東京大学医学部附属病院の山田臣太郎特任研究員、候聡志特任助教、伊藤正道特任助教、野村征太郎特任准教授、小室一成教授 (研究当時)、理化学研究所環境資源科学研究センターの佐藤繭子技師、豊岡公徳上級技師、東京医科歯科大学生体材料工学研究所の池内真志教授、神戸大学大学院医学研究科の仁田亮教授、国立成育医療研究センター研究所の高田修治部長、梅澤明弘所長、東京大学先端科学技術研究センターの油谷浩幸シニアリサーチフェロー (特任研究員) らの研究グループは、重症拡張型心筋症の患者家系の遺伝子解析によって同定した遺伝子変異 (LMNA Q353R) を再現した疾患モデルマウスおよび疾患特異的iPS心筋細胞を樹立し、高圧凍結技法による電子顕微鏡撮影 (注1)、シングルセルRNA-seq・ATAC-seq (注2)、プロテインアレイ解析 (注3) といったさまざまな解析技術を用いて調べました。

社会の高齢化が進む中、日本のみならず先進国では軒並み慢性心不全 (注4) の患者数が増加し続けており、その治療成績は悪性腫瘍と同等ないしはそれ以上に悪いことが知られています。拡張型心筋症 (注5) は慢性心不全を引き起こす原因疾患の一つであり、核ラミナ (注6) の主要構成要素の一つであるラミンA遺伝子 (LMNA) に生じる遺伝子変異は特に重症な拡張型心筋症を引き起こすことが知られていますが、そのメカニズムはまだ十分解明されていません。

この度、本研究グループは、変異型ラミン分子によって心筋細胞の成熟化に必要な転写因子TEAD1の働きが損なわれることを明らかにしました。

本研究結果は日本時間4月15日に米国科学雑誌「Science Advances」にて発表されました。

図1:LMNA 変異によって心筋細胞の成熟障害が引き起こされるメカニズム

ポイント

  • 重症心不全を呈する拡張型心筋症の原因となるLMNA (ラミン) Q353R遺伝子変異を持つ疾患特異的iPS心筋細胞および疾患モデルマウスを樹立し、高圧凍結・凍結置換法による電子顕微鏡撮影等から心筋細胞に構造異常が認められました。
  • シングルセルマルチオミックス解析により、発生過程における心筋細胞の成熟化が不十分であることが分かり、その機序として転写因子TEAD1の働きが変異したラミン分子によって阻害されることが明らかとなりました。
  • TEAD1を活性化するTT-10という化合物によって変異型iPS心筋細胞の成熟化が正常化されるという発見により、この種の拡張型心筋症の新規治療薬となりうることが期待されます。

研究の背景

近年、世界的に心不全患者は増加の一途を辿っており、高齢化の影響もあって患者数は2030年には米国で約800万人、日本で約130万人に達すると推計されています。心不全患者には、さまざまな内科的・外科的治療が試みられていますが、依然として生存率は悪く、通常では心不全と診断されてから5年間のうちでの死亡率は約50%にも上ると考えられています。心不全は、さまざまな心疾患によって引き起こされますが、その中でも拡張型心筋症は日本における心臓移植の原因疾患の6~7割を占めるほど重症心不全を引き起こすことが知られています。本研究グループは、過去に日本の拡張型心筋症患者のゲノム解析を行い、核ラミナの主要構成要素の一つであるラミンA遺伝子 (LMNA) に生じる遺伝子変異は特に重症な拡張型心筋症を引き起こすことを報告してきました。一方で、なぜLMNAの遺伝子変異が重症心不全をもたらすのかは未だ明らかでないことも多く、そのため治療法の開発もまだ不十分と言えます。

研究の内容

本研究グループは、まず、重症拡張型心筋症の患者家系の遺伝子解析によって同定した遺伝子変異 (LMNA Q353R) を再現した疾患モデルマウスおよび疾患特異的iPS心筋細胞を樹立しました。これらを高圧凍結・凍結置換法による電子顕微鏡技術等によって解析した結果、心筋細胞内の核やサルコメア (注7) に構造異常があることが明らかとなりました。続いて、シングルセルRNA-seq解析およびATAC-seqを行い、LMNA Q353R変異心臓では転写因子TEAD1によって制御される心筋細胞成熟化遺伝子の発現がうまく機能していないため、未熟な心筋細胞が多くなることを明らかにしました。さらに、変異型iPS心筋細胞を用いてプロテインアレイ解析や免疫染色解析を行うことで、変異型ラミン分子がTEAD1と強く結合し、その結果として変異型iPS心筋細胞ではTEAD1が変異型ラミン分子のある核ラミナに多く結合していることが分かりました。すなわち、変異型ラミンによって構成された核ラミナにTEAD1がトラップされることによって本来のTEAD1の働きが損なわれ、その結果として心筋細胞が成熟化できずに未熟な状態となることがLMNA Q353R変異拡張型心筋症による心不全のメカニズム (図1) であると考えられます。そこでTT-10という、本研究グループが以前独自に開発したTEAD1の転写活性を上げる化合物を変異型iPS心筋細胞に投与した結果、TEAD1によって制御される遺伝子発現が正常化し、心筋細胞としての機能も回復することが分かりました。

今後の展望

本研究では、疾患モデルマウスや疾患特異的iPS心筋細胞を樹立し、多様な解析を通して重症拡張型心筋症患者の病態を明らかにし、その結果、新たな治療ターゲットや治療薬候補を見つけることができました。個別化医療や精密医療の重要性が叫ばれて久しいですが、がん領域と異なり、循環器領域ではまだそれほど実践されていないのが現状です。本研究のように、患者ごとに病態を詳細に解明することが個別化医療を実践する上で重要であると考えられます。今回の成果を発展させ、さまざまな解析技術を駆使して重症心不全を引き起こす疾患の解析を進め、さらなる心不全の治療成績向上を目指していきます。

発表者

東京大学

医学部附属病院 循環器内科

  • 山田 臣太郎 (特任研究員)

大学院医学系研究科

  • 重症心不全治療開発講座
    候 聡志 (特任助教) <医学部附属病院 循環器内科>
  • 先端臨床医学開発講座
    伊藤 正道 (特任助教) <医学部附属病院 循環器内科>
  • 先端循環器医科学講座
    野村 征太郎 (特任准教授) <医学部附属病院 循環器内科>
  • 循環器内科学
    小室 一成 (教授:研究当時) <医学部附属病院 循環器内科>

先端科学技術研究センター

  • 油谷 浩幸 (シニアリサーチフェロー (特任研究員)、東京大学名誉教授)

国立研究開発法人理化学研究所

環境資源科学研究センター

  • 佐藤 繭子 (技師)
  • 豊岡 公徳 (上級技師)

国立成育医療研究センター研究所

  • 梅澤 明弘 (所長) <再生医療センター センター長>

システム発生・再生医学研究

  • 高田 修治 (部長)

東京医科歯科大学

生体材料工学研究所 精密医工学分野

  • 池内 真志 (教授)

神戸大学

大学院医学研究科 生体構造解剖学分野

  • 仁田 亮 (教授)

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構 (AMED) 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「心筋細胞を標的とした遺伝子治療・変異修復治療による心臓疾患治療法の開発」(代表:野村征太郎) 革新的先端研究開発支援事業「心臓ストレス応答における個体シングルセル四次元ダイナミクス」(代表:野村征太郎) 難治性疾患実用化研究事業「オールジャパン拡張型心筋症ゲノムコホート研究によるゲノム医療の発展」(代表:野村征太郎) 「時空間的遺伝子発現・制御解析に基づく難治性肥大型心筋症の病態解明」(代表:候聡志) 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「エピゲノム編集とシングルセル解析を統合したシーズ探索による心不全の新規治療法開発」(代表:小室一成) 革新的先端研究開発支援事業「心筋メカノバイオロジー機構の解明による心不全治療法の開発」(代表:小室一成) ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム「マルチオミックス連関による循環器疾患における次世代型精密医療の実現」(代表:小室一成)、科研費・基盤研究 (S;課題番号21H05045)「非分裂細胞である心筋細胞のDNA損傷と老化による心不全発症機序の解明と応用」(代表:小室一成)、科研費・基盤研究 (A;22H00471)「複合的アプローチによる心臓システム構造の統合的理解とその制御」(代表:野村征太郎)、科研費・学術変革領域研究 (A;21H05254)「クロススケール細胞内分子構造動態解析が解明する細胞骨格ネットワーク構築とその破綻」(代表:仁田亮)、JST創発的研究支援事業 (JPMJFR210U)「心筋細胞の可塑性に着目した心不全の層別化と治療法の開発」(代表:野村征太郎)、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Program等の支援により行われました。

用語解説

(注1) 高圧凍結技法による電子顕微鏡撮影
組織・細胞を生きたまま高圧下で瞬間的に凍結固定し、極低温で水分を有機溶媒に置換しながら、ゆっくり昇温・固定する電子顕微鏡試料作製技術。従来の化学固定法に比し、生体膜や細胞内微細構造が良好に保持されるため、より精細な構造の観察が可能となります。
(注2) シングルセルRNA-seq・ATAC-seq
生命活動を担うために、生体を構成する細胞は、必要に応じてタンパク質の設計図である遺伝子を基にメッセンジャーRNAと呼ばれる物質を作ります。こうした全てのメッセンジャーRNA の情報を次世代シークエンサーと呼ばれる機器を用いて調べることをRNA sequencing (RNA-seq) と呼び、本研究では特に細胞一つ一つを区別してRNA-seqを行ったことから、シングルセルRNA-seqと呼びます。すなわち、シングルセルRNA-seqでは一つの細胞に含まれる全てのメッセンジャーRNAの量を解析する手法となります。また、全ての遺伝子の領域に渡ってオープンクロマチン (ヌクレオソームのない領域) 構造を検出し、次世代シークエンサーによって詳細に解析する実験手法をATAC-seqと言います。本研究では、こちらも細胞一つ一つを区別して行うシングルセルATAC-seqを実施しました。
(注3) プロテインアレイ解析
タンパク質の相互作用と活性を追跡し、それらの機能を決定し、大規模に機能を決定する解析方法。
(注4) 慢性心不全
心不全とは、心臓の機能が低下することで息切れやむくみを来たし、寿命を縮める病気です。心臓の機能が低下する原因は多岐にわたりますが、心不全が突然発症する場合や症状が急激に悪化する場合を“急性心不全”、心臓の機能が低下した状態が続いて症状や容態が安定ないしは徐々に進行している場合を“慢性心不全”と言います。治療としては、個々の患者さんの病状に応じて内科的治療 (薬物治療) やカテーテル治療、デバイス治療、外科的治療 (手術治療) などが行われます。
(注5) 拡張型心筋症
進行性に心筋収縮能と左心室内腔の拡大を起こして、心不全を引き起こす心筋疾患の一つで、心不全を来す他の原因 (虚血性、弁膜症性、高血圧性、サルコイドーシスなど) を除外することによって確定します。
(注6) 核ラミナ
核膜の裏側に存在する核ラミナはラミンタンパク質が重合した網目状の繊維構造であり、核の機械的支持や圧の受容の他、転写やDNAの修復などさまざまな重要機能を担います。
(注7) サルコメア
長さ~2μm、幅~1μm程度の構造体で、筋肉における収縮の機能上での最小単位。サルコメアが直列につながったものを筋原線維と呼び、筋原線維が束になったものを筋線維と呼びます。

論文情報

タイトル
TEAD1 trapping by the Q353R-Lamin A/C causes dilated cardiomyopathy
DOI
10.1126/sciadv.ade7047
著者
Shintaro Yamada, Toshiyuki Ko, Masamichi Ito, Tatsuro Sassa, Seitaro Nomura*, Hiromichi Okuma, Mayuko Sato, Tsuyoshi Imasaki, Satoshi Kikkawa, Bo Zhang, Takanobu Yamada, Yuka Seki, Kanna Fujita, Manami Katoh, Masayuki Kubota, Satoshi Hatsuse, Mikako Katagiri, Hiromu Hayashi, Momoko Hamano, Norifumi Takeda, Hiroyuki Morita, Shuji Takada, Masashi Toyoda, Masanobu Uchiyama, Masashi Ikeuchi, Kiminori Toyooka, Akihiro Umezawa, Yoshihiro Yamanishi, Ryo Nitta*, Hiroyuki Aburatani*, Issei Komuro* (*責任著者)
掲載誌
Science Advances

研究者