神戸大学大学院人間発達環境学研究科の林 創 (はやし はじむ) 准教授らは、小学生のみならず、高校生や大人においても、「自分だけが知っている情報」に左右されて、他者の感情の強さを歪めて判断してしまう場合があることを明らかにしました。この知見は、より円滑なコミュニケーションを行ったり、他者を助けるといった社会的な行動を促進する上で、見逃しやすい点であり、有用な情報となると考えられます。
この研究成果は、6月1日に、国際学術雑誌「Journal of Experimental Child Psychology」に掲載されました。
ポイント
- 子どもは年齢が上がるにつれて、他者の視点に立ち、相手の意図や考えといった心の状態を理解するようになる。
- しかし、児童期 (小学生) はもちろん、大人になっても、自分の有する知識によって、他者の心の状態をとらえてしまう「自己中心性バイアス」が見られることがある。
- 本研究より、「他者の感情の理解」という情動的領域でも、自分の有する知識によって自己中心性バイアスが見られ、児童期まで特に強く生じることが明らかになった。
研究の背景
幼児に接すると、こちらの知識状態や関心には気にせずに自分の経験や知っていることを話してくれることがあります。発達心理学の研究によると、3歳頃までの子どもは、他者の視点に立ち、相手の意図や考えを明確な形で理解するのは難しく、年齢が上がるにつれて、自己中心的に物事を把握する傾向が弱まることが知られています (ここでの「自己中心」とは、自分勝手という意味ではありません。「物事を自分の視点でとらえてしまう傾向」を指します)。しかし、大人であっても、自分を基準に他者の心の状態をとらえてしまうような「自己中心性バイアス」が生じる場合があります。何かの食い違いやトラブルが生じて、そのときに自分と相手の視点にズレがあったり、自分の知識とは違った考えを相手が持っていたということが分かって、早とちりに気づくという経験は誰にでもあることでしょう。
これまでの自己中心性バイアスの研究は、このように「他者の視点や考えの理解」といった認知的領域が主でした。また、「他者の感情の理解」という情動的領域では、自分自身の感情の影響を調べた自己中心性バイアスの研究があります。これらに対して、本研究では、情動的領域において、自分自身の知識が影響を与えてしまう自己中心性バイアスが生じるのかどうか、生じるとすれば、年齢や状況 (被害を受けて悲しむネガティブな状況/助けてもらって喜ぶポジティブな状況) によってバイアスの程度に差があるのかを検討しました。
研究の内容
参加者
小学3年生 (8~9歳) 106人、6年生 (11~12歳) 108人、高校1年生 (中等教育学校4年生)(15~16歳) 122人、大人154人に実施しました。
課題と手続き
感情理解における自己中心性バイアスを調べるために、次の心の働きに着目しました。
私たちは一般に、同じ結果であっても、行為者の行為が「意図的」であった場合の方が、「偶発的」であった場合より、行為の受け手は強い感情を抱くと判断します。例えば、Aさんが大切にしている物を、目の前で、Bさんにわざと壊された場合と、うっかり壊された場合を比較すると、わざと壊された場合の方がAさんはより悲しいだろうと考えます。ここではAさんはBさんの行為を見ているため、その意図性 (わざと/うっかり) を「知っている」場合ですが、もしAさんがBさんの行為の意図性を「知らない」場合は、Aさんはどちらの場合も同じ強さの感情を抱くはずです。それにもかかわらず、Bさんにわざと物を壊された場合の方が、Aさんは悲しいと判断するのであれば、それは私たちが「自分の有する知識」(Bさんの行為の意図性の知識) によって、他者 (Aさん) の感情を理解したことになり、感情理解において自己中心性バイアスが生じていることを意味します。
本研究では、2つのお話で構成された4場面を用意しました。4場面のうち2場面は、主人公が被害を受けて悲しむ「ネガティブ状況」(例:女の子が男の子に積み木を壊されて泣く) で、残りの2場面は、主人公が助けてもらって喜ぶ「ポジティブ状況」(例:女の子が男の子に帽子を取ってもらって喜ぶ) でした。各場面の2つのお話での唯一の違いは、行為者の行為が「意図的」(例:男の子がわざと女の子の積み木を壊す/男の子が苦労して女の子の帽子を取って、女の子に渡してあげる) なのか、それとも「偶発的」(例:男の子がうっかり女の子の積み木を壊す/男の子がたまたま女の子の帽子を拾ったので、女の子に渡してあげる) なのかでした (Figure 1参照)。なお、各状況内の2場面で、主人公と行為者の性別を入れ替えています。
各場面で「主人公が知っている条件」と「主人公が知らない条件」を設定し、各参加者にどちらかの条件を割り当てました。前者は、主人公が行為者を見ていたので、その行為が意図的なのか偶発的なのかを知っている条件でした。後者は、主人公がその場にいなかったので、行為者の行為が意図的なのか偶発的なのかを知らない状況でした。各場面で事実確認の質問をした後、「感情理解質問」(例:「どちらの女の子の方が、より悲しんでいると思いますか? (ネガティブ状況)/どちらの女の子の方が、より喜んでいると思いますか? (ポジティブ状況)」)を実施しました。
結果
自己中心性バイアスの程度を検討するため、各参加者の「感情理解質問」の結果について、次のように「得点」を割り当て、平均を算出しました (Figure 2)。
- 「+1」:意図的に被害を受けた主人公の方が悲しんでいる (ネガティブ状況)/意図的に助けてもらった主人公の方が喜んでいる (ポジティブ状況)、と判断した場合
- 「−1」:偶発的に被害を受けた主人公の方が悲しんでいる (ネガティブ状況)/偶発的に助けてもらった主人公の方が喜んでいる (ポジティブ状況)、と判断した場合
- 「0」: どちらの主人公も同じ強さで悲しんでいる (ネガティブ状況)/どちらの主人公も同じ強さで喜んでいる (ポジティブ状況)、と判断した場合
「主人公が知っている条件」(Figure 2の緑)の得点の平均は、すべてで統計的に有意に0より大きかったため、「行為者の行為が『意図的』であった場合の方が、『偶発的』であった場合より、行為の受け手は強い感情を抱くと判断する」という一般的傾向を追認できました。
その上で、「主人公が知らない条件」(Figure 2のピンク) では、どちらの主人公も同じ強さの感情を抱いているはずなので、論理的には0になるはずです。しかし、すべてで統計的に有意に0より大きかったため、行為者の行為が「意図的」であった場合の方が、行為の受け手は強い感情を抱くと判断する傾向が見られました。このことは、参加者が「自分の有する知識」(行為者の行為の意図性の知識) によって、主人公の感情を理解したことを意味します。すなわち、年齢を問わず、他者の感情理解場面で自己中心性バイアスが生じうることが明らかになりました。また、小学3年生と6年生の得点の平均が、高校1年生と大人より高かったことから、バイアスは小学生において強く生じ、年齢が増すにつれて弱まりました。さらに、ネガティブ状況とポジティブ状況で有意な差がなかったことで、感情の方向性に関係なく、同じ年齢では同程度にバイアスが生じることも明らかになりました。
今後の展開
「他者の心の状態」を正確に理解することは、円滑なコミュニケーションを行ったり、他者を助けるといった社会的な行動を促進する上で鍵となります。本研究の知見は、自分自身の有する知識によって、他者の感情の強さの理解に歪みが生じることがありうることを示します。このことは、コミュニケーションの食い違いを生み出したり、援助や慰めといった社会的行動の生起に影響を与える可能性があることを示唆します。
また、本研究での行為者を自分に置きかえて考えると、自分が悪気なく相手に被害を与えてしまったとき、相手がその意図性を知らない場合でも、相手の悲しみの感情が弱いと勘違いしてしまう可能性が考えられます。些細なことで生まれる子ども同士のケンカも、このように自己中心性バイアスによって生じている場合もあることでしょう。小学生までこのようなバイアスが特に強く生じるということを、大人が知っておくことで、子どもの社会性を育む教育や指導に生かすことができるでしょう。
謝辞
本研究は、JSPS科学研究費補助金 (15K04065、18K03065) の支援を受けました。
本研究を実施するにあたって、神戸大学附属中等教育学校の先生方と生徒のみなさまにご協力いただきました。記して感謝申し上げます。
論文情報
- タイトル
- “Egocentric bias in emotional understanding of children and adults”
- DOI
- 10.1016/j.jecp.2019.04.009
- 著者
- Hajimu Hayashi, Mina Nishikawa
- 掲載誌
- Journal of Experimental Child Psychology