(グラフィカルアブストラクト)

神戸大学大学院医学研究科生理学分野の中井信裕特命助教、内匠透教授 (理化学研究所生命機能科学研究センター客員主管研究員)、北海道大学大学院医学研究院神経薬理学教室の佐藤正晃講師らの国際共同研究グループは、大脳皮質の広範囲な神経活動を行動中のマウスから測定することができるVR※1イメージングシステムを構築し、自閉症※2モデルマウスの皮質機能ネットワーク※3ダイナミクス異常を明らかにしました。また、機械学習※4によって走り始めるときや止まるときの皮質機能ネットワークパターンから自閉症モデルマウスと野生型マウスを高精度に判別することに成功しました。

今後、自閉症の脳機能ネットワークダイナミクス研究が進むことで、自閉症診断のための新たなバイオマーカーの創出が期待されます。

この研究成果は、3月28日 (米国東部時間) に、Cell Reportsに掲載されました。

ポイント

  • 行動中のマウスから広範囲皮質活動を測定することができるVRイメージングシステムを構築した。
  • 自閉症モデルマウスでは運動開始後の皮質機能ネットワークが密になっており、モジュール性※5が低下している。
  • 機械学習によって皮質機能ネットワークパターンから自閉症モデルマウスを高精度に判別できる。

研究の背景

自閉症 (自閉スペクトラム症) は未解明な部分の多い神経発達障害であり、特徴として社会性コミュニケーションの低下、特定の物事への強いこだわりや繰り返し行動を呈します。自閉症者は顕著な増加傾向にあり、社会課題のひとつとして考えられています。現在でも自閉症診断は行動特徴を基に行われるため、定量的観点からはほど遠く、新たなバイオマーカーの創出が望まれています。

近年では自閉症者特有な脳の機能的異常を明らかにするための研究が進められています。安静時のfMRI※6研究では、幼少の自閉症者では脳機能ネットワークの密度が増加して、成人では低下していることが示唆されています (文献1)。しかしながら、こういった変化は個人差も大きく、また、安静時の解析のため脳機能ネットワーク異常がどのように行動に影響を与えるのか明らかとなっておりませんでした。

自閉症には遺伝的素因が強く関連し、コピー数多型※7などのゲノム異常が脳神経病態に関与するものと考えられています。最近では自閉症の脳神経病態を解明するためにヒトのゲノム異常をモデル化した動物 (特にマウス) がよく用いられています。本研究では、行動中の自閉症モデルマウスの脳活動をリアルタイムで測定することのできるVRイメージングシステムを開発し、脳機能ネットワークダイナミクスを調べることで、行動時の脳内に生じる自閉症特有の現象を明らかにしたい、と考えました。

研究の内容

はじめにVRイメージングシステムを構築しました (図1A)。頭部固定したマウスをトレッドミル上に置き、スクリーンに映し出されたバーチャル空間の映像を見せます。バーチャル空間には実際のマウス行動実験に使われるフィールドを再現したものを用意しました。トレッドミルの動きが映像に反映されるので、マウスは自由にバーチャル空間を探索することができます (図1B)。運動量などの行動測定と同時に、経頭蓋カルシウムイメージング※8を行い、大脳皮質の広範囲な機能領野活動をリアルタイムで計測します (図1C-E)。このためにカルシウムセンサータンパク質 (GCaMP)※9を神経細胞に発現するトランスジェニックマウスを用いました。また、皮質機能ネットワークダイナミクスの解析手法を確立しました。カルシウムイメージングから得られた1秒間の神経活動データから機能領野間の相関を計算し、グラフ理論を用いて機能ネットワークを可視化しました (図1E)。

マウスが自発的に運動を開始するまたは停止するタイミングを基準に前後3秒間の時間帯を解析し、各時間窓のネットワーク特性を調べました。その結果、運動開始とともにネットワークの構造が変化し、モジュール性が増加することが明らかとなりました (図2)。また、運動停止とともにネットワーク構造が静止時の状態に戻ることがわかりました。このように、静止状態から運動状態、運動状態から静止状態に切り替わるときのネットワークダイナミクスを可視化することに成功しました。

図1. VRイメージングシステムによる皮質機能ネットワークダイナミクスの可視化

A, VRイメージングシステムの概要図。
B, 実験風景の写真。
C, 経頭蓋カルシウムイメージング用にカバーガラスとヘッドプレートを透明セメントでマウス頭蓋に固定する。
D, 大脳皮質のカルシウムイメージング画像に合わせた関心領域の位置 (上) と機能領野 (下)。
E, VRイメージングシステムで記録したマウス行動状態と機能領野における皮質活動の一例。
ROI:関心領域。dF/F:蛍光輝度変化率 (%)。1秒間の時間窓における領域間相関から機能ネットワークを可視化する。

図2. 自閉症モデルマウスにおける皮質機能ネットワーク異常

A, 野生型マウスと15q dupマウスの行動結果の一例。
B, 移動距離の比較。
C, 長・短時間の移動・静止状態の割合。長時間は3秒以上、短時間は3秒未満。
D-E, 野生型マウス(D)と15q dupマウス(E)の行動開始点と停止点付近における皮質機能ネットワークダイナミクスの変化。
F, 行動変化点前・後における各関心領域が持つ機能的結合数の平均値。
G, 各関心領域のネットワーク中心性の平均値。
H, モジュール性の比較。

そして、このVRイメージングシステムを用いて、自閉症モデルマウスの大脳皮質機能ネットワークを解析しました。実験には、世界で最初のコピー数多型の自閉症モデルマウスとして確立された15q dupマウス※10を用いました。15q dupマウスはトレッドミルの運動量が低下しており、VR空間上の移動距離が低下していました (図2A-C)。皮質機能ネットワークを調べたところ、運動開始後のネットワーク結合が密になっており、ネットワーク中心性が減少、さらに、機能ネットワークのモジュール性が低下していることがわかりました (図2D-I)。

このようにネットワークパターンに違いが認められたことから、機械学習のひとつであるサポートベクトルマシンを用いて、皮質機能ネットワークによる自閉症モデルマウスの識別を試みました (図3A)。複数個体の15q dupマウスと野生型マウスのネットワークパターンを学習させて、別個体のテストデータが自閉症モデルマウスであるかどうかを判別したところ、78~89%の精度で判別することに成功しました (図3B)。この結果は、行動するときの脳機能ネットワークには自閉症識別に関する汎用性の高い情報が含まれていることを示唆します。また、脳の中でどの情報が重要視されているかを調べたところ、特に運動野の機能的結合が自閉症モデルマウスの識別に重要であることが明らかとなりました (図3C)。

図3. 皮質機能ネットワーク情報による自閉症モデルマウスの判別

A,サポートベクトルマシンに行動開始前後の皮質機能ネットワーク情報を学習させ、未知のデータから自閉症モデルマウスと野生型マウスを判別する。
B, 行動開始点における各1秒時間窓のデータを用いたときの機械学習による判別精度 (緑:全機能的結合で学習したとき、青:重要指数上位1%の機能的結合のみで学習したとき、灰:ランダムデータで学習したときの結果)。
C, 機能領野の重要指数。数値が高いほど自閉症モデルマウスと野生型マウスの判別に重要視される。右図は重要指数上位の結合を可視化したもの。

以上から、自閉症モデルの15q dupマウスでは運動時の皮質機能ネットワークが密になっており、モジュール性が低下していました。また、機械学習を用いることで、行動変化に関連するときの皮質機能ネットワークパターンから自閉症モデルマウスを高精度に判別できることを明らかにしました。

今後の展開

自閉症モデルマウスの脳機能ネットワークの特徴として、運動野の機能的結合が自閉症の判定に重要であることが明らかとなりました。今後、これらの解剖学的結合や神経生理を詳細に研究することで、運動野と他のどの脳領域とのネットワークが自閉症病態の要因となるかを解明していくことができます。また、行動するときの自閉症の脳機能ネットワークダイナミクス研究が進むことで、自閉症診断のための新たなバイオマーカーの創出が期待されます。

本研究では、行動中のマウスから記録された広範囲皮質活動を解析することで、脳の皮質機能ネットワークが行動依存的にダイナミックに変化する様子を可視化することができました。VRイメージングシステムのバーチャル空間は、現実世界で行われるマウス行動課題フィールドを再現しています。VRでは、視覚、聴覚、嗅覚など複数の感覚情報を利用したマルチモーダル環境を構築することが可能です。自閉症者の主な症状として社会性コミュニケーションの低下が挙げられますので、将来的には、バーチャル空間にマウスの社会環境を構築し、自閉症モデルマウスが社会行動を行うときの脳機能ネットワークダイナミクスがどのように変化しているのかを調べていきたいと考えております。

用語解説

※1 VR (バーチャルリアリティ)
コンピュータで作り出された3D空間。ヒト用VRではヘッドセットなどで映像を見るが、本研究のマウス用VRではドーム型状スクリーンにバーチャル空間を投影して没入体験を与える。マウスはトレッドミルを歩くことでバーチャル空間を自由に探索できる。
※2 自閉症 (自閉スペクトラム症)
自閉症は神経発達障害のひとつであり、主な行動特徴として社会性コミュニケーションの低下、特定の物事への強いこだわりや繰り返し行動を示す。自閉症者では多様な種類の遺伝子変異やゲノム異常が報告されているが、未だ多くの自閉症は原因が不明である。
※3 機能ネットワーク
二つの領域間の活動時系列変化から導き出された機能的結合で表されるネットワーク。二領域が互いに強く同期した (相関が高い) 活動を示す場合、機能的結合が強くなる。グラフ理論は脳機能ネットワークを可視化するための一つの手法であり、相関の閾値を越えたものどうしをノード (脳領域) とエッジ (機能的結合) でグラフ化することで、ネットワーク構造を示すことができる。
※4 機械学習
機械 (コンピュータ) が大量のデータ (訓練データ) を学習し、データの背景にあるルールやパターンを見い出すことで、未知のデータ (テストデータ) を予測・分類する技術。教師あり学習、教師なし学習、強化学習などに分類される。本研究で用いたサポートベクトルマシンは、音声や画像認識など多くの分類問題に使用されている教師あり学習である。
※5 モジュール性
モジュールはネットワークの一部を構成するひとまとまりのグループ (クラスター) のこと。類似性や結合の仕方で分類される。モジュール性とはネットワークに含まれるノード (脳領域) をどのくらいのモジュールに分けることができるかを表す。
※6 fMRI (機能的磁気共鳴画像)
神経活動に付随する局所的な脳血流変化を計測する方法。時間解像度は低いが、脳全体の活動を網羅的に計測することができる。
※7 コピー数多型
染色体上の1 kb以上にわたるゲノムDNAが欠失あるいは重複している状態。疾患に関与する遺伝子が含まれている場合、疾患の遺伝的原因となりうる。
※8 経頭蓋カルシウムイメージング
カルシウムイメージングは細胞、組織等の神経活動依存的なカルシウム濃度変化を光学的に計測する技術。数十ミリ秒単位の測定が可能であるためfMRIと比べて時間解像度が高い。また、頭蓋骨を除去することなく、頭蓋骨越し (経頭蓋) に神経活動を計測するため、脳に対する侵襲性が低い。
※9 カルシウムセンサータンパク質 (GCaMP)
細胞内カルシウムイオン濃度を蛍光シグナルで検出するためのタンパク質。GCaMPは遺伝子工学によって緑色蛍光タンパク質、カルモジュリン、ミオシン軽鎖フラグメントを結合させて作製したタンパク質プローブ。カルシウムイオンが結合するとGCaMPの蛍光強度が増す。神経細胞が活動すると細胞内カルシウム濃度が増加するため、神経活動をGCaMP蛍光強度の変化として検出することができる。
※10 15q dupマウス
自閉症患者で高頻度に見つかっているヒト染色体15q11-13重複を再現したモデルマウス。15q dupマウスは自閉症者と同様、社会性行動の低下が認められる。これまでの研究で、大脳皮質シナプス結合やセロトニン神経系の異常、安静時における脳全体の機能的結合の低下などが確認されていたが、15q dupマウスが行動するときに脳機能がどのように変化するのか調べられていなかった。本研究では、GCaMPトランスジェニックマウスを掛け合わせることで、行動中の15q dupマウスの脳活動をVRイメージングシステムで解析した。

謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (基盤研究 (S))、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業・目標9、武田科学振興財団研究助成などによる支援を受けて行いました。

論文情報

タイトル
Virtual reality-based real-time imaging reveals abnormal cortical dynamics during behavioral transitions in a mouse model of autism
DOI
10.1016/j.celrep.2023.112258
著者
Nobuhiro Nakai1,2, Masaaki Sato1,3*, Okito Yamashita4,5, Yukiko Sekine1, Xiaochen Fu1, Junichi Nakai6, Andrew Zalesky7, Toru Takumi1,2,8,9*
  • 1 RIKEN Brain Science Institute, Wako
  • 2 Department of Physiology and Cell Biology, Kobe University School of Medicine
  • 3 Department of Neuropharmacology, Hokkaido University Graduate School of Medicine
  • 4 RIKEN Center for Advanced Intelligence Project
  • 5 Department of Computational Brain Imaging, ATR Neural Information Analysis Laboratories
  • 6 Division of Oral Physiology, Department of Disease Management Dentistry, Tohoku University Graduate School of Dentistry
  • 7 Melbourne Neuropsychiatry Centre and Department of Biomedical Engineering, The University of Melbourne
  • 8 RIKEN Center for Biosystems Dynamics Research
  • 9 Lead contact
  • *Corresponding authors
掲載誌
Cell Reports

引用文献

  • 1. Uddin LQ, Supekar K, Menon V. Reconceptualizing functional brain connectivity in autism from a developmental perspective Front Hum Neurosci. 2013, 7, 458.

研究者