神戸大学大学院農学研究科の石川亮准教授、石井尊生教授、井上一哉教授、国立遺伝学研究所、英国・ユニバーシティカレッジロンドン、ウォーリック大学、ミャンマー・イエジン農科大学、カンボジア・農務省からなる国際共同研究チームは、日本人、そしてアジアの人々の主食である栽培イネが、雑草である野生イネから誕生した初期過程において、3つの遺伝子の変異による影響を受けて種が落ちにくくなった可能性を明らかにしました。毛利元就の「3本の矢」の故事のように、この3つの遺伝子の変異ひとつひとつの効果は微々たるものですが、それぞれの遺伝子変異がイネの収穫量に与える影響を検証した結果、3つの遺伝子変異が全て揃うことで穂により多くの種子が残りやすくなることがわかりました。我々の祖先がこの種子の落ちにくいイネを発見して利用することで稲作が始まり、安定して米を確保する道を開くことができたと考えられます。また、この研究成果は将来、イネの種子の落ちやすさ(脱穀程度)の改良にもつながり、種子を無駄なく回収することで収量性を向上させたイネ品種の開発などへの展開が期待されます。

この研究成果は、6月23日 (日本時間) にProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) にオンライン掲載されました。

ポイント

  • イネ種子の落下 (脱粒といいます) を防ぐために必要なqSH3遺伝子の原因変異を解明しました。
  • qSH3遺伝子の変異は、YABBYと呼ばれる遺伝子上に生じた1塩基の置換であり、世界で栽培される栽培イネ (インディカ・ジャポニカ) のほぼ全てで変異が見られました。
  • qSH3遺伝子の変異が単独だと種子は自然に脱粒してしまいますが、過去に報告されたsh4遺伝子の変異と重なることで、脱粒に必要な離層が部分的に壊れることがわかりました。
  • qSH3sh4遺伝子の変異による離層の部分阻害だけでは、まだ種子が落ちてしまいますが、ここに穂を閉じるSPR3遺伝子の変異が加わると多くの種子が穂に残り収量が向上しました。
  • 穂の開閉と離層の阻害の関係を構造力学的に解析したところ、3つの遺伝子の変異が揃うことで、脱粒が抑制されてイネの種子は穂に安定して留まることが裏付けられました。
  • 狩猟採集をしていた我々の祖先が、3つの変異を持つ偶然の賜物を目にすることで栽培を始め、イネが作物になる道が開けた可能性が考えられます。

研究の背景

図1. 栽培イネは雑草である野生イネから栽培化された

我々が日々口にするイネ (Oryza sativa) は雑草である野生イネ (Oryza rufipogon) に由来することが知られています (図1)。狩猟採種生活をしていた古代の人々が、野生イネの中から農耕に都合の良い性質をもった個体を選んだことが栽培化のきっかけだと考えられています。野生植物は繁殖のために自らの種子を飛散させる種子脱粒性を備えていますが、安定した収量を得るためには種子脱粒性を抑制する必要があります (図2A)。イネにおいても2006年に種子脱粒性の喪失に必要なsh4遺伝子が発見されたことで、この遺伝子の変異がきっかけとなりイネが栽培化されたと考えられていました。しかし、研究チームはsh4遺伝子の変異は種子脱粒性を抑制する効果を持つものの、その効果は単独ではほとんど機能しないことから、他の遺伝子変異が関わっている可能性に着目しました。そこで、本研究は、イネが栽培化された初期過程に焦点を当て、どのように収穫量を向上させて栽培化が引き起こされたかについて解明するため、植物遺伝学・植物考古学・構造力学を専門分野とする異分野の研究者らが連携して研究を進めました。

図2. 野生イネと栽培イネの種子脱粒性

A. 野生イネと栽培イネの穂の比較:野生イネは種子が熟すと自然に落下する種子脱粒性を持つ。
B. 野生イネと栽培イネの種子基部の比較:種子脱粒性は、種子基部に形成される離層が崩壊することによって引き起こされる。
C. 野生イネと栽培イネの離層形成部位の比較:野生イネでは維管束周囲に完全な離層が形成されるが、栽培イネ (ジャポニカ) では離層が全く形成されていない。

研究の内容

図3. 野生イネの種子脱粒性喪失に関わったqSH3遺伝子の解明

野生イネと栽培イネを交配させた分離集団を用いた遺伝解析によってqSH3遺伝子による種子脱粒性の抑制は遺伝子上のC (シトシン) とT (チミン) の1塩基置換が原因であることを解明。

種子脱粒性は種子基部に形成される離層と呼ばれる組織によって引き起こされます (図2BC)。この離層が阻害されるためには、sh4遺伝子の変異に加えてqSH3という遺伝子に生じたDNAのシトシンからチミンへの1塩基置換が必要であることがわかりました (図3)。この変異は世界で栽培されるイネのほとんど (インディカ・ジャポニカ) で保存されていました。

種子脱粒性に関わるsh4qSH3遺伝子の変異は、それぞれ単独では野生イネの種子脱粒性を失わせることができませんでしたが、sh4qSH3変異の重なりによって、種子脱粒の原因である離層が部分的に阻害されることが分かりました (図4)。しかしながら、このごくわずかな阻害では、自然環境下では種子は簡単に落下してしまい安定した収穫量が得られないことが判明しました。そこで、研究チームは穂の形状に着目しました。

野生イネは穂が開く構造を持っており、種子が落ちやすい構造をしています (図5)。研究チームは穂を閉じる変化を引き起こすSPR3という遺伝子、ならびにsh4qSH3の計3遺伝子の変異の組み合わせを持った8通りの野生イネを交配によって作出し、それぞれの収穫量を実験的に調査しました。その結果、それぞれの効果は微々たるもので、単独、もしくは2つの組み合わせであっても十分な収穫量が得られないことが分かりましたが、3つが揃った場合にイネの収穫量が飛躍的に上昇することを突き止めました (図6)。

図4. qSH3sh4遺伝子の変異が重なることで初めて離層が部分的に阻害される

二重変異と持たせた野生イネでは、維管束周囲のわずかな離層が阻害され (矢尻部分)、種子と枝梗が接合していることが判明した。しかしながら、この部分的な離層の接合では自然環境下ではまだ種子は落ちやすい。

図5. 野生イネの持つ穂のかたち (穂の開帳性)

野生イネは出穂すると穂が開き種子が実ると効率的に種子を飛散させる。一方、栽培イネの穂は閉じている。

図6. sh4qSH3SPR3の3つの遺伝子変異の総組み合わせによるイネの収穫効率の調査結果

8つの植物体の穂のかたち (図上部写真) と圃場における種子の収穫効率 (図下部)。

図7.茶碗一杯のごはん

我々の稲作文化を大切にして、1粒のおコメも残さず食べて頂ければ幸いです (神戸大学生協にて撮影)。

穂が閉じる変化と離層の阻害について、構造力学解析を行うと、両者は相互補完の関係にあり、閉じた穂では重力による種子基部の離層への負荷が開いた穂よりも小さいため、脱粒を抑制して更なる収量増をもたらした可能性が考えられました。sh4qSH3の変異による「種を落としにくい」性質とSPR3の変異による「穂が閉じる」という性質は全く異なるものですが、この偶然のコラボはイネが作物としてデビューする立役者として働いた可能性が考えられます。

毛利元就は3人の息子らに弓矢をそれぞれ持たせて折らせたところ、1本では簡単に折れることを示しました。しかし3本を束ねると強度が増し、折れないことを見せることで3人が協力して国を治めることを説きました。イネの栽培化においては、効果の弱い3つの遺伝子変異が偶然にも協力したことでイネが作物として成功を収める足掛かりとなった可能性があります。

おコメは私たちが日々活動するためのエネルギーの源です。とりわけ、日本のイネ品種は傑作とも言える芸術作品でもあります。我々の祖先のたゆまない努力と改良の歴史に感謝するとともに、我々の稲作文化を大切にして1粒も残さずおいしいおコメを食べて頂ければ幸いです (図7)。

今後の展開

我々にとって重要な作物がどのように作出されたかについては、詳しくわかっていないのが現状です。農耕技術の発展に伴ってさらに種子が落ちにくいイネが作られてきたため、種を落とさない変化にはさらに複数の遺伝子の変異が関わっている可能性があります。これらを追跡することでイネの栽培化過程の解明が期待されます。また、これらの多くの遺伝子を用いて種子の落ちやすさ (脱穀程度) を制御することで、イネの生産した種子を100%利用できるような新たなイネ品種の開発につながる可能性があります。

謝辞

本研究は以下の研究費の支援を受けて実施されました。

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究C (18K05594)
  • 日本学術振興会 外国人特別研究員奨励費 (16F16095)
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 国際共同研究加速基金 (15KK0280)
  • 日本学術振興会 二国間共同研究事業 (JPJSBP120189948 / JPJSBP120219922)
  • 日揮実吉奨学会研究助成事業
  • 木下記念事業団学術研究助成事業
  • 遺伝研共同研究事業(NIG-JOINT 83A2016-2018)

また、本研究で用いた野生イネ系統は国立遺伝学研究所植物遺伝研究室および文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)より分譲を受けました。

論文情報

タイトル
A stepwise route to domesticate rice by controlling seed shattering and panicle shape
DOI
10.1073/pnas.2121692119
著者
Ryo Ishikawa, Cristina Cobo Castillo, Than Myint Htun, Koji Numaguchi, Kazuya Inoue, Yumi Oka, Miki Ogasawara, Shohei Sugiyama, Natsumi Takama, Chhourn Orn, Chizuru Inoue, Ken-Ichi Nonomura, Robin Allaby, Dorian Q Fuller and Takashige Ishii
掲載誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)

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研究者

SDGs

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