輸送人員の少ない地方の鉄道路線(ローカル線)の経営が悪化している。ローカル線の今後のあり方を検討する国土交通省の有識者会議は2022年7月、1km当たりの一日の平均乗客数(輸送密度)が1,000人未満の路線については、国と自治体、鉄道事業者が改善策を協議する「特定線区再構築協議会(仮称)」を設置することなどを提言した。なぜ今ローカル線の苦境が顕在化したのか、地域住民の交通手段を守るためにどのような対策が考えられるのか、日本交通学会会長、公益事業学会会長などを務める経営学研究科の水谷文俊教授に聞いた。
コロナ禍で乗客数が激減
なぜ今、ローカル線の問題が議論され始めたのでしょうか?
水谷教授:
コロナ禍の影響で乗客数が急減したことがきっかけでしょう。ただ、ローカル線の乗客数減少は今に始まったものではありません。1987年に国鉄が民営化されてJRグループがスタートした時点で、経営の困難な路線は第3セクターに移管したり、バス転換したりしました。しかし乗客数はピークだった1991年度と比べて、2019年度には約22%も減少していました。
そこにコロナ禍が起き、2020年度はコロナの影響がなかった2019年度比で28%減となり、ローカル鉄道95業者のうち93事業者(98%)が赤字になっています。人口減少やリモートワークの拡大も続くとみられ、コロナが終息しても鉄道の乗客数は戻らないと、多くの鉄道事業者はみています。国としても対応策を検討する必要があると考えて、国土交通省が有識者会議を設置したのだと思います。
もしローカル線が廃止されたら、自動車の運転ができない高齢者や通学に利用している学生などがとても困ることになります。
水谷教授:
鉄道事業法では届け出すれば廃止できると規定されていますが、手続きとして地域との協議の場を設けることになっているので、いきなり「廃止します」というやり方にはなりません。ただ、鉄道事業者側が経営を継続できない状態では路線を維持できません。バス転換などを検討することになるでしょうが、その際、地方自治体も関与して最適な「解」を見つけていかなければなりません。
「規模の経済」が働かないローカル線
地域の住民や自治体は、どういう視点で考えるべきなのでしょうか。
水谷教授:
鉄道事業の基本的な特性を踏まえる必要があります。日本の鉄道事業は公益事業であるので、企業性と公共性の両立が重要です。企業性とは、事業として経営が行えるか、独立採算での経営が可能か、という点です。公共性とは、地域住民の移動手段維持などの社会的利益を目的とした運営を行うことです。
一方、鉄道事業の技術的性質も踏まえる必要があります。鉄道は大量の乗客を運ぶほど乗客一人当たりの費用は下がるという特徴があります。これは規模の経済性と呼ばれるもので、その結果として乗客数が少ない地域鉄道においては、大都市部の鉄道と比べて単位当たりの費用が大きくなってしまいます。
国交省の有識者会議は輸送密度(1km当たりの1日の乗客数)1,000人未満の路線を対象に、国や自治体と鉄道事業者が協議する仕組みを設ける方針のようです。一方、JR西日本は同2,000人未満の路線の収支を公表しました。
水谷教授:
ローカル線は規模が小さいので大都市鉄道に比べて平均費用が高くなり、運賃が割高になります。運賃で費用を回収するためにはどれ位の輸送密度が必要なのかは、運行本数や車両の大きさなどをはじめとするサービス水準、ピーク時とオフピーク時の乗客数の差など、多くの要素が関係しますが、JR西日本は輸送密度2,000人以上の路線なら、何とか維持できるという考えなのだと思います。貨物輸送の維持など全国ネットワークの視点も重要です。
ヨーロッパは上下分離が主流
国交省が検討対象にする輸送密度1,000人未満では、鉄道を維持するのが難しい場合があるかもしれません。公的なサポートなどを考えるべきでしょうか。
水谷教授:
日本の鉄道は、線路などのインフラと列車の運行を一つの会社が行う「上下一体型」です。一方、ヨーロッパではインフラを持つ組織と列車運行を行う組織が別々の「上下分離型」になっています。ヨーロッパでは列車運行に競争原理を導入するための上下分離なのですが、規模が大きいインフラ(下)を分離することで、コストを抑えることができます。
線路などのインフラを維持する費用を自治体が負担する上下分離は、日本の地方では岐阜県の養老鉄道が2018年から行っています。元は近畿日本鉄道の路線でしたが、沿線自治体が基金を拠出した一般社団法人養老線管理機構が線路や車両を保有しています。また、神戸市の地下を走る神戸高速鉄道もインフラのみを保有し、電車は阪急、阪神、神戸電鉄の各私鉄が走らせているので、これも上下分離の一例です。
上下分離がコスト抑制、鉄道維持に有力な選択肢になるのですね。
水谷教授:
私たちの研究で、輸送密度が小さい場合には上下分離型が費用的に優位で、輸送密度が大きい場合は上下一体型が優位であることがわかっています (Mizutani and Uranishi (2013))。乗客数が少ないローカル線では上下分離が有力な選択肢です。インフラコストを自治体が負担することで、ローカル線を維持することが可能になります。ただし、小さな自治体では財政的に困難であることが予想されるので、沿線の複数の自治体で分担するなどの工夫が必要でしょう。
一方、日本の大都市の鉄道で上下分離を行うと、路線維持管理の調整コストの増大、ダイヤ改正や新技術(ブレーキのエネルギーを回収・再利用する電力回生ブレーキなど)の導入などの役割分担の調整コストがかかるため、一体型の経営が望ましいのです。
コスト抑制・需要喚起に工夫を
上下分離が一つの「解」としても、ローカル鉄道の経営を支えるために様々な工夫と努力は必要ですね。
水谷教授:
供給サイドと需要サイドで分けて考えてみましょう。供給サイドでは、ワンマン運転や駅の無人化などによる省力化や、ローカル線を別会社化する分社化で人件費を抑制することが考えられます。上下分離までは無理でも、自治体が運営費補助金を出すことも考えられます。
鉄道会社とバス会社の共同経営、一体運営もコスト抑制につながると思います。鉄道とバスを併営している企業は意外に少ないので、共同経営に移行すれば、様々なコストを削減することが可能になるはずです。また、少し大きな規模の都市でないと難しいですが、富山市が成功させたLRTのように、路面電車をモダンにリニューアルして乗客を呼び込むことも有力な手段です。
需要サイドにはどんなものがあるのですか。
水谷教授:
いかに鉄道を使ってもらうか、です。まず、住民が鉄道をできるだけ利用するという意識を持つことが重要です。その前提のもとで、駅の近くに公共施設を配置したり、駅の中に利便施設を設置するなど、地域と連携した利用促進策や戦略的運賃体系を考えて欲しい。神戸市営地下鉄海岸線では「中学生以下フリーパス」という社会実験を続けています。子供が地下鉄に乗れば保護者が有料で乗車することが期待できます。自治体から利用者への補助金も乗客数増加につながるでしょうし、通学に利用する高校生が乗りやすい朝夕のダイヤ編成も必要です。
徳島県南部と高知県東部を結んでいる阿佐海岸鉄道のデュアルモードビークル(DMV)も注目されています。これは線路も道路も走れる車両で、鉄道駅から集落までのフィーダー(枝線)まで一気に輸送できるので、乗客の利便性が向上し、利用者が増える可能性が高まります。
最後は、本源的需要の創出です。鉄道は普通、通勤・通学・通院・買い物など、何かの目的を果たすために乗るものです。これは派生需要です。これに対し、鉄道に乗ることそのものが目的になることが本源的需要です。SL列車が代表的ですが、JR九州がおしゃれな車両、食事などのサービスの魅力で列車に乗ることが目的の旅を演出しています。人気アニメ「エヴァンゲリオン」のラッピング電車など、アニメファンを呼び込む企画は各地で行われています。台湾など海外からの観光客は新幹線に乗ることを目的に新大阪—京都間を新幹線で移動するそうです。意外なところに需要が存在するのです。アイデアの種はいっぱいあるでしょう。
また、私たちの研究では社会的に最適な都市圏人口は40万人程度です (Mizutani et al.(2015))。自家用車に依存せず、路面電車などの公共交通機関や自転車などを利用する、環境に優しい「コンパクトシティ」の創出も重要で、ローカル線の需要増につながるでしょう。
自動運転スマートビークルに可能性
上下分離も難しく、いろいろなコスト削減、需要増対策をしても経営が維持できなくなる路線はどうなるでしょう。
水谷教授:
鉄道は大量の人を運ぶのに適した交通機関なので、乗客数が少ないのなら、バス転換も一つの方策です。ただ、住民がバス転換を嫌がるのは「バス路線はいつ廃止されるかわからない」という不安があるからです。鉄道は線路があるから維持されるだろうという安心感があるのです。ですから国鉄民営化の逆で、ローカル線の公営化を考えても良いのではないでしょうか。各地域で経営を支えるのは難しいので、全国のローカル線を保有する公団のような組織を作るのです。国の財政資金で支えることになるので、財務省は嫌がるでしょうが。
自動運転技術が急速に発展しつつあるので、将来的には無人で運行されるスマートビークルが地域住民の足になっていくのかもしれません。AI (人工知能) 技術が進歩し、1人乗りや2人乗りの小さな自動運転車が実現したら、個々のコミュニティで移動手段を維持していくのかもしれません。鉄道、バス、タクシーなど既存の交通手段の役割も変化していくでしょう。
ローカル線を守るために
<供給サイド>
- 省力化(ワンマン運転、駅の無人化など)
- 分社化
- 上下分離(運営とインフラ管理を分離)
- 自治体からの運営費補助金
- 鉄道会社とバス会社の共同経営意
- LRT化(例、富山市)
<需要サイド>
- 地域と連携した利用促進策(駅近くに公共施設を配置するなど)
- 運賃体系の見直し(戦略的運賃)
- 自治体から利用者への補助金
- デュアルモードビークル(DMV)化(阿佐海岸鉄道)
- 本源的需要創出(観光列車など)
- コンパクトシティの創出
参考文献
- Mizutani, F. and S. Uranishi (2013) "Does Vertical Separation Reduce Cost? An Empirical Analysis of the Rail Industry in European and East Asian OECD Countries," Journal of Regulatory Economics, Vol.43, No.1, pp.31-59.
- Mizutani, F., T. Tanaka, and N. Nakayama (2015) "Estimation of Optimal Metropolitan Size in Japan with Consideration of Social Costs," Empirical Economics, Vol.48, No.4, pp.1713-1730.