協力を促進する2つの国際条約を題材に、国際法と外交と科学協力が三位一体となって展開する北極科学外交の現場に対応し、ウクライナ侵略後の極域ガバナンスの再構築にも貢献できる人材養成プログラムを実施します。

謝辞

本研究は、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II) JPMXD1420318865及びJSPS科学研究費「人新世における南極条約体制のレジリエンス研究」21K18124の一環として実施されたものです。

論文情報

タイトル

Arctic science diplomacy maintains Russia co-operation

DOI

10.1038/d41586-022-01105-3

著者

Paul Arthur Berkman(1), Jenny Baeseman(2), Akiho Shibata(3)

(1) Diplomacy Center, EvREsearch, USA; Harvard law School, USA
(2) Baeseman Consulting, USA
(3) Polar Cooperation Research Centre, Kobe University, Japan

掲載誌

Nature Vol.604 (28 April 2022)

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研究者

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