神戸大学大学院工学研究科の阪上公博教授、奥園健助教、および大学院博士課程前期課程学生 (研究当時)・草鹿みどり氏の研究グループは、音環境の制御に不可欠な吸音材料について、近年注目されている微細穿孔板 (MPP) 吸音体に対して、微細孔によって図案を表現するドットアート手法を用いることで、デザイン性と吸音性能に優れた吸音体の設計手法を提案しました。今後、建築空間の音環境調整において、視覚的にも優れた快適な音環境づくりへの貢献が期待されます。

この研究成果は、2022年7月31日に、国際学術雑誌「Acoustics」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • 快適な音環境を作るために不可欠な吸音材料として、微細穿孔板 (MPP) *1に対して1㎜以下の微細な孔を用いて図案を表現するドットアート手法を応用し、デザイン的に優れた吸音体を開発しました。
  • 図案を孔で表現することで孔の配置が不均一となり、吸音特性の予測が難しくなりますが、本研究ではその理論的予測手法を合わせて検討し、実用的な設計手法を提案しました。
  • 上記の理論に基づいてドットアート手法によるMPPの設計コンセプトを提案し、簡易な吸音特性の予測手法のもと、デザイン性に優れた吸音体の作成を可能としました。

研究の背景

様々な建築空間において、その音環境の制御、例えば長すぎる響きや、騒音を抑え、快適な音環境の空間をつくるには、吸音材料と呼ばれる音のエネルギーを吸収する材料が不可欠です。吸音材料には、古くから多孔質型吸音材料 (グラスウールなど繊維系材料やウレタンフォームなど発泡系材料) が使われてきましたが、これらはデザイン性の観点から、しばしば建築のデザインにおいて敬遠されることがあります。その結果、室空間においては、音が響きすぎて会話がしづらい、喧騒感が高く疲れる、落ち着かない、などの問題が生じることがあります。したがって、近年はデザイン的にも優れた吸音材料が求められています。デザイン性に優れた吸音材料として、近年、微細穿孔板 (MPP) と呼ばれる材料が注目されています。これは、薄い板やフィルムに細かい孔を開け、背後に空気層を設けることで共鳴による吸音を生じるものです。MPPは一般的に、等間隔で規則的な孔を開けて作成しますが、デザイン的な目的から孔の開き方が不均一なものが、最近は提案されています。しかし、その場合は吸音特性の予測が困難となり、設計段階での予測ができない場合もあります。

本研究グループでは、まず孔の開き方が均一でないMPPの吸音特性を詳細に検討し、その予測手法を提案するとともに、その適用範囲を明確にしました。続いて、それをもとにMPPにドットアート手法 (点描法) によって図案を意匠するための設計指針を提案しました。提案した指針に基づいて試作実験を行い、高い自由度で吸音特性を予測可能なドットアート手法による図案を施したMPPを作成できることを示しました。

研究の内容

図1 本研究で提案したドットアート手法によるMPP吸音体のコンセプト

星形の図案を大きい孔 (図中では赤い点) で示し、背景を小さい孔 (図中ではグレーの点) で構成する手法。

まず予備検討として、さまざまなパターンの孔の開け方をした不均一なMPP試験体を12個用意し、提案した理論的な吸音特性予測方法により吸音特性を求め、どのような孔の開け方であれば吸音特性が精度よく予測できるか、音響管法*2による実験値との比較により詳細に検討しました.その結果、(1) 孔が吸音体の表面全体にまんべんなく分布していること、および (2) 孔の間隔が一定であることの2つの条件が、設計段階で事前に吸音特性を予測できる条件であることを示しました。したがって、ドットアート手法によってデザインを施す場合にも、これらの条件が満たされることが必要となります。

ドットアート手法によるデザイン的に優れたMPPを作成する重要なポイントとして、上記の2つの条件を満たすためには、孔が板の全面に均等に分布していることが必要となります。従って、ドットアート手法によって描画する図案以外の背景部分にも、孔を開ける必要があります。

本研究では、描画部分には大きい孔 (直径0.8~1.0㎜)、背景部分には小さい孔 (直径0.2㎜) を用いることで、板表面全体に孔が分布するという (1) の条件を満たし、かつ孔間隔を一定とすることで (2) の条件を満足する方法を設計コンセプトとして提案しました。この方法によれば、少し離れて見ると背景部分の小さい孔はほとんど見えず、大きい孔でデザインした図案だけが見えるようになります。このコンセプトを図示したものが図1です。

このコンセプトに基づいて、さまざまなデザインのMPP試験体を9個作成し、理論によってそれらの吸音特性を予測し、実験的に測定した吸音特性と比較しました。作成した試験体の一部の写真を、図2に示します。比較の結果、すべての試験体について両者は良好な一致を示しました。結果の一例を図3に示します。したがって、本研究で提案する手法によって、意匠性に優れたドットアート手法によるMPP吸音体が作成できることが示されました。

図2 実験に使用したドットアート手法によるMPP吸音体の試作品の例

10㎝角のアルミ板に、図案部分は直径0.8㎜、背景部分は直径0.2㎜の孔を開けて製作したもの。

図3 ドットアート手法によるMPP吸音体試作品 (図2左端の星の図柄のもの) の吸音特性

横軸は周波数 (Hz)、縦軸は吸音率。オレンジの線は音響管法による実測値、青点線は本研究で提案した手法による予測値。両者は良好な一致を示している。

今後の展開

今回の研究成果を利用すれば、教育施設、医療施設、飲食店などの様々な空間の音環境デザインにより高い意匠性を与えることができます。例えば、近年、注目されている保育園や幼稚園といった施設の音環境づくりにおいて、園児にとって魅力的な質の高い空間を作ることができる可能性があります。また、本研究の成果によれば、単にデザイン的に優れたMPP吸音体を作れるだけでなく、不均質なMPP吸音体全般に対して理論的な吸音特性予測、設計指針を与えるものとなることが期待されます。

用語解説

*1 微細穿孔板 (MPP) 吸音体
厚さ1㎜以下の薄い板あるいはフィルムに、直径1㎜以下の微細孔を多数開けたもので、背後に空気層を設けることで音のエネルギーを吸収する吸音体。木材、プラスチック、金属など様々な材料を用いて製作できる。
*2 音響管法
音響管と呼ばれる測定装置を使用して、材料に垂直に音波が入射する場合の吸音性能を測定する実験方法。音響管の両端部の一方に材料を設置し、もう一方の端部から音を放射し、管内に設置した2本のマイクロホン間の伝達関数から吸音性能を計算する。音響材料の試作段階でよく使用される。

論文情報

タイトル
A Basic Study on the Design of Dotted-Art Heterogeneous MPP Sound Absorbers
DOI
10.3390/acoustics4030037
著者
Kimihiro Sakagami, Midori Kusaka and Takeshi Okuzono
掲載誌
Acoustics

研究者