神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻の大学院生 鈴木良将、國方伸亮 (現・富山県産業技術研究開発センター) らは、ナノ空間に存在する電池用電解液に用いられる二元系非水溶媒において溶媒が不均化をおこすこと、また、特にエーテル鎖を有するグライム系分子が固体表面に凝集し、粘性を著しく増大させることを見い出しました。

本研究は、神戸大学大学院工学研究科の水畑穣教授と東北大学未来科学技術共同研究センター (NICHe) の栗原和枝教授の他、北海道大学、公立小松大学、ヤゲウォ大学からなる研究グループにより行われました。

この研究成果は、7月12日に米国化学会 (American Chemical Society) が発行するJournal of Physical Chemistry C にオンライン掲載されるとともにSupplementary Coverとして採択され7月21日に公開されました。

ポイント

  • 固体表面により形成されたナノ空間における二元系非水溶媒の不均化現象をイオン伝導測定・ずり粘性測定により見いだした。
  • 電解質濃度を上げることによって、不均化は抑制され、イオン移動がスムーズにおこることが見い出された。
  • 得られた結果は電池材料内のナノ細孔における液体の構造や流動、イオンの移動に対して固相の表面物性が大きな影響を与えることを示しており、電池材料の開発において表面制御が重要な要素技術となることを界面電気化学の立場から示した。

研究の背景

リチウムイオン電池は4Vを越える高い電圧下で動作します。このような高い電圧で動作させるにはその電圧で分解されないよう、有機溶媒が用いられます。一般的にリチウム電解質を良く溶かす溶媒は粘性が高いため、反応を促進するため低粘性溶媒を混合して用いられます。一方、高出力な電池を実現するには電流を大きく取り出せる電極材料や隔膜 (セパレーター) が必要であり、そのために微細な粒子からなる表面積が大きな材料を高密度に充填する必要があります。電解質はこのような高密度ですきまの小さな空間に入り込み、スムーズにイオンを受け渡ししなければなりません。その環境下において、溶媒が固体とどのような相互作用を持ち、イオンの移動にどのような影響を及ぼすかを知ることは電池の性能を向上させる上で重要な知見となります。

 

研究の内容

今回用いた溶媒はリチウム電解質を良く溶かす分極性の強い炭酸プロピレン (PC) とエーテル結合を有する低粘性な1、2ジメトシキエタン (DME) との組み合わせによる混合溶媒であり、本来高い電気伝導性を示すことが古くから知られていました。しかしながら、金属酸化物の粉体と共存させると PCにDMEを添加しても電気伝導率は増加せず、低粘性溶媒の働きが失われてしまうことがわかっていました (文献1)。

鈴木・國方の両名は工学研究科水畑穣教授の下、PC-DMEの混合溶媒を用いたLiClO4溶液をシリカナノ粒子と共存させ、イオン伝導率・NMR・ラマン分光・赤外分光の測定を行うとともに、東北大学教授により開発された表面ずり粘性測定法を用いることによって、本来粘性を低下させるエーテル系分子が固体表面に凝集し、溶媒の不均化が生じ、粘性を上げてしまうことを見い出しました。このことは、固体表面における通常のイオン伝導が抑制されることを示唆しますが、比較的高濃度の電解液を用いることによって、不均化現象を抑制することができることも実証しました (図1)。

図1 PCとDMEとの相分離現象

リチウム塩がない場合にはDMEは固体との界面付近に凝集し、粘性が非常に高くなることを見いだした。リチウム塩の濃度の上昇とともにイオンの溶媒和が進み、溶媒の不均化は起こりにくくなる。

図2 固体と共存させたPC-DME混合溶媒のNMRスペクトル

固体と混合することによりPCのピーク (a~c) は全体的に幅広のピークになるがDMEのピーク (d,e) は液相90%以下ではほとんど見られなくなる。

この現象は固体表面にDMEが吸着しやすいという現象を、核磁気共鳴 (NMR) 分光による定量分析により見いだしたことをきっかけに、多くの物性測定を経て明らかにされてきました (文献2)。固体を添加するとその表面に吸着したDME分子はその動きが妨げられ、NMRの測定においてそのピークが見られなくなります (図2)。

このような現象が生じると低粘性溶媒を加えることによって期待されるイオン伝導の向上が見られなくなるだけでなく、相分離によってイオンがPC側に濃縮され、イオン伝導の低下をもたらす解離の抑制が生じてしまいます。

図3 ずり粘性測定装置

石英に挟まれた液体の間隔は数nmまで近づいていることを光の干渉で測定する。

この現象をより精密に解明し、イオン伝導をどのように向上させるかを検討するため、図3の表面ずり粘性測定装置により固体表面付近での液体の粘性を測定しました。この装置は曲面からなる表面をもつ石英を向かい合わせに配置し、そのうち片方を高周波で共振させます。挟まれた液体の粘度が高くなると、液体は固体とともに振動を始め、もう片方の石英と共に振動を始めます (文献3)。その際、両方の石英が共に動くと共鳴振動数が極端に変化します。この装置はその振動の変化を光学的に捉え、挟まれた液体の粘性を測定する装置として開発されたものです。この装置を用いることにより、数nmのすきまに挟まれた液体が2相に分かれ、DMEが表面に存在すると単一溶媒系の場合より極めて長距離まで振動が伝搬することがわかりました (図4)。

図4 ずり粘性測定装置でえられた振動の伝搬を示すグラフ (左) とずり粘度と石英間距離との関係

この結果では石英の間隔を約10 nmとしたとき、共鳴振動数が200→350 rad/sと極端に増加し、直接接触しなくても石英間での振動が伝搬していることから間の液体の粘性が増加していることがわかる。PCとDMEとの混合溶媒ではこの振動の伝搬が60 nmから起きており、単一溶媒とは全く異なる構造をとることが示唆される。

この現象は特にPC-DME混合溶媒系で極端に示され、従来組成を制御すればよいとされてきた二元系溶媒の働きが固体近傍で大きく変化することが示されるという興味深い結果が得られました。一方、一般的に電池で用いられるリチウム電解液の濃度 (約1 mol/L,約10%) よりも高くなり、2~3 mol L-1 (約20-30%) になると、不均一な構造をとるDMEがリチウムイオンと安定な溶液構造を形成することもわかりました。このことから濃厚系溶液の利用におけるイオン伝導率の向上が認められることもわかりました。さらにこの現象における固体−イオン間、イオン−溶媒間の相互作用をラマン分光分析により測定しており、さまざまな液体中の構造変化と固体表面におけるイオン伝導との間で相関があることを見いだしています。

この固体と液体との界面における特異な現象はより高出力・高容量な電池を開発する上で、電極材料の界面制御が重要な役割をもつことを示すものとして、高い関心を呼んでいます。本研究を行った鈴木は関連する研究で公益社団法人電気化学会から2021年、2022年の2度に渡って学生講演奨励賞を受賞している他、本学次世代研究者挑戦的研究プログラムの下、企業との共同研究に積極的に参画しており、本研究もその成果に大きく貢献することになりました。

今後の展開

神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻無機物質創成化学研究室では水畑穣教授のライフワークである界面電気化学をベースに電気化学デバイスにおける様々な特異的現象の解明を進めています。本成果は電池材料だけでなく、様々な固液界面を有する材料の評価法にも関係しており、電池材料、金属腐食、セラミックスを用いた光電気化学材料等、多様な界面を用いたエネルギー変換材料の創成に取り組んでいきます。

謝辞

本研究は以下の支援を受けて行われました。

  • 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST) (12101607)
  • 同 次世代研究者挑戦的研究プログラム (SPRING) (PMJSP2148)

論文情報

タイトル

Disproportionation Phenomenon at the Silica Interface of Propylene Carbonate–1,2-Dimethoxyethane Binary Solvent containing Lithium Perchlorate

DOI

10.1021/acs.jpcc.2c02980

著者

Yoshimasa Suzuki, Nobuaki Kunikata, Motohiro Kasuya, Hideshi Maki, Masaki Matsui, Kazue Kurihara, and Minoru Mizuhata

掲載誌

Journal of Physical Chemistry C

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研究者