先ごろ開催されたWBC (ワールド・ベースボール・クラシック) で、野球日本代表「侍ジャパン」が14年ぶりに世界一を奪還した。二刀流のメジャーリーガー大谷翔平選手やダルビッシュ投手らの活躍ぶりはもちろん、短期間でチームをまとめ上げ、優勝に導いた栗山英樹監督のリーダーシップにも注目が集まった。企業や自治体でもトップや組織体制が変わる新年度にあたり、栗山監督から学ぶことは何か、組織論やリーダーシップ論が専門の鈴木竜太経営学研究科教授に聞いた。

鈴木竜太 教授

WBCでの侍ジャパンの優勝に日本中が沸きました。大谷選手たちのプレーや発言が脚光を浴びましたが、栗山監督についてはどうご覧になりましたか?

鈴木教授:

大会中は、栗山監督自身の言動がクローズアップされなかったことが特徴的だと思いました。大会が終わった後で、打撃が不振だった村上宗隆選手に (メキシコとの準決勝戦で)「好きに打て」と言ったというエピソードが出ましたが、もちろん采配はしてたんでしょうが、全面に出ていないのが特徴だと思います。

Credit: Eric Espada / Getty Images Sport

確かに、監督が前に出てグイグイ引っ張っていく感じには見えませんでした。新しいタイプのリーダー像にも見えます。

鈴木教授:

最近は、「シェアード・リーダーシップ」という考え方があります。シェアードとは、文字どおり「分かち合う」という意味です。リーダーシップとは、目標達成のためにフォロワーに影響を与えていくプロセスだとされていますが、リーダーだけがリーダーシップを振るうとは限らないわけです。つまり、目標達成に向けて、みんながお互いに影響し合って引っ張っていくというのも、チームとしてはいいんじゃないかということが提唱されています。

ニュースで知る限りでは、先輩格のダルビッシュ選手や大谷選手が後輩選手にアドバイスしたり、声をかけてあげたりしていたということがありました。そういうことが促進されたチームなのではないかと思います。そういう意味では、強いリーダーがリーダーシップを振るうのは、ほかの人が振るう必要がない、やれないということにもなるので、栗山さんが引いていたことが、結果的にシェアード・リーダーシップをもたらした感じもあります。ただ、リーダーが引くと必ず誰かがやるとは限らず、誰も何も言わないということも十分ありますから、そこはうまくチームづくりをしていったんでしょう。もちろん、WBCというのは優勝したいという明確な目標があるので、放っといても誰かしら引っ張るというのはあったのかもしれないですね。

分かち合うリーダーシップ

今の企業経営とか組織の中でも、シェアード・リーダーシップの傾向がみられますか?

鈴木教授:

それを試みようというのは、結構言われていますね。というのは、2000年ぐらいから、これまでにない新しい価値観で物事を進めていくために、当初はリーダー、あるいは企業の上の方で、イノベーションや企業を変革することが大事だと言われました。しかし、近年はもう少し現場レベルでいろいろアイデアを出したり自分たちで変えていったりすることが、企業の力の源泉になると指摘されるようになりました。いま、自律性を促すようなマネジメントが比較的注目されています。ただ、それも全面的に正しいわけではなくて、例えば鉄道や原発などではある種の規律に従うのが重要で、何でも現場の判断で動くということが事故につながることもありますよね。

一般論としては、環境変化のスピードが速いので、どうしましょうと下から上にあげて判断をあおぐというやり方は、どうしても遅くなったり機を逸したりするので、現場の判断みたいなものが求められていると思います。ただ、現実はなかなかそうはなっていなくて、マニュアル主義で若い人は責任を取りたくないから上にどうしましょうということになっていて、実際は自律性を促すマネジメントがうまくいかないことが多いですね。

なぜ、自律性を促すマネジメントは広がらないのでしょうか?

鈴木教授:

あくまで印象論ですが、自律的なマネジメントをやるべきだということが叫ばれ、従業員主導というか従業員中心のマネジメントといったことが言われていますが、現実は従業員の方も任せると言われても困るというのがあるようです。業績評価とか責任があるので、実際は何をしたらいいのか、具体的に指示をくださいということがあって、現実には自律性を促してもなかなか現場はそうはなってくれないということは聞きますね。

どちらに問題があるか難しいところはあるんですが、企業はコンプライアンスを非常に厳しく言うようになって、一方で規律を厳しくして、一方で好きに判断してやりなさいというのは、受け手からすると難しいんですよね。だから、現実はあまり実現してないですけど、例えばIT企業なんかでうまくいっているところもあるようです。

現場の自律性を促すことは組織の課題ですが、鈴木教授の共著「組織行動」(2019年、有斐閣) では、「モチベーションを高めるリーダーシップ」として、フォロワーに対する2つのリーダーの行動について解説しています。2つの行動とは?

鈴木教授:

リーダーのフォロワーに対する行動は、大きく2種類しかないことが分かっています。ひとつは人間関係志向の行動、もうひとつは仕事 (タスク) 志向の行動です。人間関係に訴えるか、仕事をどう配分するかということですね。議論としては2つの軸なんですけど、突き詰めていくと、どちらも同根ではないかと私は思います。計画を立てたり役割を与えたりするのは、その人を理解しないとうまくいかないですよね。リーダーシップでモチベーションを高めるには、個々を理解して何をしたいのか、あるいは能力を見極めて適材適所にしていくということが必要なんですよ。

栗山監督は人間関係志向に見えますが、ヌートバー選手をメンバーに入れるときにかなり調べたという話を聞くと、能力だけでなく、性格やチームになじめるかどうかなど、単純に実績だけじゃなくもう少し踏み込んで判断したんじゃないかと思います。

リーダーに必要な想像力

新年度が始まり、新たにリーダー的な立場になった人も多いと思います。これからのリーダーには何が必要ですか?

鈴木教授:

リーダーシップに大事なのは、想像力だと思います。つまり、自分がこういうふうにしたらみんながどう動くかということを、どれだけ確度高く、多様に想像できるかっていうことがすごく大事です。リーダー自身の思い込みだけでやると、なんで人がついてこないのか、ということもありますよね。自分のふるまいが人々に影響を与えることを考えたときには、それがどういうものにつながっていくか、どういう思いを持つ人がいるのかということを、ある程度イマジネーションできるか、あるいはいくつかのイマジネーションを持てるかどうかが大事ですね。

想像力を磨くためには、どうすればいいのでしょうか?

鈴木教授:

ひとつは経験かなと思いますし、いろいろなことを考えることがあるんじゃないですかね。栗山監督もすごい勉強家で読書家と聞いてますし、人間に対する理解というのがあるのかなという気がします。だれもが自分と同じような考え方で動くとは限らないですが、往々にしてこうすれば人は動くというのは自分基準で考えがちな人が多いですよね。

成果を上げるということでいえば、リーダーとして必要なことは2つあって、正しい良い目標を立てる力とその目標に向かうよう、うまく人を動かして実現していくための力です。正しい目標とは、企業環境でいえばどの方向に行くべきかというのを、きちんと見極められるかということですね。

栗山監督から学ぶべきことは?

鈴木教授:

最近は管理職になろうという意欲がどんどん減っていて、つまり損な役回りという意識を持つ人が多いと思うんですね。だったら自分の範囲の責任だけで、いろんな責任を負いたくないとことがありますよね。栗山さんも侍ジャパンの監督を二度とやりたくないとおっしゃってましたけど、一方でかけがえのない喜びというか、たぶん選手の持つ達成感とまったく違う達成感、面白さを感じたと思います。うまくみんなを動かしながら達成していくことの面白さというか、1人で成し遂げる仕事よりよっぽど大きな達成感を得られることを知ってほしいですね。

今後の研究テーマについて教えてください。

鈴木教授:

いま、ちょうどリーダーシップ論について本を書いているところです。研究テーマについてはさらに二つあって、ひとつは組織の失敗の研究です。マクロ的な組織の研究はたくさんあり、一方でミクロ的な、なぜ人は視野狭窄に陥ってしまうのかといった個別の研究があり、双方の要素を踏まえたものを考えたいと思っています。もうひとつは、サラリーマン漫画のデータ分析的な研究を考えています。1970年代ぐらいから始まったんですが、「釣りバカ日誌」のようなサラリーマン漫画・お仕事漫画を分析して、日本人の働き方とかマネジメントの変遷を見れないかなと思っています。

略歴

1994年3月神戸大学経営学部卒業
1996年3月神戸大学大学院博士前期課程修了
1997年4月静岡県立大学経営情報学部助手
1999年3月神戸大学大学院博士後期課程修了 博士 (経営学)
2001年4月静岡県立大学経営情報学部専任講師
2005年4月神戸大学経営学研究科助教授
2013年4月神戸大学経営学研究科教授

研究者