木登りするNepenthes veitchiiとともに (ボルネオ島)

光合成をやめてしまった植物、花の咲かないラン、鳥に食べられても子孫を残す昆虫……。理学研究科の末次健司准教授は、一般の人たちも関心を抱くユニークな研究成果を発表し続けている。光の届かない暗い森でのフィールド調査、DNAを調べ生物の相互関係を分子レベルで探求する精緻な分析と、研究手法は幅広い。貴重な生物の生息環境の保護を目指す取り組みも行っており、出身地・奈良の隣県が生んだ知の巨人・南方熊楠を連想させる研究姿勢について聞いてみた。

菌従属栄養植物の不思議さ

植物だけでなく花粉を運ぶ昆虫との関係など、研究の範囲が自由に広がっている印象を受けます。

末次准教授:

小さいころから生き物が大好きで、いろいろな生物のことを知りたいと考えて研究者になりました。幼児のころからおもちゃには興味を示さず、生き物をじっと観察する子どもでした。図鑑を見るのも好きで、生物の名前は片仮名で書かれているため平仮名より先に片仮名を覚えたそうです。小学校低学年の時、光合成をやめて真っ白な植物「ギンリョウソウ」を奈良の春日山で初めて見て、「不思議な植物がいるなあ」と幼心に感じたのを覚えています。

特に生き物同士のつながり、共生関係に関心があります。共生というと、仲良く助け合っているというイメージを受けるかもしれませんが、実態はしたたかにせめぎあって生きています。助け合って生きているように見える場合でも、異なる生物同士では、緊張感のあるバトルが繰り広げられており、そのつながりを解明したいと研究に取り組んでいます。

根も葉もない植物「マヤラン」の培養株を持つ末次准教授

光合成をやめた植物の研究で成果を上げておられますね。

末次准教授:

光合成をやめた植物も元々は普通の植物から進化したものです。実は植物の90%は菌類と共生関係にあり、光合成で得たもの(光合成産物)をキノコやカビなどの菌類に与え、その見返りとしてリンなどの土壌中のミネラルを菌類と交換しています。こうした、お互いに得をする関係性を「相利共生」と言います。この相利共生が維持されている主要な要因として、菌類は光合成産物をもらえなくなるとミネラルの提供をやめるといった具合に、お互いがお互いに審査していること挙げられます。ところが、光合成をやめて菌類に寄生するように生きている「菌従属栄養植物」は一方的に栄養を奪っています。どのように菌類を〝騙して〟栄養分を得ているのか、そのメカニズムを探究しています。

ミクロレベルの分析も重視

フィールドでの観察と研究室での分析の両方が必要なのですね。

末次准教授:

植物のアイデンティティである光合成をやめた菌従属栄養植物が、その過程でどのような変化を遂げたのかに興味があります。普通の植物が生育できない真っ暗な環境で生きるようになったことで、他の生き物との関係性も変わってしまっており、そのような姿や生き様を自分の目で見る観察を重要視しています。同時に、地下での菌とどのような関係を築いているのかを理解するためには、DNAレベルまで調べる必要があります。最新の研究手法の進歩によって「マクロ生物学」と「ミクロ生物学」の垣根が低くなり、私のようなフィールドの研究者にも遺伝子発現の解析などのゲノムレベルでの探求が可能になってきました。今後も、新しい研究手法を取り入れながら、挑戦的な問いを解明すべくチャレンジしていきたいと考えています。

ナナフシという木の枝のような姿の昆虫が、鳥に食べられても子孫を残すことを明らかにしました。植物だけでなく昆虫も研究しているのですね。

末次准教授:

ナナフシの卵は植物の種子のような外見で、種子のように硬いのです。植物の果実のなかには、鳥に食べられ、果肉は消化されても硬い種子が消化されずに糞と共に遠方に運ばれて発芽するものが沢山あります。ナナフシの卵でも同じことが起こっているのではないか、と仮説をたてて調べてみました。ですのである意味、私のようなどちらかというと植物をメインで研究している学者らしい発想かもしれません。ナナフシは飛べない昆虫ですが、共同研究者と現在進めている遺伝子解析の結果も勘案して考えると、鳥に食べられて卵が運ばれることで分布域を拡大し、時には海も越えていると考えられます。もちろんナナフシは積極的に鳥に食べられている訳ではないですが、結果的に独力では歩いていけないほど、遠くまで進出できるという点で良いことも起こっています。一見害になる関係でも長期的なスケールでみれば、生物にとって良い影響を与えることがあるという、一面的ではない見方を示せたと思います。

キノコを「食べて」生きているギンリョウソウ
末次准教授らが新種として発表した「ヤクシマソウ」

在野の研究者とも協力

ギンリョウソウの生態調査 (霧島)

在野の植物研究者、愛好家や写真家とのネットワークも研究成果に結びついていますね。

末次准教授:

アマチュアでもHPを開設して希少な植物の写真を公開するなど、精力的な人がおられます。そういう方にこちらからコンタクトすることもありますが、貴重種の情報を拡散することは避けなければなりませんから、まだ発表した論文が少ない学生時代には警戒されることもありました。それでもフィールド調査をご一緒して信頼関係を築くことで、徐々に信頼していただけるようになりました。今では、こんな変な植物があったのだけどということで、先方から連絡をくれる方もたくさんいます。研究者的な視点を持ってともに、まさに共同研究者として現象の解明に取り組んでいるコアな協力者の方だけでも数十人の方々にお世話になっており、そのような方々の協力のおかげで潤滑に一緒に研究を進めてることができています。

屋久島などの絶滅危惧種の保護のため、地元の方と協力して生息環境の貴重さなどを訴えておられます。

末次准教授:

屋久島は海岸から高さ2000㍍近い山岳まで標高域が広く、生物学的にも興味深い島です。しかし、縄文杉などの屋久杉があるエリア以外は、世界自然遺産や国立公園の範囲に入っていない場所も多く、低地の森の保護活動に関わっています。さすがにその場所にしか存在しない菌従属栄養植物の貴重種の生息場所が開発されるということは滅多に起きていませんが、周辺の森が伐採され、風が吹き込むようになって貴重種の生息に悪影響が起こるといったことは残念ながら日常茶飯事です。研究者の視点で、そういう生息場所の貴重さを指摘することで、保護活動のお手伝いができればと考えています。

南方熊楠のように自然保護にも貢献

人手が入らず貴重な生物が生息している神社林(鎮守の森)の保護運動を明治時代に行った和歌山県の生物・博物・民俗学者、南方熊楠(1867−1941)を連想します。

末次准教授:

南方熊楠は一般の人が着目しない粘菌や菌従属栄養植物の研究に取り組み、粘菌や菌従属栄養植物が生息するような森こそが重要だと言って鎮守の森の保護運動をしたのは慧眼だなと思います。南方の思想には、ある意味で私の研究に通じるものがあると感じます。実は、幼稚園のころから「南方熊楠みたいだ」と言われていました。お遊戯などの集団行動をせずに生き物を見ていましたから。

私もいろいろな生物の不思議を明らかにしたい。面白そうな現象があれば、(熊楠のように)対象を区切ることなく謎に挑戦したいと思っています。日本の生物多様性を活かしつつ、世界中の誰も想像していなかった生き物の世界をのぞき、「えーっ!」と思われる研究を今後も行いたいと考えています。特に、光合成をやめた植物の研究については、「マクロ生物学」や「ミクロ生物学」というジャンルにとらわれることなく、深掘りしていくつもりです。

略歴

1987年生まれ奈良県出身
2012年 4月日本学術振興会特別研究員(DC1)
2014年 9月京都大学大学院人間環境学研究科博士後期課程修了
2014年10月日本学術振興会特別研究員(PD)
2015年 4月京都大学白眉センター特定助教
2015年12月神戸大学理学研究科特命講師
2018年10月同 講師
2019年 8月同 准教授

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